1話 始まり
「大猟大猟。これだけあれば腹いっぱい食えそうだ」
上機嫌で家へと向かう一人の少年――もとい俺。
鬱蒼と生い茂る森の中、俺は後ろに巨大な魔物を引きずりながら家へと歩いていた。
俺の名はユーリ。
黒髪黒目というそこそこ珍しい風貌で、年はわからないけど見た目的に多分十八くらい。
身長はおそらく一般人より少し高く、体つきは一般人より少し筋肉質。そんな見た目をしている。
言ってみれば、こんな森の中に住んでいること以外はどこにでもいる普通の人間ってところだ。
「こんなでかい魔物がいるなんてついてたぜ」
背中の重みを感じながら笑い、独り言を口走る。
少年時代から長年にわたってこの森で一人暮らしてきたが、これほど大きな魔物を捕えたのは初めてだった。
しばらくは贅沢が出来そうだ、と俺は今後の献立に胸を膨らませる。
上機嫌のまま森を練り歩くと、目的の場所にたどり着いた。
そこにあったのはこの森で唯一の人工物――つまるところ俺の家である。
「おいしょっと」
魔物を屋内の床に直接置き、身体の筋を伸ばすように伸びをする。
とりあえずこの魔物を焼こうか。そう思ったところで、俺は外に異変の気配を感じた。
もしかしたらコイツに続いて大型の魔物が近くにいるのかもしれない。
「逃がさん!」
俺は涎を垂らしながら家の外へと飛び出した。
外には見知らぬ人が立っていた。
「……家、ですよね」
家の前でぶつぶつと唸っている。どうやら考え事に夢中で俺には気が付いていないようだ。
俺は彼女を軽く観察してみる。
銀の髪に銀の目、長い耳。人間である俺とはどうやら違う種族であるようだ。
特徴的なのはその顔の美しさ。可愛く、そして可憐で、そのうえ端麗である。
まるでこの世の美を詰め込んだかのような造形の顔に、俺の目は数瞬の間釘付けになった。
彼女は上半身には体の線が露わになるようなピッチリとした白い衣服を身に纏っており、下半身はゆったりとしたスカートを着用していた。
一目見ただけで彼女のスタイルがいいことは明白だ。
俺よりも拳一つ分小さい背に、すらりと伸びた長い脚。胸の起伏は少ないが、それもまた彼女の美術品のような品の良さに一役買っていると言える。
俺は目の前の美少女との出会いに驚きを隠せない。
とびきりの美人であることもだが、なによりこの森に住み始めてから人類に会ったのはこれが初めてだからだ。
このような森の奥に人がやって来ることなど考えたこともなかった。
久しぶりに人に会えたことに、俺の胸は隠しきれない高鳴りをみせていた。
そんなこととは露知らず、謎の美少女は顎に手をやり思案顔で考え込んでいる。
「なぜこんなところに家が……? 入ってみるべきでしょうか。……いえ、迷っている場合ではないんでした」
どうやらまだこちらには気づいていないようだ。ならばこちらから話しかけてみよう。
そう考えた俺は少女に話しかけてみる。
「俺に何か用か?」
「うぇあっ!?」
美少女にあるまじき声を出した少女は、驚きの表情で俺を見た。
「す、すみません、びっくりしてしまって……」
「いや、俺も驚いてる。この森で人に会ったの初めてだしな。それで、何か用か?」
「ちょっと森を出るための道を聞きたいんですけど、いいですか?」
話を聞いてみる。
彼女の名前はフィーリア・ウインディアというらしい。十七歳で、エルフだということだ。
エルフは顔が整っていると聞いたことはあったが、まさかここまでだとは知らなかった。
どうやら彼女は森に入ったはいいが、帰り方がわからなくなってしまったらしい。
話を聞き終えた俺は腕を組み、目の前のエルフを見る。
長い睫毛が目をパチクリさせるたびに上下に動いている。
「なるほどなるほど。要するに……あんた、名前なんだっけ?」
「今自己紹介したばかりなんですが……。私はフィーリアです。あ、もしくは『超絶美少女エルフのフィーリアさん』という呼び方でもいいですよ?」
にやり、とフィーリアは顎に手を当てる。
可愛いのはわかるがナルシストも大概にしてほしいものだ。
「……まあいいや。要するに超絶美少女エルフのフィーリアさんは――」
「あ、すみません。やっぱりフィーリアでお願いします」
「自分で良いって言ったくせに」
「人に言われるのは思った以上に恥ずかしかったので……」
フィーリアは俺から目を逸らすように視線を泳がせた。
心なしか透き通るような白い頬に赤みがさしている。
「要するにフィーリアはエルフで、初めてエルフの里から出たことに浮かれて見知らぬ森に突っ込んだら帰れなくなった……そういうことか?」
「そういうことです」
「……」
俺は半目で目の前のエルフを見る。
森が危険なことなんてエルフなら知っていて然るべきじゃないのか?
