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かつて聖女と呼ばれていた魔王の話

 すべての戦争を無くしたい。そう思うのは自然なことだ。

 人が当然持っている善性が、戦火に焼き払われる街を、焼け出された子供が死にゆく光景を、女性に行われる陵辱を、


否定し消し去りたいと願うのだ。

 

 しかし、現実に戦争はなくならない。

 貧しさ故か、隣人への不理解の故か、あるいは生存のための苦渋の方策である故か。

 どれほど言葉を尽くして語りかけても、ただひとつの戦争すらも止めることは出来なかった。


 一度始まったそれは山に広がった火であり、大海に起こった津波である。

 つまり、止めようがない。少なくとも言葉によっては。


 故に、と彼女は思う。

 私の行動は必然であったと。


「でも、それを必然とか思ってるのはおめーだけだぞ、実際」

「何故ですカザロ? どうして皆わかってくれないの、もう!」

「そりゃあ、戦争を止めるっつって介入した戦場がいつもこうなってるからだろ」


 青年は腕を大仰に振って周囲を示した。

 そこには、倒れ伏したまま呻きもがく何千という兵士たちの姿があった。

 ひとりとして戦闘を継続できる者はおらず、目立つ飾り付き兜の指揮官らしき者達すらも同様に倒れたまま動く気配がないのだった。


 見たままを言えば、死屍累々といった有り様である。


「じ、事前に警告はしましたし」

「警告すればいいってもんじゃねえべ」

「一人も殺してないので主の御名においてセーフです」


 それは事実だった。

 つい先程まで会戦していた兵や指揮官達の中に動いている者はもういないが、致命的な傷を負っている者もまた皆無なのだ。主の御名においてセーフかどうかはさておいて。


「あのさあ……」


 彼女――かつて聖女と呼ばれていた筈の女に向けて、カザロはわざとらしく嘆息した。


「おまえの志はそりゃ立派だし、尊いと俺だって思う。

 だからってこんな真似ばっかしてたら敵が増えるだけだぞ」


「それは、まあ……わかっているのですが」


 しゅん、としながらもその一瞬後には顔を上げて、


「けれど人々が争いを止めるのならば、それも良いかと思うのです。

 皆の敵が、皆ではなく私一人になれば」


 そんな事を言うのだから、彼女に付いていくカザロとしてはたまらない。


「だから、魔王なんて呼ばれるようになるんだ。おめーはよ」

「聖女から魔王って酷いですよね、もう」

 

 自分では聖女だと思ったことはないですけれど、と苦笑する。

 本当に反則的だと男は思う。そんな表情の変化すら、魅力的だという事実は。


「世間の呼び名なんて勝手なもんさ。放っとけよ。

 呼び方がどうだろうと、おめーはやることを変えやしねえんだろ」


「それはそうですが、流石にこの落差はどうかと思うわけですよ。ただの小娘としては」


 聖女から魔王、というのは呼び方の変化としては極端を通り越して最早関連性が皆無だ。

 対極という関係すら無いその2つの称号が、今やこの大陸では一人の少女を指し示している。

 戦火を食い止める聖女にして、あらゆる戦場に現れすべてを薙ぎ払う魔王、と。


「確かに女の子を呼ぶ時の言葉じゃねえけどよ、魔王なんてな」

「でしょう?」

「まー、だからっておまえがただの小娘とか片腹大激痛だが」

「なんでですか! 幼なじみの貴方なら知っているでしょう、私が――」

「ああ、ザヴァール神の恩寵厚い大神官にして、竜人王から格闘術を学んだ、最上級の魔導師だってのはよく知ってる」


 倒れ伏した数千から万に届こうかという兵士たちという、酷い有り様を作り出したのは彼女一人の力によるものだ。

 カザロはまったく関与せず、魔王たる彼女はただ自身の純然たる武力によって、この光景を作り出した。


「……いじわる」

「おいこの程度で泣くな、卑怯だぞオイ」

「だってカザロが、いじわるです」

「この程度の意地悪させろよ、普段さんざっぱら振り回されてやってんだから」


 青年がそう言うと、聖女ははっと目を見開いた。


「やっぱり、カザロも迷惑ですか?」

「ああ? ちげーよんなこと言ってねえよ、ただ……」

「ただ?」


 各地の戦場から戦場へと振り回されていても、各国の怪しげな動静を探る役目をさせられても。

 それでもおまえの側に居たいんだ、とはカザロも口にできなかった。

 そんな事を照れもせずに、好きな女の子に言える男がこの世に居るだろうか。


「別に、嫌ってほどじゃねえだけだ。あと」


 続く言葉を吐き出そうか彼は少し迷ってから、結局言っておくことにした。


「おまえがただの女の子だと思ってんのは、今も昔も俺ぐれーだからな」

「私を入れ忘れてますよ、カザロ」

「じゃあ俺もそう思うのやめっかな。一人居ればいいだろ」

「……カザロのいじわる」

「一人も二人も変わんねーだろ、どうせ世の大半はお前を普通の女の子とは思ってねえんだ」

「変わりますよ。私にとっては」


 まっすぐにこちらの目を見てくる、ひたむきな瞳が凶悪だ。

 そんな目で見られて、平静な心持ちでいられる男がどれだけいる?


