102話 変わった体質
Sランクの任命式を終えた翌日。今日の天気は雨だ。
外を歩く人々は半数が傘をさし、半数が魔力で雨を跳ね除けている。
なんでも今、王都では傘がお洒落アイテムとして流行中らしい。
シャレオツな道具として、魔法が使える人も傘を使ったりしているのだそうだ。
と、外の様子を観察していると、フィーリアがベッドから起き上がってきた。
顔を洗いに行き、しばらくして戻ってくる。
「おはようございますユーリさん」
「おう、おはよう」
朝の挨拶を交わしたフィーリアは、雨粒が当たる度に音を奏でている窓の方を見た。
「あ、そう言えば今日って雨降ってますね休み」
「……ん? 今なんて?」
なんか語尾に変な言葉がついてなかったか?
「いえ、今日は雨降ってますねって」
「ああ、そうか。そうだな、確かに雨だな」
なんだ、俺の聞き間違いか。
鍛えていたのだが、聞き間違えるとは俺もまだまだだな。
そう考える俺の横で、フィーリアは「うーんっ」と伸びをする。
「こんな日は外に出ず、部屋でゆーっくりしてたいですよね休み」
「……なあフィーリア」
「何ですか休み?」
「その違和感しか感じない語尾は何だ?」
「休み」なんて語尾は今までの人生で一度も聞いたことがないぞ。
「ああ、これですか? 休みたい気持ちを直接言わずに伝えるにはどうしたらいいかなと考えた結果、こうなりました休み」
「なにがどうしてそうなった」
俺の無意識に訴えかけてくるのをやめろ。
呆れていると、フィーリアはベッドに戻り、寝転がってしまう。
「ユーリさぁーん、今日は休んで遊びましょうよー。疲労がたまりすぎても良くないんですよー?」
「でも昨日休んだだろ?」
「私は休みましたけど、ユーリさんは休みとは名ばかりで筋トレしてたじゃないですか」
「あれでも一応軽めだぞ」
「指一本で倒立した上にその場で何度も十メートル以上飛び跳ねるなどという常軌を逸した筋トレを、私は決して軽めとは認めません」
「いや、軽めだろ」
軽めだよな?
「あっ、そうだ、忘れてました! 私には外に出れない理由があるんです!」
ガバッと起き上ったフィーリアの目が俺を捉える。
なるほど。ただ雨の中で依頼を受けるのが面倒くさいだけなのかと思ったら、なにか理由があったらしい。
俺は無言で続きを促した。
と言っても、外に出れない理由など想像もつかないが……。
「実は私って水に溶けてしまうので、雨の日は行動できないんでした」
「お前は紙か何かか?」
「この際もう紙でもいいです。休みたいです休みましょう休ませてください」
「紙扱いされてまで……まあ、フィーリアがそこまで言うなら今日は休みにするか。パートナーとの仲を深めるのも強くなるためには大事なことだしな」
信頼を高めあうことでより強い相手とも戦えるようになる。
それはすなわち俺が強くなることにつながる。
世の中の全ての出来事は俺が強くなるためにあるのだ。
それに無理をさせると前のように風邪をひいてしまうかもしれないし、あまり過度に負担をかけるのも良くない。
いつもやる気があるのかないのかわからないフィーリアではあるが、休みたいと言ってくることは滅多にないのだ。たまの要求くらい聞いてやるのがパートナーとしての甲斐性というものだろう。
俺の了承を得たフィーリアは、ベッドの上でピョンピョンと飛び跳ねた。
「さっすがユーリさん、話がわかるぅー! 筋肉カッコいいー!」
「おお、そうか!」
どうやらフィーリアもやっと筋肉の良さに気付いたらしい。
「どうだ、触るか?」
「いえ、それはいいです」
俺の善意からの提案を、フィーリアは首を振って断る。
そんなに遠慮しなくてもいいのに。
その後もひとしきり喜んだフィーリアは、ベッドから勢いよく降りた。
「じゃあ折角だからアシュリーちゃんも呼んできましょう! 私行ってきますね!」
「おい、濡れると溶けるから雨の日は行動できないんじゃなかったのかよ」
俺がそう言うと、フィーリアは眉を寄せて俺を見る。
「なんですかそれ? そんな訳ないじゃないですか。……頭大丈夫ですか?」
「お前が言いだしたんだろーが!」
なんだコイツ、どういう頭の構造してるんだ。
フィーリアがアシュリーを呼んできた。
「お邪魔しまーす」と言ってアシュリーが中に入って来る。
その格好は肩ひものついたノースリーブの薄いシャツに、今日も今日とてホットパンツである。
ここまで徹底していると、アシュリーの本体はホットパンツの方なのかもしれない。
というか、雨の日にそんな恰好で寒くないのだろうか。……もしや、寒さに耐える修行をしてるのか?
