105話 詳しい話を聞いてみよう
ドーナツ屋の警護、これが今回の依頼だ。
店に入ってみると、ほのかに甘い匂いが鼻を通って肺へと流れ込んでくる。
相応に繁盛しており店員はキビキビと滞りなく動いているが、しかしそれでも広い店内はどこかゆったりとした雰囲気を纏っていた。
「いい雰囲気のお店ですねー」
「そうね。依頼とは関係なしでも来てみたいお店だわ」
女性陣が店内を見渡してそんな感想を漏らす。
ババンドンガスはというと、店員に話しかけていた。
「すみません。依頼を受けにきた冒険者なんですが、責任者の方はいらっしゃいますか?」
丁寧な言動で店員と話すババンドンガスに、俺は驚愕を隠せない。
店員が奥へと引っ込んだのを確認したのち、ババンドンガスはこちらを向いて口を開いた。
「どうした? 何目を丸くしてるんだ?」
「お前、敬語を使えたのか……!」
「俺を何だと思ってるんだよ……。さすがに最低限の敬語くらいはな」
ババンドンガスは気取った様子もなくそう告げる。
敬語が使えるとは、まさかババンドンガスもインテリマッスルだったのか……?
もしそうだとするならば、一刻も早く確認しなければならない。
「筋肉を触らせろ」
「は?」
「筋肉を、触らせろ」
俺は戸惑うババンドンガスにじりじりと詰め寄る。
しかし、フィーリアの細腕がそれを止めた。
「ユーリさん、自重してください。ここは店内ですよ? ババンドンガスさんで遊ぶなら後で屋外でやってください」
「フィーリアちゃん、俺で遊ぶって何?」
ふむ、フィーリアの言うことももっともだな。
「……ババンドンガス、後でな」
「なにが後でなんだよ……。すげえ怖えんだが……」
ババンドンガスは何かに怖がっているようだ。
怖がっているようじゃまだまだだな。
「でも、ババンドンガスは見た目のせいで誤解されることが多いけど、普通に頭いいわよね」
「おう、まあな」
ネルフィエッサにそう言われ、ババンドンガスは照れ隠しのようにガシガシと頭を掻く。
乱暴な掻き方にも関わらず、その頭から生えている突起物はまるで金属のようにビクともしない。
「頭にトゲトゲがついてるからか? それが脳を活性化させてるのか?」
「そうだ」
「マジか」
俺もあの髪型にすれば敬語が使えるようになるのだろうか。
「しかしそれでは人間としての尊厳を失うことに……」
「お前、なんか凄え失礼なこと言ってねえか……?」
ババンドンガスは不思議そうな顔で俺を見る。
俺はそれに目を合わさず、ただただその頭を一心に見つめた。
金色に光るそのトゲトゲは、俺にはまるで呪いのように思える。
ババンドンガスのやつ、敬語を話すのと引き換えにこんな髪型で生きなければならないなんて……。
「……強く生きろ」
「なんで俺が励まされてんだ!?」
「二人とも、あんまり騒いじゃ駄目よ?」
ネルフィエッサが唇に人差し指を当て、「しーっ」というポーズをとる。
「悪い」
「結局なんで励まされたんだ……?」
「あ、依頼人の方が来たみたいですよ」
それから五分と経たないうちに、俺たちの元に一人の男がやってきた。
この店の店長らしい。
「おお、来てくれましたか!」
縦に長いコック帽を被った男は俺たちを見て嬉しそうに破顔する。
その手にはいくつかの菓子が乗ったトレイが携えられていた。
「いきなり話をするのもなんですから、こちらをどうぞ。当店自慢の『穴のないドーナツ』です。……というか、それしか売っておりませんけれど」
そう言って男は俺たちの前にトレイを差し出してくる。
その上に乗った菓子たちは円形状の形をした焼き菓子だった。
たしかにドーナツのような生地をしているが、その真ん中に穴は開いていない。
なるほど、穴のないドーナツというのは言い得て妙である。
「うわぁ……! これ、食べてもいいんですか?」
それらが目の前に並べられるや否や、フィーリアは男に質問する。
その声色にはすでに多分に喜びの色が含まれていた。
フィーリアは食道楽だからな、仕方ない。
「はい、是非どうぞ」
「いただきます……美味し~い!」
一口食べたフィーリアは幸せそうに両手で頬を抑えた。
相変わらず美味そうに食うなぁ。
続いて俺も食べてみる。
口元にドーナツを近づけてみると、鼻の奥を芳醇な香りがふわりと刺激した。
口に入れると、弾力のある食感が満足感を与えてくる。もっちもっち。
「美味いな」
「ええ、とっても美味しいわぁ」
「有難うございます!」
男はコック帽を抑えながら嬉しそうに頭を下げる。
「もっちもちだな。すっげえ弾力」
「私の肌みたいですねー」
フィーリアが何か言ってるが、それは無視だ。
「それでは、詳しい状況をお聞かせ願えますか」
「はい、お話しします」
男は席に座り、俺たちに事情の説明を始めた。
それによると、事のいきさつはこうだ。
ある日、夜の間に店に何者かが押し入り、作り置きしていたはずのドーナツが全て無くなっていた。
そして翌日には店宛に犯人からと思われる手紙が届いた。
それを読んで危機感を覚えた男は、ギルドに店の護衛を依頼する。
しかし翌日男が店にやって来ると、やってきた冒険者たちは打ち倒されており、またしてもドーナツは無くなっていた。
二度の襲撃にあい、これ以上は本格的に店の経営に響くと言うことでもう一度依頼を出したということだ。
「襲撃は二回とも夜でした。今のところ従業員に怪我はありませんが、いつか昼に来たらと思うと気が気でなく……。一時的にお店を休業することも考えています」
男は沈んだ声でそう語る。
「その手紙というのを見せてもらっても?」
「はい、こちらです」
俺たちはババンドンガスに渡された手紙を後ろから覗き込んだ。
そこには崩れた字で『この店はあってはならない店だ。これは私刑ではなく天誅である』と書かれていた。
「失礼な物言いになりますが、恨みを買う様な覚えはあるのでしょうか」
「ありません、だから困ってるんです。本当に何の心当たりもありませんから……」
「ちなみに失敗した冒険者の方たちのランクはどの程度だったんですか?」
「Cランクでした。それでも駄目だったので、今回はBランク以上の方に頼んだんです」
おお、皆情報収集をしっかりしているな。
普段はともあれ、仕事に入ればやはり一流の冒険者である。今回の依頼に必要になりそうな情報を的確に得ていく。
……こういう時、俺は何をしたらいいのだろうか。
あまり的外れなことを聞いて流れを止めてしまうのもあれだしな。
そういった気配りが出来る男なのだ、俺は。
そうだなぁ……することもないし、息でも止めてるか。
皆はスムーズに情報収集が進む。俺は鍛えられる。これこそまさにWIN-WINの関係というやつだ。
俺は皆が男に質問しているのを耳に入れながら、ただじっと息を止め続けた。




