103話 零れんばかりの……
ある朝。俺たちは毎度のごとく、ギルドへとやって来ていた。
ここは王都のギルドだけあって、他の街と比べても一回り大きい。
食事処兼バーまで併設されているのだ。
「……ん?」
ふと、食事処に並べられた席に見知った顔を見つける。
あちらも気づいたようで、俺たちに手を振ってきた。
「こんにちは、ババンドンガスさんにウォルテミアさん。偶然ですねー」
そこにいたのは金髪をトゲのように逆立てた男と、透き通る水色の髪の少女だ。
「よお、また会ったな二人とも」
「こんにちは、です」
ババンドンガスは歓迎するように手招きし、ウォルテミアは小動物っぽい動きでペコリと頭を下げてくる。
「にしてもよく会うよなぁ」
「気が合うってことだな。ガハハ」
そう言ってババンドンガスは気前よく笑う。
気が合うかどうかは置いておくとしても、二人が悪いやつではないことは確かだ。
冒険者の中には進んで冒険者になったものと、何らかの問題を起こして冒険者以外に道がなかったものがいる。必然、後者の人間は素行が悪く粗暴なやつが多い。
フィーリアが言うには、ギルドは社会のセーフティネットとしての役割を担っているらしい。
簡単に言うと、ギルドは多少の問題児でも受け入れられるのだ。
そんなやつらが一定数を占める冒険者という職業において、こうして気がねなく話せる人間というのは中々に貴重であった。
「待ち合わせか?」
俺はテーブルの上に二つ並んだグラスをちらりと見て言う。
食事を取りに来たのではないようだし、誰かと会う約束をしているというのが妥当だろう。
俺レベルの頭脳になると、探偵の真似事さえもこなせるようになるのだ。
俺の問いに、ババンドンガスはやはり頷く。
「ネルフィエッサ――あ、俺の幼なじみな――と待ち合わせてんだ。もうすぐ来るはずなんだが…あ、来た来た」
ババンドンガスがギルドの入り口に目をやる。
つられて振り返ってみると、そこには大人の雰囲気溢れる淑女が立っていた。
零れんばかりの豊満な胸と艶やかな唇、梳く必要のないほど滑らかな紫紺の長髪はミステリアスで神秘的な印象を与えるのに一役買っている。
ネルフィエッサというらしい彼女はこちらに歩いてくると、少し意外そうにフィーリアを見た。
「ごめんなさい、待たせたわね。……あら、あなたたしか……」
「ああ、お久しぶりです!」
フィーリアもそう言葉を返す。
「なんだネルフィエッサ。フィーリアちゃんと知り合いなのか?」
「ええ。といっても名前は知らなかったけれど」
どうやらフィーリアとネルフィエッサは知り合いらしい。
俺はもう一度よくネルフィエッサの顔を見てみるが、やはり記憶にない。
俺が知らなくてフィーリアが知っているとはどういうことだろうか。
疑問に思う俺に、フィーリアが説明をしてくれる。
「ムッセンモルゲスでの魔族侵攻の際、一緒に怪我人を治療して回ったんですよ。あの時は忙しすぎて自己紹介をする暇もありませんでしたけど、まさかこんなところで会えるとは思いませんでした。あ、私はフィーリアと言います」
フィーリアは最後に軽くネルフィエッサに頭を下げた。
俺もそれに続く。
「俺はユーリだ。よろしく頼む」
そして先ほどの疑問にも納得がいった。
魔人が攻めてきた時は別行動していたから、俺が知らなくても無理はない。
「私はネルフィエッサと申します。ユーリ君とフィーリアさんね、覚えたわ。今後ともよろしくお願いするわね」
ネルフィエッサは優雅な動作で片足を引き、見るものを見とれさせる洗練された動作でお辞儀をした。
俺たちは席に座り、軽く会話を交わす。
ネルフィエッサはババンドンガスと幼馴染なのだが、年はネルフィエッサの方が二つ上らしい。
ネルフィエッサが二十三歳で、ババンドンガスが二十一歳だということだ。ついでにウォルテミアは十四歳らしい。
普段は王都を中心に活動しているようだが、当時は魔闘大会の治療役としてムッセンモルゲスにやってきていたようだ。
「だからあなたも知ってるわ」
ネルフィエッサは俺を見て言う。
「正直Bランク以下の大会でウォルちゃんが負けるとは思わなかったもの。その上魔人も倒してしまったでしょう? 強いのね、あなた」
「鍛えてるからな。失礼な言い方になるが、そういうあんたはあまり強そうじゃないが……」
恐ろしいほどに整った外見をしているが、それは戦闘とは何の関係もないからな。
弱くはないが、強くもない。
俺がネルフィエッサの雰囲気から感じ取った彼女の強さはその程度のものだった。
