#0.深淵へと誘う狂詩曲-ラプソディア-
どうもはじめまして。
幻想海 蒼空と名乗る人間です。
"げんそうかい"って読んだ人は後で体育館裏な。
この度はこの小説をお手にとっていただきありがとうございます。
1話約3000文字の読み手にも(書き手にも)優しい小説となっていますので、ちょこっと暇ができた時にも読んでいただければ幸いです!
「ここはこうしてだな」
「お、おお……やっぱり」
「これ、素因数分解だぞ……」
放課後の教室。太陽はもう地平線の下に沈み、残された青も少しずつ黒へと変わりはじめている。
いつもなら誰もいないはずの教室には2つの影がある。
ひとつは俺、風島悠汰。
もうひとつはこのバカ、天風 由梨。
由梨は生まれたときからの幼馴染みで、高校に入った今でも仲良くしている。
ちなみにこの高校の偏差値は平均より少し高いから、由梨みたいなバカが普通にこれるような学校じゃなかった。
入学できただけでも奇跡だったが、どうして入学出来たかがわからない。
本人に聞いたら「本気で勉強したけど入学できた喜びで全部抜けた」と、言っていた。
なんでそこまでしてこの高校に入りたかったは教えてくれなかったが、そこは問題じゃない。
今回の定期テストが心配だから勉強教えてと言われたから見てやったはいいものの、僕は(ある意味で)こいつの実力をあなどっていたみたいだ。
「こっちはどうやるの?」
「これはこうしてだな……」
「おっけ」
すらすらと問題を解いていく由梨を見る限りは、受験の時にやったことを完全に忘れたわけではなさそうだ。
久しぶりにやったら昔やってたのを思い出すアレだ。
そう考えると、別に俺から勉強を教えてもらう意味など内容にも思えた。
「できたよ~」
「おし」
答えが書かれたプリントを順に見ていくと、間違いが━━━ない、1問も。
いや、やっぱり俺と勉強する意味あるか?
これなら教科書見直せば充分だろうに。
まあ、できるなら問題はあるまい。
「すごいじゃん、全部完璧だよ」
「も~そこまで誉めんなよ~」
「そこまで誉めてな……はぁ、えらいえらい」
「ふふん♪」
ぱふぱふと頭を優しく叩いてやるとまんざらでも無さそうに目を細める由梨。
こいつは僕のペットか?
確かにこいつは昔っから俺に懐いてるというかなんというか、ずっと一緒にいるように感じられる。
別に特別付き合っているわけでもない、ただの幼馴染。
それ以上でもそれ以下でもなく、友達かと言われれば、家族に近いと答えても差し支えないだろう。
と、スピーカーから5時を知らせる鐘がなる。
一般生徒の下校時刻がきたようだ。
「さあ、帰るか」
「そうだね」
ペンを筆箱にしまい、ノートをとじ、鞄にいれる。
そして誰もいない廊下を抜け、下駄箱で靴をはきかえ門を出るというありきたりな作業を終え、帰路につく。
この学校は森に囲まれており、駅に着くまでは住宅地をぬけなければならない。
今日も北風が寒いく、肌を刺すような風が、ふたりの間を吹き抜けていく。
そういえば今日は12月24日、金曜日。
冬休み直前の登校日だった。
え?そこじゃない?
そう、今日はクリスマス。
全国のLoversにとってとても特別な日。
「えっ?プレゼントは何かって?
…………プレゼントは……私///」とか、可愛い女の子に言われたらどんな男子でも夜戦が開幕してしまうね。
ただし、俺は含まれない。
今日は夜から雪が降るという予報だ。
ホワイトクリスマスとかにでもなるのだろうか。
由梨とは家が隣なので約30分の道をいつも一緒に歩いていく。
こいつにも友達がいるだろうに何故俺と帰るのだろうか。
まあ、俺が言えることじゃないよな。
お互いに両親共働きでひとりっ子。いつも家でもひとりぼっち。
だからこそ俺も由梨に心を預けていた。
こんな調子でなんだかんだいつも一緒にいるから、いろんな人から「付き合ってるの?」とか「お似合いだな」とか言われる。
付き合ってはないけど、やっぱりそういう風に見られるのだろうか。
15年間一緒にいるのでもはや双子の妹でしかない。
そう思っていたのもせいぜい中2の頃まで。
あの日、とある友人から「何っ!? そんなに楽しそうにしているのだから、ふたりは相思相愛ではないのかっ!?」と言われた。
その時だ。こいつに抱く感情が恋愛感情だということに気づいたのは。
「ねえ、悠汰……」
「なっ、なんでしょう」
「なんで敬語なの?」
「気にするな」
「そっか」
突然話しかけられたので動揺したが、由梨はあんまり気にしてないようだ。
それよりも、さっきまでこいつのことを考えていたせいで、話しかけられた時不覚にもドキッとしてしまった。
由梨の横顔……かわいいな。
いやいや、なに考えてんだ俺は!
