10話 獣の威嚇
街に出た俺達はクロスケの匂いをたどり始める。
俺の鼻が一度獲物を捕らえた以上、見失う……嗅ぎ失う?ことはあり得ない。
「こっちだ。ついてこい」
「……ユーリさんの鼻ってどうなってるんですか」
鼻をスンスンと動かす俺にフィーリアの半ば呆れた視線が突き刺さる。
「鍛えればこのぐらい誰にでもできる」
「まず鼻を鍛えるっていう発想がおかしいと思います」
俺の鼻の良さは普段は人並みだが、集中すれば犬と同等だ。
そんな俺にとってこの依頼はそこまで難しくもないものだ。
俺達は順調にクロスケの匂いを追っていった。
だんだんと道は細くなり、太陽の明かりも届かない暗い路地に入り込んでいく。
しばらくにおいを追ったところで動く影をみつけた。よく目を凝らすと、クロスケの特徴と一致している。
「いたな」
「ですね」
捉えようと近づくと、クロスケはグルルルゥと威嚇をしてくる。
やはり飼い犬でも獣は獣。なかなかに様になっている唸り声だ。
しかしこのまま近づくとクロスケが暴れてしまうな。……俺も威嚇するか。
「うおおおおぉ!」
「キャンッ!?」
クロスケは股の間にしっぽをいれて丸まってしまった。ブルブルと震えるクロスケをそのまま捕獲する。
よし、依頼成立だな。
そのまま依頼主の家にクロスケを連れていった。
シャロンは俺の腕の中にクロスケがいるのを見つけると、パッと顔を綻ばせる。
「わあ! ありがとうフィーリアさん! それと……」
「ユーリさんです」
言いよどんだシャロンにフィーリアがこそこそと小声で俺の名前を伝える。
「ありがとうユーリさん!」
「ああ」
シャロンと奥さんは大層喜んでくれた。
強い奴と戦えなくて欲求不満な部分はなくはないが、これだけ喜んでくれれば悪い気はしない。
たまにはこういう依頼もいいかもしれないな。
「私、今回必要でした?」
ギルドに依頼達成を伝えに行く途中でフィーリアがつぶやいた。
「いいや?」
「じゃあなんで連れだしたんですか。あの家でゴロゴロしてたかったのにぃー」
フィーリアは口をとがらせて道端の小石を蹴る。
「お前さっき共同作業とか言ってただろ」
「そんなことはもう忘れました!」
フィーリアはきっぱりと断定口調で言い切った。
コイツ無茶苦茶言ってやがる。
「でも実際今回解決したのは全部ユーリさんで、私があの家に残っても問題なかったじゃないですか。なんで私を連れだしたんですか? ……もしかして『一緒にいたいから』とか? は、恥ずかしいですよぅ」
頬に手を当て、わざとらしく照れた演技をするフィーリア。
演技だとわかっている俺でさえ心が惹かれてしまいかねないその仕草に、通行人たちは皆フィーリアに視線を移している。
「そうだなぁ……俺だけ働くのが嫌だったからかな。面倒くさいし」
戦闘なら喜んで引き受けるが、それ以外は進んでやろうとは思わない。
「私の迫真の演技をスルーしないでくださいよー。そしてなかなか酷いお答えをありがとうございます」
「よせよ。礼を言われるほどのことはしてないぜ」
「都合のいい部分だけ聞きとれるんですね……随分と高性能な耳をお持ちのようで、うらやましい限りですよ」
「そうだろ。まあ、鍛えたからな」
「馬鹿な……嫌味が通用しないんですか!?」
? フィーリアは何を言ってるんだ?
こいつが何を考えてるのかいまいちよくわからん。
もっと筋肉を鍛えろ。じゃないと俺には伝わらない。
「はぁ……。ユーリさんって筋肉のことしか考えてませんよね」
「おい! いま心読みやがったな?」
「失礼なこと考えるからですよーだ」
フィーリアは俺に向かってあかんべーをしてくる。
美人っていうのはこういう変顔しても美人なんだな。
気を抜くとドキドキさせられそうになるのは困ったものだ。
「……え?」
「おい、もう着いたぞ? なにボーっとしてるんだ」
なぜか顔を赤らめているフィーリアを外においたままギルドに入り、依頼の達成をギルド嬢に伝える。
「もう見つけたんですか!? 捜索系の依頼は時間がかかるのですが……」
「俺の鼻は犬より鋭いんだ。鍛えたからな」
「そ、そうなんですか。では、こちらが依頼達成料となります」
ギルド嬢と軽く言葉を交わして料金を受け取る。
その後でやっとフィーリアがギルドに入ってきた。トテトテと俺のところにやってくる。
「置いて行かないでくださいよ」
「お前が勝手に立ち止まったんだろうが」
「ぬぐぐ、正論言いますね……」
「俺は正論以外言わないからな」
「それは意味わかりません」
フィーリアは首を振って俺の言葉を否定する。
「で、どうだった? 薬草採取以外の依頼は気分転換になったか?」
「はい。……ユーリさんはどうでした?」
「まあ、悪くはなかったな。今後はそっち系も受けていってもいいかもしれないと思ったよ」
「それは良かったです」
フィーリアは自然な笑顔を俺に向ける。
フィーリアくらいの美人が素で笑うとそれはもう凄い。その輝きに、まるでギルドの中が明るくなったのかと錯覚に陥るほどだ。
「でもとりあえず、明日は薬草採取な」
「うげぇー」
俺の言葉に、先ほどまで纏っていた気品のようなものを吹き飛ばすような声でフィーリアは項垂れるのだった。




