#6. 海風 Disturbing Shadows
久しぶりに投稿します第2章です。
自分自身何書いたか忘れちゃってもうどったんばったん大騒ぎ状態です(笑)
こんな感じで最強マイペーススタイルで投稿していくので、まったりお付き合いくださいませ。
静かすぎる波の上に、それはいた。
質量こそ持っているものの、それはどんなによく見ても黒い霧が人型に集まった塊しか見えないだろう。
その塊は紅い瞳をぼんやりと光らせ、腕らしきものをだらんと力なくぶら下げる。
その数、ざっと見て300。
その容姿から、村の人々に幻影と呼ばれるのも納得がいくだろう。
彼ら……いや、あれらは意思を持っていないと思われる。
ただ、少しずつ孤島の村に向かい、その不定形で禍々しい足を動かし、歩く。
いや、あれらが歩いているという表現もあながち正解ではないのかもしれない。
そこから3キロメートルほど北西。
ふたりの少女が船のデッキから海風に髪をなびかせている。
恐怖など考えてはいけない。
そこにあるのは絶望と死のみだ。
「いつもより数が多いな」
「まあ、とにかくぶっ潰せばいいよね!」
「ぶっ潰されるなよ」
「そんなの当たり前!」
冷酷な目の少女──リゼレッタはブレスレットのついた右手を天高く突き上げる。
すると、ブレスレットは光の粒になって弾け、リゼの右腕と手元に集まり、再構築される。
集まった光は剣へと形を変え、腕の長さほどある刀身は、月の光を受けて煌めき、氷の装甲を纏った右腕は凍てつく冷気を放った。
リゼが剣を取り出したのを確認したルナは、少し微笑んで頷くと海を眺める。
夜の海原はどこまでも黒く、水平線すらよくは見えない。
ただ、穏やかな風が吹くこと、目の前に悪しき影がいることだけがわかる。
(うん、今日も風が気持ちいい。
私のやるべき事はただ一つ。
あいつらを殲滅する。
そしたらエミとぉ……えへへぇ……)
「なにニヤついてるんだ。行くぞ」
「おおっと、これは失敬」
ふたりは颯爽と走り出し、出撃用に作られた金属のジャンプ台に力を込めて足を踏みこみ、そして大きく跳躍する。
普通の人間にはありえないような、船の最上部ほどの高さまで跳び上がると、重力にしたがって海に落ちていく。
海へと可憐に飛び込んだリゼは、月光に煌めく水泡を纏いながら、夜の冷たい海の中を魚達と共に優雅に泳ぐ。
その姿はまるで人魚の様だった。
ルナは足元に魔法陣を展開させると、そこから炎をジェットのように噴射する。
その勢いでで海面ギリギリを高速で飛行していく姿は、リゼが人魚だとしたら、白鳥だろうか。
ふたりはとてつもない速さで、影の中心へと向かっていく。
夜の水面を揺らめかせながら。
「もう少しで奴らのところへつくよ」
「了解した!」
影の集団は相も変わらず少しずつ歩みを進めている。
何の意思も持たず、ただ村を破壊するだけの存在。
しかし、隊列のその先でふたりの少女が立ち塞がっていた。
「うへぇ、やっぱなんか数多くね?」
「関係ない倒すだけだ」
「そうだけど……っ!」
ふたりは気づいていた。
普段とは違うのは数だけではないことに。
「……キサマラヲ排除スル」
そいつは影ではなかった。
他の影たちはぼんやりとした人型なだけだが、こいつは明らかに形を持っていた。
白い髪から見える瞳は妖しく赤く光り、口元は布で覆われ隠れている。
黒い水着のようなもので身体の大事な部分を守っていたが、その隙間から見える肌は明らかに''人間''の肌色だった。
こいつは、ほかのヤツらと同じように闇雲に戦ってはいけない。
そんな思いが、見つめ合ったふたりの間で言葉なく伝わりあった。
「こいつは後回しだ。まずは雑魚からいく」
「了解っと」
飛び跳ねたふたりは謎の人型を飛び越えて、影の集団に入り込む。
その周りの影たちは、ふたりは敵だということを感知したのだろう。
手のようなものをあげて襲いかかる。
「数など関係ない。雑魚はどれだけ集まっても雑魚だ!」
自分に言い聞かせるように呟いたリゼは、手に持つ剣で影を薙ぎ払っていく。
剣に斬られた影は、斬られた場所から少しずつ、水に溶けるように消えていく。
「熱いのは愛だけで充分よねっ!」
ルナが水面に手を当てると、そこから大きな赤い魔法陣が影たちを巻き込むように広がっていく。
「はぁっ!」
ルナが力を込めると、魔法陣を覆うように炎が舞い上がり、影たちは無慈悲に焼かれ、消えていった。
ふたりは次々と影たちを打ちのめし、たった数分ほどで影たちを一掃してしまった。
「はぁ……はぁ……おけ?」
「……まだだ」
魔力を消費し、疲れきったふたりの前に唯一立っていたもは、影ではない謎の人型だった。
赤く光る目はふたりを睨みつけながらゆっくりとふたりに歩み寄る。
「……キサマラヲ排除スル」
こいつを残すことは良くないということはわかりきってはいるが、これ以上の戦闘は身体へのダメージが大きすぎる。
ただでさえ多かった雑魚を蹴散らしてすっかり魔力を消耗したのに、ここから本戦とは勝機がないだろう。
PPを四天王使い果たしたとある世界の不思議な不思議な生き物が、そのままチャンピオンと対戦するようなものだ。
「……撤退だ」
「しょうがないね」
リゼが水面に剣を突き立てた瞬間、大きな水の壁が辺りに立ち上り、数秒後には謎の人型の影だけが、暗い海に輝いていた。
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「くっ…………」
「ら、楽勝だったね……」
医療室で横になっているふたりは余裕ぶってはいるが、その表情や身体の傷からは全然余裕じゃなかったことが嫌でもわかる。
みんなを心配させまいとしているのだろうが、それが逆に俺達の心に突き刺さる。
白衣を着たエミがふたりの看病にあたっていた。
彼女は無表情なほうではあるが……という話は何回もしただろう。
でもやっぱり、その顔からは不安や心配と言ったものが感じられた。
「私の魔法だって浅い傷くらいしか治せないんだから……そんなに無理しないでくれ」
「無理なんてしてないよ……」
「あれぐらいは対処できる……が、あの人間のような奴は一体誰なんだ?あいつは幻影じゃない」
「それは調べおくから、今は休んでくれ」
「……ありがとう」
エミが医療室のドアに手をかけた時、ふとこちらを見た。
来てくれ。
そんな様に感じられたその瞳に誘われ、俺は重い鉄のドアをあけてデッキに出るのだった。
まだ村からは遠いのかわからないが、東西南北360度月明かりに照らされた水面がきらびやかに揺れており、奥には水平線とその上の星々の煌めきしか見ることはできない。
エミは柵に身体を預けて海をぼーっと眺めていた。
「あ、来たのかい」
夜風に髪をたなびかせながら、エミはこちらを見る。
「ねえ……ユータ……」
「なんだ?」
「どうしたら、姉さん達を助けられるか、教えてくれ……」
「え?」
「見てわかっただろう。ふたりじゃもう限界なんだ。最近は私の治せるギリギリの怪我が多くて……
相手はどんどん強くなってるのに、これ以上は姉さんたちが危険なんだ……」
小さい声で、不安げに綴られた言葉。
エミがどれだけ心配か、そしてどれだけお姉さんたちを大切にしているかが伝わってくる。
無力で、貧弱で、そういったような負の感情が、夜の澄んだ空気を重くしていった。