「アシュリーは今日予定はなかったのか?」
俺がそう声をかけると、アシュリーはひらひらと手を振った。
「依頼を受けに行こうと思ってたけどやめたわ。雨の日は火魔法が使いづらいから嫌だったしね」
たしかにアシュリーのように火魔法をメインにしている魔法使いにとっては、雨の日は嬉しくないだろうな。
「だからフィーリア姉に誘ってもらえてよかった!」とアシュリーはフィーリアに笑いかける。
「そんなに喜んでもらえると、私まで嬉しくなってきちゃいます」
「欲を言えば、二人きりだったら最高だったんだけどなー」
そう言って、アシュリーは口をとがらせながら俺を見てきた。
「俺と二人か? やめろよ、照れるだろ……っ」
「あんたとな訳ないでしょうが!? 照れた演技とかしなくていいのよ!」
「相変わらず仲良いですねー」
三人で部屋の中央に丸くなって座り、一息つく。
「じゃあ、何しましょう。二人は何かやりたいことはあります?」
「筋トレ」
「フィーリア姉と一緒にいれるなら何でもいいよ!」
「なるほど、二人とも何もなしですか……」
おいおいフィーリア、耳が遠くなったのか?
俺はもう一度、今度は先程よりも大きい声を出す。
「筋トレ!」
「あ、ユーリさん。それは聞こえた上で無視してますのでご心配なく」
「なんだ、なら安心だな」
聞こえてないのかと思って焦ったぜ。
……って、あれ? なんで無視されてんだ?
……まあいいか! 細かいことは考えんの面倒くせえ!
「うーん……じゃあ、適当にお話しでもしますか?」
「あ、そうだ。こんな時にうってつけのゲームがあるぞ。『拳の力』っていうんだけどな――」
「だから、それは絶対やりませんって!」
「ユーリ、拳の力って何?」
アシュリーが不思議そうな顔で尋ねてくる。
「俺が考案した、知力と体力の両方を巧みに組み合わせたとても高尚でハイブリッドなゲームだ」
「アシュリーちゃん、騙されちゃいけませんよ。端的に言ったら殴り合いですからね」
聞き馴染みのない名前に不思議そうな表情をしていたアシュリーの顔が、それを聞いて瞬く間にあきれ果てたものへと変化した。
「……本当、ユーリって……」
「俺がなんだよ。続きを言ってみろ」
「あんた、完璧に生まれる時代を間違えてるわよね。原始時代に生まれてさえいれば多少は持て囃されたでしょうに。……そう考えると少し可哀想かも。ドンマイ、くよくよするより前を向いて生きなさい。きっとあんたにも良いことあるから。ね?」
「勝手に人に同情するな!」
なんだその憐れむような目は。
俺は今日も楽しく元気に生きてるぞ!
そんなこんなで、結局何をすることもなく会話が始まってしまった。
まあ二人は楽しそうであるし、良しとしよう。
俺は室内で出来るトレーニングをしながら、時折二人の会話に混ざるのだった。
結局そのまま日が落ちるまで二人の会話が途切れることはなかった。
よくそんなに話すことがあるものである。