浮かれて森に突入するなんて子供でもしないと思うんだが。
そんな俺の視線に気づいたのか、フィーリアは桃色の唇の間から言葉を紡ぐ。
「私ってちょっとお茶目さんなんです。そういうところも可愛いですよね」
「自分で言うな」
見た目は良いのに、中身は残念なやつらしい。
「まあ、結局は迷子ってことだろ?」
「いえ、迷子というか……ただちょっと森から出る道がわからないだけです」
「それを迷子って言うんだよ」
俺のその言葉にフィーリアは頭を抱えて項垂れる。
「うわー、私が一生懸命現実逃避してたのに! それ言っちゃいます!? それ言っちゃいます!?」
なんだコイツ……。
そんなことをしても現実は変わらないというのに、よくわからないやつだ。
そのよくわからないやつは片手で胸を覆い、もう片方の手で俺をビシッと指差してくる。
「認めたくない現実を私に叩きつけて喜ぶなんて……さてはあなた、変態ですね!」
「道教えないぞ」
「すみません許してください」
フィーリアは頭を下げる。
他人に見られたら間違いなく俺が悪者になってるな……ここが森の中でよかった。
それにしても……。
目の前で頭を下げるフィーリアを見る。
エルフってのは皆こんな変なやつだらけなのだろうか。
なんというか、想像以上に残念なやつだ。
エルフにはもっと完璧なイメージを抱いていたから失望感が半端ない。
……ただまあ、完璧なよりは話しやすいか。
思ったより親近感がわいたのは、彼女が久しぶりに会った意思疎通できる存在だということだけが理由ではないだろう。
まあ、今の問題はフィーリアを森の外に出してやることだ。
協力するのはやぶさかではないが、問題点が一つある。
「協力するのは良いが……俺も道なんか知らないぞ」
「ええっ!? 『道教えないぞ』とか偉そうに言っておいて知らないってどういうことですか!」
ああ、そういえばそんなこと言ったっけか。
「悪いな、ドンマイドンマイ」
「乙女の純情を踏みにじりましたね……! この代償は高くつきますよ……!」
そう言って俺を睨むフィーリア。
だが身長の関係で上目遣いになっているので、ぶっちゃけ全く怖くない。
「まあなんだ、とりあえずあいつどうにかしよう」
俺はフィーリアの背後を指差した。
それに促され、フィーリアも後ろを向く。
そこにいたのは数本の触手を操る魔物だった。
紫色の触手をうねうねとあやつる食虫植物のような形状の魔物だ。
「うひゃえぁ!?」
フィーリアが再び出してはいけないような声をだし、すぐさま魔物から距離をとる。
俺と同じ位置まで下がったフィーリアは、目前でうねうねと滑らかに動く触手を見て身体を震わせた。
「なんなんですかあの卑猥な形状は……。私今かつてないほどドン引きしてますよ。一旦全力で逃げてもいいですか?」
「でもあの触手結構美味いぞ、マジで」
じりじりと後退していたフィーリアは俺の一言でぴたりと立ちどまる。
「……マジですか?」
「マジだ」
あの触手を焼くと、独特の香ばしさがでて美味いのだ。
この森でも一二を争う病み付きになる味である。
「戦いましょう。逃げてはエルフの名が廃りますから」
先ほどとは打って変わってフィーリアは戦闘の構えをとる。
意外と現金なやつだ。
だが、俺はフィーリアを遮るように前に立った。
「丁度もう一品欲しかったとこなんだ。俺がやる」
食い物のことを考えていたら、まだ食事をしていないことに気が付いてしまった。腹が減って死にそうだ。
ここはサクッと倒して俺の胃袋に収まってもらおうじゃないか。
「大丈夫なんですか? あの魔物結構強そうですけど」
「ん? ああ、任せとけ」
俺は背後のフィーリアに振り返ってそう言った。
すると、フィーリアの表情が変化する。不安げな表情から焦ったような切羽詰まった表情に。
「危ないですよ! 前、ユーリさん前っ!」
「うん?」
言われるがままに前を向いた俺の目前には魔物の放った風魔法が迫っていた。
風の刃はそのまま俺の身体に衝突し、土煙が舞い上がる。
「そ、そんな……っ!」
フィーリアが声を震わせる。
大方、俺が死んだとでも思っているのだろう。まあ、そう思うのも無理はない。
「いくぜぇ……!」
俺は鍛え上げた足腰の筋肉を駆使して土煙の中から飛び出し、魔物に接近した。
唖然としている魔物の腹にそのまま軽くパンチをお見舞いしてやる。
魔物は苦しげな声をあげながらその場に倒れこんだ。
触手がしばらくうねうねと動き、やがてその動きを止める。
「ふぅ……」
魔物を仕留めた俺は、魔物を引きずってフィーリアのもとまで歩いた。
「な、何が起きたんですか……?」
フィーリアは端正な顔を驚きに染めていた。
銀の両目が見開かれているところからしても、相当な衝撃であったらしい。
俺は何でもない風に彼女の質問に答える。
「ああ、俺に魔法は効かないんだ。鍛えたからな」
そう、それこそが俺がこれまで人もいない森で一人で生きてこれた理由だった。
鍛え抜かれた俺の身体は、そんじょそこらの魔法では傷一つつかない。
文字通り、俺には魔法が効かなかった。
火魔法も水魔法も雷魔法も風魔法も土魔法も、魔法という魔法は全て俺の身体の強靭さの前に消滅してしまうのだ。
敵の魔法を無力化できる。命がけの戦闘においてこれほどのアドバンテージは存在しない。
故に俺はこれまで生き永らえてこれたのだった。
「魔法が効かない……? 鍛えたから……? ……無茶苦茶過ぎませんかそれ」
話を聞いたフィーリアは半ば呆れたように呟く。
「そんなこと言われてもなぁ。効かないもんは効かないんだから仕方ない」
「ずーるーいー」
「子供かよ」
子供のようなことを言うフィーリアに思わず呆れ笑いがこぼれる。
「森を出る前に食事だ。あんたも食べてくだろ?」
「ご馳走になります。あの触手がどんな味なのか、期待してますね!」
「とりあえず中はいれよ」
こうして、俺は自分の家に初めて人を招き入れたのだった。
話が合っているか判断するのに、できれば3話の終わりまで読んでもらえたら嬉しいです!
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