「カザロがそう思ってくれているだけで、私は嬉しいです」

「ん……」


 カザロも平静ではいられない普通の男の一人であったので、何を言ったものかふと言葉に詰まる。

 その時、彼の腰元の水晶球が音を立てた。


『シルベストリよりカザロへ。タウンゼント海の沖で海戦が発生した』

「オーライ。よく知らせてくれた」


 通話の宝珠での会話はそれだけで事足りた。

 察知した情報をいち早く知らせてもらうのに充分なだけの金を、シルベストリには払っている。


「で、どうするよ聖女、いやさ魔王サマ」

「もちろん、向かいます。付いてきてくれますね?」

「おう、行けるとこまでは付き合うさ」


 二人は彼女の飛行魔法によって空中へと運ばれ、音を突き破らんばかりの速度で飛翔した。



■□■□



「絶対平和☆<隕石群>(メテオ・スウォーム)!」


 何百という海軍船の帆を、甲鈑を、それに倍する数の隕石が貫き灼いていった。

 各所から悲鳴が上がる。魔王だ、魔王が出たぞー!


「戦争廃滅☆<大海嘯>(タイダル・ウェーブ)!」


 堕ちた聖女が<力ある言葉>と共に魔力を解き放つと、意思を持ったかのように轟く大津波が船を飲み込み、船を見捨てて飛行魔法で魔王に立ち向かおうとした勇気ある戦士が、大質量の水の前に押しつぶされていった。


 今回、彼女が行った攻撃行動はわずか二度。

 ただ二発の最上級攻撃魔法(非致死性アレンジ済み)が双方数百からなる大艦隊の海戦を完全に沈黙させた。


「いや、だから即死しななきゃいいってもんじゃねえから! 船殆ど壊しちまって、気ィ失った連中の引き上げはどうすんだよこれ!」

「あっ……」

「やっぱり考えてなかったなてめえこのアホ聖女、トンチキ魔王!」

「だ、大丈夫です。たぶん。カザロに任せます」

「無力な一般人にこんな大惨事の収拾を任せるなあぁぁぁっ!」


 カザロは彼女の手を借りなければ、この場に飛んでやってくる事もできなかったのである。



「ええと、アレだ。とりあえず神聖魔法だ。<意識覚醒>(アウェイクン)で全員気絶から復帰させろ」

「は、はい……<主よ、闇の縁にある者達に光を>」


 気絶し、海上あるいは海中を漂う万を超す人々を一度に気絶から覚まさせる。

 その効果範囲と正確さはどんな神官から見ても尋常ならざるものだったが、彼女は当然のようにそれを行った。


「んでもって<聖域>(サンクチュアリ)で全員を守ればとりあえず溺死は防げる……な、よし」

「聖域の展開ですね、わかりました」

「その後は急いで回収作業。途中で目ぇ覚ましてる連中に攻撃されるだろうから、自分と俺を<聖域>の効果範囲に入れとけよ」

「ええ、すでに」



 その後、回収作業は難航したものの、なんとか今回も死者ゼロで戦闘を止めることが出来た。

 まったく、こうしたトラブルは虫歯を引っこ抜く治療と同じくらい楽しいね、とカザロは思った。



■□■□



「で、海上戦止めるのにあんな大魔法連発するとか馬鹿なの? 殺す気なの?」

「うー……でもでも、主の御心のままですよ?」

「それ言えば許されると思ってんじゃねえぞ聖女」

「主は許して下さいますもん……」


【許すよー】


「ほら!」

「いや、ほらって言われても。俺神託とか聞こえねえし」

「ぐぬぬ……」

「何がぐぬぬだ。この魔王、いや大(馬鹿)魔王」

「今、言葉の間に酷い悪意を感じましたよ?」


「安心しろ、おまえに比べれば俺の言葉は常に悪意だらけだ」

「どれだけ悪意に満ちているんですか貴方は」

「おまえに悪意がなさすぎるって話なんだが」

「え? えへへ」

「褒めてねえからな?」

「え? 騙したんですか?」

「おまえが勝手に騙されたんだ!」


 ひと通り普段通りの楽しいやりとりを交わしてから、カザロは肩を落として嘆息し、気持ちを切り替えた。


「ま、今日のところは日も沈んできたし、戦いってんでもねえだろ。どっか飯でも食いに行こうぜ」

「そうですね、ご飯は大事です」

「シルベストリの店でいいか? 代わり映えしねーけど」

「一番安全ですものね……私にとっては」

「俺達にとっては、だろ。どうせこっから先も、ずっと一蓮托生だ」


 疲れ果てた先にハイになっていたのかもしれない。自然とそんな言葉が口からこぼれていた。

 魔王の頬が夕焼けに染まる。


「えっと、あれ? カザロはその……私とずっと一緒に居たいんですか?」

「じゃなきゃ誰が、こんな馬鹿げた苦行に付き合うかよ」


 いかん、なんだこのテンションは。自分の頬っぺたも赤く染まっていそうだなと、ふとカザロは思った。

 宙に浮かんだまま何も言えなくなってしまった二人を、夕焼けがいつまでも照らしていた。



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