#7. 選択 Mysterious Wand
コップに入ったコーヒー(のようなもの)から香る心地のよい香りが鼻をつつく。
「昨日はよく眠れたかい?」
「おかげさまでぐっすりと」
「それはよかった」
本拠地に戻ってきた後、仮の自室と与えられた瞬間に寝落ちしたのが今日の朝。
今は太陽が南下するくらい真昼間だ。
「ねーお昼ご飯まーだー?」
「今作ってるから静かに待っててくれ」
「はーい……」
キッチン室①という表示があったこの部屋は、どう見ても一般的なキッチン&ダイニングだ。
そこにいるはエミリア(エプロンver)とルナ姉(寝起きモード)と俺の3人だけ。
寝ぼけ眼のルナ姉はまるで小さい子どものようで、旗から見ればここはお昼ご飯を待っている一つの家庭のようだった。
もちろんルナ姉のような大きい子どもは困るが。
「はい、どうぞ」
「やったー、いただきまーす!」
「ありがとう、いただくよ」
テーブルに置かれたのはオムライス(のようなもの)だった。
食欲をそそるケチャップの(ような)においと、上に乗ったふんわりたまご(のようなもの)が、自分はお腹がすいているのだということを気づかせる。
スプーンでひとくち食べればもうエミリア監獄にとらわれる。
ケチャップライスのしつこすぎないほどよい甘さと酸味、そしてそれを聖母のように抱擁するたまご。
誰がどう食おうと、この美味しさは変わらないということを、止まらないスプーンが証明してくれる。
「ふー、食べた食べた」
「ごちそうさま、すごい美味しかったよ」
「お粗末さまでした、そう言ってくれると作った側としてもこれ以上のことはない」
エミリアが照れ隠しかのようにお皿を片付けてぱっぱと洗っていく。
なんというか、この前俺が作った料理を美味しそうに食べてくれたように、世界の壁を超える料理は最高に美味しく感じるのだろうか。
もしかして、とてつもなく口に合わなくて脳が自動変換起こしている……!?
「さあユータ。お腹も膨れたところで行こうか」
「え?どこへ?」
〜移動中〜
「さ、着いたよ」
「ここは……」
視界に広がるのは天井までぎっしりと詰まった大量の本たち。
どこを見ようと本、本、本。
人類が必要としている知識のすべてが、ここには詰まっている。多分。
古びた紙のにおいが舞い、窓から射し込む光が照らし出すこの空間は、神秘的な何かを感じさせる。
そんな空間でひとりの女性が穏やかな表情でカウンターの椅子で本を読んでいる。
容姿端麗にして、黒メガネ。
年齢はよくわからないが、多分20代後半といっては多く見積もっている気がする。
黒いローブを羽織った姿は、ファンタジー世界の魔法使いのようにも見える。
彼女はこちらの存在に気づくと、優しい笑みを浮かべた。
「あら、いらっしゃい。エミ」
「どうも、カノン」
「あら、そちらの殿方は?」
「ユータです!」
「はじめまして、ユータ君。私はカノン。この図書館の司書よ」
そろそろ自分の名前をユータと呼ぶことが当たり前になってきてしまっているのはまあいいとして、彼女はそう言うと立ち上がり、こちらに目を向けた。
「もしかして、あなたがアレを使うの?」
「アレ?」
「そうだよ」
全く理解できない俺を差し置いて、全部私のせいだと言わんばかりにエミが割り込んでくる。
「この世界では最小限自衛ができないと生きていけないからね。ひとつ余り物があっただろう?」
「でもあれは使いにくいし、大きな魔法は使えないけど……無いよりはマシかしらね」
なんかふたりだけで俺の未来が選択されていそうな会話だが、実際問題俺はなんのこっちゃ さっぱりわからんので、ここはおふたりさんに合わせるしかないようだ。
「じゃあついてきてね」
階段を下りていく。
記憶が正しければもう10分以上。
下をみても果てしない階段が延々と続いていくだけで、ゴールは全く見えない。
カノンが持つカンテラだけがこの世界を映し、その光が届かないところは不気味なほど暗い。
天使のようなエミリアちゃんと慈愛の神のようなカノン様のおかげで多少は怖くない。
空気も冷たく、息をはけば白く曇るほどだ。
コツン、コツンと靴の音だけが狭い階段で反響する。
その音以外は一切しない、不気味な静寂。
「もう少しで着きますよ」
「やっぱり長すぎるよ」
「そんなこといわれてもねえ……」
やっと着いた階段の最下層の扉を開けた先は、古い書物庫だった。
上の図書館とは比べ物にならないくらい小さな部屋で、12畳くらい。
埃がキラキラと舞い、いかにも年代物の本が陳列されている。
中央の机には大きな箱が置いてあり、それも長い年月を経て埃をかぶっている。
カノンはその箱の埃を丁寧に払うと、ゆっくりと蓋を開けた。
その中に入っていたのは、杖。
木製の杖で、その長さは1メートルにも及びそうであった。
「これがエクシードギア1号機、試作品だから属性がないのが弱点よ」
「多分ユータにはこれがいい。この世界の住人じゃないから、白黒は彼がこれから決めていけばいい」
「ささ、持ってみて」
促されるままに、その杖を掴む。
その大きさや見た目からは想像もつかないほど軽く、ひょいと持ち上げることが出来た。
丁寧に磨かれた木目は綺麗で、丸く曲がった先端には緑色の石がついている。
その異様に神秘的な物に、心が吸い込まれそうな気さえした。
「いいじゃない、これであなたも魔法使いね」
「ま、使いこなせるかはユータ次第だけどね」
「おう。使いこなしてみせるよ」
***********
「はぁ……はぁ……上りなんて……聞いてない」
「ユータちょっと運動不足かな」
「うるさいよ!」
そう、あれだけ下ったのだ。
帰りは上るに決まっている。
また数十分も薄暗い階段を上らされた。
あいにく自分は運動部ではないので、この程度の運動でもへとへとだ。
東京タワーの展望台へ階段で上っていった時よりも何故かすごい辛い。
とは言え、どんなに長い痛みにも終わりはあるもので、やっとのことさ図書館を抜け出せたというわけだ。
「ふう……少し休憩……」
「何言ってるんだい?」
「へ?」
「魔法の練習をするぞ!」
エミリアは悪魔だァァァァァァァ!!!