「私は一応冒険者だけれど、『冒険』はしてないの。普段は王都を拠点として、回復魔法専門のフリーの魔法使いをやっているわ」
そうか、そういう人も冒険者の範疇に入るのか。
なんかややこしいな。
ネルフィエッサの紺の目からは強い自信が見て取れた。自分の仕事にはプライドがあるようだ。
やっていることが違くても、そういう人間は好みだ。
「それにしても、フィーリアさんに顔を覚えていてもらえたなんてとても光栄だわ。こんな才色兼備な人に覚えてもらえていたなんて」
ネルフィエッサはそう言って微笑を浮かべる。
「才色兼備……? 誰のことを言ってるんだ?」
「私のことですよ! 会話の流れでわかりますよね!?」
会話の流れ……ということは。
「なるほど、ウォルテミアのことか」
「何でですか! どういう思考展開ですか!」
「……照れる」
「ウォルテミアちゃん!?」
「くぅ~、照れてるウォルテミアも可愛いぜぇ!」
「ババンドンガスさんは今黙っててください! カメラも構えちゃ駄目です!」
なんだかフィーリアが元気だ。
よくわからないが、元気なのはいいことだな。
「……ここまで言っておいてなんですけど、私のことでいいんですよね? なんだか不安になってきてしまいました……」
「自信持てよフィーリア」
「誰のせいですか誰の」
「心配しなくても、フィーリアさんのことよ」
それを聞いたフィーリアは「よかった……」と胸を撫で下ろす仕草を見せる。
「でも忘れないというより、あんな回復魔法を使う人のことは忘れられませんよ。私自分より回復魔法の練度が高い人みたの初めてでしたから。なにせ、私が一人治療する間にネルフィエッサさんは三人治療してましたからね」
ほう……、と俺はフィーリアの言葉に内心驚く。
フィーリアを超える回復魔法の使い手なんて未だに見たことがない。
フィーリアはこんなところで嘘をつくやつじゃないし、となると目の前の美人はそうとう出来るってことか。
先ほど目の奥に見えた自信は伊達ではないらしい。
羨望のまなざしを送るフィーリアに、ネルフィエッサは首を小さく横に振った。
「たしかに回復魔法についての自負はあるけれど、私は治療が専門ですもの。フィーリアさんは戦闘もできるのでしょう? その方が凄いと思うわ」
「ネルフィエッサだって一応Bランクじゃねえか」
ババンドンガスが口を挟む。
なるほどBランクなのか。思ったよりは強いんだな。
「ランクなんて所詮はお飾りよ。それで実力が変わるわけじゃない。私には未知の場所を旅するような、いわゆる『冒険者』は向いていなかったですもの。魔物とはいえ、命を奪うことにどうしても忌避感がでてしまって……」
「ネルフィエッサは優しいからな、戦いには向いてねえんだ」
ババンドンガスの言葉にウォルテミアが無言で、なおかつ高速でコクコクと頷く。ちょっと怖え。
「私は今の仕事が天職だと思っていますわ。せっかく傷ついた人を治すことができるのですから、この力を存分に使わなければ。……まあ、ババンドンガスは何度治してもまた怪我をするのですけれど」
「あ、それうちのユーリさんも同じです」
「……お互い苦労するみたいね」
「やっと私の気持ちをわかってくれる人がいました……!」
二人は信頼できる仲間を見つけたかのように手を取り合った。
「お前、フィーリアちゃんの手を煩わせてんじゃねえよ。お前の怪我なんか唾つけときゃ治らぁ」
ババンドンガスの言うことに頷けない自分が情けない。
俺は自分の手の平を見つめながら、誰にともなく呟いた。
「残念だが、まだその境地には達していない。だがもっと自己治癒能力を高めていけば……あるいは」
「で、できるようになるのか!? すげえ! 応援するぜユーリ!」
「ああ、研鑽を積むとする」
そのためには、もっと修行をしなければ。
俺たちの会話を聞いていた女三人は互いに視線を交わす。
「なんで男の子ってこうなのかしら」
「この人たちの頭は死んでも治りませんね」
「お兄ちゃんとユーリさんは、多分あんまり頭が良くない……。かわいそう……」
ウォルテミアが俺たち二人を憐憫の視線で眺める。
「おいババンドンガス、お前の妹意外と毒舌なんだな」
「何? ……ユーリ、てめえまさかウォルテミアを狙ってんのか? フィーリアちゃんというものがありながら、可愛い可愛いウォルテミアを二番目の女にする気じゃねえだろうな!? 返答次第じゃたたじゃすまさねえぞ! ユーリぃ!」
なんだコイツ、話が通じねえ。
小動物系の可愛い妹に、年上の綺麗系巨乳の幼馴染……これは主人公ですね。




