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魔法? そんなことより筋肉だ!  作者: どらねこ
6章 王都の日常?編
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106話 侵入者

 時は過ぎ、夜。

 俺たちは息をひそめて店内に潜伏していた。

 隠れているのは作り置きしたドーナツが並んだ厨房だ。

 隠れるのは性に合わないのだが、隠れていないと相手も警戒してやってこないだろうしやむを得ない。


「二回の襲撃は間が三日あいている。前回の襲撃から一日、まだ来ないかもしれないが油断はするなよ」


 ババンドンガスがひそひそとそう告げた瞬間、入り口の扉が力任せに開けられる音が響いた。


「……どうやら来たみたいね」


 足音を隠す様子もなく、犯人は入り口から厨房へと近づいてくる。

 カツカツという足音が静まり返った店内に響き渡った。


 そして足音の持ち主が厨房へと入ったその瞬間、俺たちは迅速に動き始める。

 前もって役割分担も決めてある。今回の作戦に抜けはない。


 まずネルフィエッサが出入り口にある電気をつける。そしてそのまま入り口を塞ぐ。

 その明かりを狙われた時のために、フィーリアは雷魔法を常に準備。

 そしてババンドンガスが犯人を相手取る。

 ――肝心の俺はといえば、ネルフィエッサと共に入り口を塞ぐ係り兼、犯人が複数犯で後から増援が来た時用の見張りであった。


 ……わかってる。犯罪者と言えど相手は人なのだから、手加減が苦手な俺よりもババンドンガスの方が適任なのはわかってる。

 それに依頼としても単独犯の方が簡単だろう。それもわかってる。

 でも戦いてえ……! 頼む犯人、どうか複数犯であれ! 複数犯なら俺が殴ってやるから!



「覚悟はできてんだろうな犯罪者!」


 明かりがついた厨房で、ババンドンガスは声をあげる。

 そしてそのまま鋭い動作で瞬く間に拘束した。

 魔法頼りかと思っていたが、思ったより動けるんだな。


「よっし、上手くいったぜ」


 ババンドンガスは犯人を縄でぐるぐると巻いた後、達成感を込めた声で言う。

 どうやら犯人は男だったようだ。


「ユーリさん、他に気配は?」

「ないぞ、単独犯だったみたいだな」


 誠に残念である。

 できれば百人単位の犯行であってほしかったところだ。

 結局今回敵と戦えたのはババンドンガスだけか。

 ……。


「なんだよユーリ、なんで俺を睨む?」

「羨ましいぜ畜生」

「ネルフィエッサさんと仲が良いのが羨ましいんですか? ユーリさんったら酷いです、私というものがありながら! これはぷんぷんですよ!」

「お前はいつもズレてるよな」


 というか、ぷんぷんってなんだ。


 まあともかく、他に敵もいないならこれで任務達成だろう。


「単独犯ってことは、今回の首謀者は彼ってことね。……これにて一件落着かしら」


 そう言ってネルフィエッサは縄で縛られた男を見下ろす。

 男の目には生気と呼べるようなものは見えず、焦点の合わない目はただただ一点を見つめていた。


「……」


 俺はその目にどこか既視感を覚えた。

 マリエッタ国で見た、洗脳された人たちに通じる何かだ。


「……おいフィーリア」

「はい、ちょっと待ってください。……やっぱり」


 どうやらフィーリアも不審に感じたらしい。

 透心を発動したフィーリアは、男の目を見ると表情を険しいものへと変えた。


「何がやっぱりなんだ?」


 だが、ババンドンガスとネルフィエッサは事態がよく呑み込めていないようだ。

 無理もない、この男の気配は常人とほとんど変わらないからな。

 俺もマリエッタ国での経験が無かったら見落としていたかもしれないくらいの僅かな違いだ。


「この人、何かに取りつかれてます。死霊、悪霊……おそらくその(たぐい)かと」

「アアア……」


 フィーリアの言葉が合図となったのか、男は両手を小刻みに震わせる。

 その身体から半透明の霊体が姿を現した。

 霊体は大して強そうな気配ではないが、こんな事態に立ち会うのは初めてだ。

 何が起こるのだろうか。


 人型の霊体は宙に浮き、俺たちと向かい合う。


「ソノ身体、頂クトシヨウカ」


 霊体がババンドンガスへと突っ込む。

 しかし、ババンドンガスは慌てずに雷魔法で霊体の体を貫いた。


「……ヤハリコイツジャ相手ニナラネエカ。面白イ、明晩俺ガ直々ニ恨ミヲ晴ラスコトニシヨウ」


 そう言い残し、霊体は煙のように霧散してしまう。




 あまりにも突然の出来事に、俺たちの間に静寂が流れた。

 といってもずっと黙りこくっているわけにもいかんからな。

 俺が火蓋を切ってやるとしよう。


「なんかアイツ片言だったな」

「真っ先に言うべき言葉は絶対それじゃないと思うんですけど……」


 何を呆れてるんだフィーリア。

 敵が増えたんだぞ、もっと喜べ。


「霊とはまだ戦ったことがねえ。色々勝手が違いそうだし、面白そうだよな」


 そもそも霊ってどうやって攻撃してくるんだろうか。憑依か?

 そんあことを考えてわくわくする俺を余所に、ネルフィエッサは考え込むそぶりを見せる。


「霊そのものというよりは……多分、黒幕は霊を操る能力者だと思うわ。死霊魔法とか、そんな感じね」

「そうなんですか?」

「ええ。霊体が自発的に誰かに取りついたり物理的に影響を与えるには、霊自体にとてつもない力がないと無理なの。先ほどの霊からはそんな力は感じられなかったでしょう? 私とババンドンガスが気が付けなかったくらいだし。だからおそらく、能力者が操ってると考えるのが自然でしょうね」


 そういやそれっぽいことも言ってたな。

「俺ガ直々ニ~」とかなんとか。その『俺』とやらが今回の事件を起こした本当の首謀者なわけか。


 ババンドンガスもネルフィエッサの言葉に追随する。


「ネルフィエッサの言う通り、俺も能力者の仕業だと思うぜ。俺もあまり詳しくねえが……。ジャバギールでもいればもっと詳しいことがわかったんだがな」

「ジャバギール?」

「死霊魔法の能力持ちのSランクの冒険者だよ。俺も会ったことはねえけどな。ああ、そういやアイツもドーナツが好きだって聞いたことあるな。どんな依頼にも必ずドーナツを持参するんだってよ」


 なんだそのブッチギリであからさまに怪しい野郎は。犯人っぽさが尋常じゃないんだが。

 いや、でもドーナツが好きなのにドーナツ屋を攻めてくるのは道理には合わないか……?


「ソイツは今どこに?」

「残念ながら知らねえ。Sランクの冒険者なんて大抵は居所わかんねえしな。……まあともかく、そうすんなりと依頼達成とはいかせてもらえないみてえだな」

「丁度不完全燃焼だったとこだ。望むところだな」


 深夜の厨房は先ほど襲撃があったとは思えないほど冷たく無機質なままである。

 その片隅で、俺は堪えきれずに口の端を上げた。

 もっと強い奴が来てくれるってことだろ? 依頼主には悪いが、俺のテンション的にはありがてえぜ。

新作を投稿しました。よろしければどうぞ!

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