邪な気持ちは持たないように心がけているが、最近はこいつも色々成長してきて…ね?
「んで、なんだよ」
「いや、明日暇かなって」
「暇だけど……」
「よし、じゃあ遊びに行こう」
「別に構わないけど」
由梨がニコッと笑ったので僕は少し微笑んだ。
今、どれだけ顔が赤いだろうか。
辺りは暗くなっているので由梨からは見えないはずだ、多分。
それよりも、明日───クリスマスに何故由梨は俺を誘うのだろう。
いや、まさか……そんなわけないよな。
本音をいえば、そんなあまあまな妄想が少しでも現実になってくれる ことを願ってたりもする。
そのとき、ふたりを隔てるようにピュンと北風が通り抜けていった。
「うわさむっ!」
「寒いね~」
「明日出掛けんなら風邪引くなよ」
「わーかってる……ん?」
由梨は何かを見つけたようで、足元に落ちていたらしき物を拾い上げた。
「なんだこれ、水晶かな?」
由梨の言うとおり、水晶のように真ん丸の球で透明な物だった。
しかし大きさは手のひらサイズで赤いし、なによりなんか赤いもやもや?が出ている。
もやもやっていうか粒子っていうか…なんか名状しがたい。
「なんだこれ」
「汝を深淵へと誘う狂詩曲……」
「うん、なんか色々と違うよね」
ちなみに狂詩曲とはクラシック音楽のひとつだ。
水晶となんにも関係ない。
気になる人はWikipediaとかで調べてみるといい。
べ、別に調べるのがめんどくさいとか…そんなんじゃないんだからねっ///
由梨から受け取った瞬間、何か禍々(まがまが)しい感覚が身体を伝った。
でも、それは一瞬の出来事…いや、もしかしたら勘違いだったのかもしれない。
「んで、これどうする?」
「交番にでも届けるか?」
「意味あるの?まあいいけど」
「じゃあ、いきますかぁああっっ!?」
こけた。きれいにこけた。マジでこけた。いやーこけたねこけた。今思い出してもこけましたわ。
話をするのに夢中になっていた僕は、足元に落ちていた小石に気づかなかった。
僕はその小石に足をすくわれ、目が覚めたら……
ガッシャッッッッン。
文字にするならこんな音、水晶は粉々だった。
水晶?まあ、いいやつだったよ。
破片は飛んだけど幸い僕には当たらなかったらしいし、体も縮んでいなかった。
「悠汰だいじょうぶ────っ!?」
「なんだ────っ!?」
と思っていたのも刹那で、脳が状況を理解することができないくらいの一瞬の内に視界が真っ黒に染まる。
何が起きたのかはよくわからなかったが、確か割れた水晶が膨大な量の光を発したことだけはわかった。
そして謎の浮遊感と落下していく感じが体を包む。
視界は暗黒にふさがれ、方向もわからない。
周りにあるのは無慈悲なまでの黒。
全てを塗りつぶすような、そして、引き離すような。
「由梨ーーっっ!! どこだーーっっ!!」
俺は叫んだ。
自分でも驚くほど無意識のうちに。
俺が独りだと気づいた時、あいつが俺にとってどんな存在だったか、本当に今更気づく。
「っ!?」
ふと何処かで俺の名を呼んだ声がした。
15年間聞き続けてきたあの声が。
無性に聞きたくなるあの声が。
聞くと何故かドキドキするあの声が。
どうにかして姿を見たくて、手を伸ばす。
でも、掴んだ拳は空を切るだけ。
俺には何もつかめない。
あいつも。 自分の本当の気持ちも。
まだだ、まだ終わるわけにはいかないんだ。
あいつに言いたいこと、言わなきゃいけないことがまだ────