オッサン達との旅⑧
本なんかで簡単な説明なら読んだことがある。
【ワイバーン】
ドラゴンに似ている飛行するタイプの魔物。
それしか知らなかった。
遠くから見ただけで分かる。
腕の代わりに拡がる二枚の羽根。
鋭い爪を持った太い脚が二本。
鋭い牙が並び、大きく裂けた口元。
しなやかに動く長い首。
太く長く伸びた先端に毒を含んだ矢尻の様な尻尾。
ウルフやオークとは違う。
剣で戦えば間違いなく格上の相手。
剣を持つ手が震えた。
少し離れた場所へ空中から下降し、一気に攻撃を仕掛けている。
《ギャアアアア~!!》
《誰か、助けでぐれ~!!》
《助け で、ビュ》
「目を閉じろ!おひぃさん!」
突然、後ろから両腕が伸びてきて、私の目を強く隠した。
目の前には筋肉質な腕が二本。
腕同士の隙間もなくくっつけられている。
そして、頭上から聞こえてきた悲鳴
《だず、げ、、でぐ、で~!!》
そして、何かが落ちるような、潰れるような音。
ヒュッと変な音をたてて息が喉を通った。
生臭い、鉄の臭いがする。
人間が死ぬところなんて見たことがない。
心臓がバクバクと速くなっている。
意識が飛びそうだ。
後ろから声が聞こえた。
悲鳴じゃない。
優しい、温もりのある、聞き覚えのある声
「大丈夫だ。俺達がいる。おひぃさんは俺達が守る。安心しろ。大丈夫だ。目を閉じろ。頼むから。目を閉じてくれ。そうだ、そのまま、そのまま歩け。良い子だ。」
トルーノだ。
トルーノが、目を閉じろって言ってる。
トルーノが手を引いてくれてる。
そうだ。
大丈夫。皆がいるんだから。
遠くで聞こえる叫び声も、オッサン達の声じゃない。
大丈夫。
オッサン達は無事だ。
二、三メートル歩いた後、私に目を閉じさせたまま、トルーノが立ち止まった。
「俺達の存在に気づいてやがる。その上で、先にあいつらを使って遊んでんだろうよ。俺達3人でも足止めぐれぇならなんとかなる。ウェイン、おひぃさんを絶対に守り抜け。」
この声はトルーノだ。
「ああ、カナちゃんにはこの魔道具をはめておくぞ?お前は自力でどうにか生き抜け。ウェイン、カナちゃんを絶対に守り抜け。」
私の腕になにか着けてる。この声はアルドだ。
「残念だが、しゃあねぇな。おめぇの勘だけはこの世界で一番だ。自信持っていけ。ウェイン、カナ嬢を泣かすなよ。ぜってーに守り抜け。」
私の頭を撫でたのは、グレンだ。
「おう。分かってる。俺に任せろ。心配するな。最後は俺が盾になる。安心しろ」
私の手を掴んだ、この声はウェインだ。
そしてオッサン達は同時に叫んだ
『走れ!!』
ウェインが私を担ぎ上げて走り出した。
視界に入るのは
グレン、アルド、トルーノ
がこっちを見てる
なんで?
なんで一緒に走ってないの?
なんで皆は残ってるの?
「待って!待って!ウェイン!皆が来てない!皆が来てないよ!」
ウェインは怒鳴った。
「黙ってろ!俺達を逃がすための殿だ!黙れ!」
次の瞬間、アルドがいる付近にグチャグチャになった人間が叩きつけられた。
ダメだ。
ああなる。
アルドも、グレンも、トルーノも。
ああなっちゃう!
ダメ!
ダメだ!
オッサン達は、私が守る!!!!
傷ひとつ付けさせない!!!
「ウェイン!止まって!止まって!」
ウェインの背中を叩きながら叫ぶが、止まらない
「黙れ!お前は逃げなきゃいけねぇんだよ!あいつらのためにも!!」
ウェインの声が泣きそうだった。
《ブハッ!!ちっくしょー!!痛ぇじゃねぇか!》
ワイバーンの尻尾で木に叩きつけられたグレンがいた。
《ダァァァァ!!》
鎖鎌でワイバーンの足を引き寄せるトルーノがいた。
《ソラッ!オラァッ!》
双剣を使って、ワイバーンに小さい傷を沢山作ってるアルドがいた。
足りない。
どう考えても、3人でワイバーンを3匹は相手出来ない。
私がやらなきゃ。
なんのためのチートだよ。
そうだよ!
私のチートは、私を守ってくれるオッサン達を救うためにあるんだろうが!
「ウェイン、止まって!」
振り向いて怒鳴ろうとするウェインに続ける
「魔法を使う!私が倒す!皆を守る!周りに人は?周りに人は?いるの?いないの?どっち!!!!」
ハッと息を吸い込んだウェインは答えた
「いねぇ!俺達とワイバーンだけだ!」
それなら問題ない!
「戻って!ウェイン!戻って!」
「おう!!!」
そして走って戻る私達。
間に合え!
間に合え!
アルドに凄い勢いで近づく1匹がいる。
「させない!アルド!後ろに飛んで!」
私が風魔法で真横からワイバーンの首を落とした。
アルドがちゃんと私の声を聞いて、動いてくれたからスムーズに倒せた。
私はウェイン下ろされて、そのまま、グレンの元に向かう。
ウェインはアルドを連れてトルーノの方へ向かった。
グレンは剣でワイバーンの足を切り落としていた。
多少の傷はあるようだが、そこまで酷い怪我はない。
「グレン!私が羽根を凍らせる!倒せる!?」
私を見て驚いた顔のグレンだったが、すぐに答えた
「出来る!飛ばなきゃただのトカゲ野郎だ!」
その自信満々な答えに軽く笑みがこぼれる。
グレンに攻撃を仕掛けていくワイバーンの羽根を氷魔法で凍らせてやった。
突然動かなくなった羽根に戸惑い、地面に叩きつけられたワイバーン。
そのワイバーンの首を一瞬にして切り落としたグレン。
「他のやつらはどこだ!?」
「こっち!」
私とグレンは走った。
皆は無事か、怪我はないか心配でたまらなかった。
やっと、3匹目のワイバーンの姿が目に入った。
駆け寄ってみると、ワイバーンは既に死んでいた。
トルーノとアルドとウェインで倒したんだ!
と喜んだのだが、
私は私の目に写った光景に愕然とした。
トルーノと、アルドが
ウェインを正座させて説教をしていた。
曰く
【何でカナちゃんを連れて逃げなかった!?】
【俺達が残った意味を分かってるのか!?】
【何のためにお前に任せたと思ってるんだ!?】
【おひぃさんが戻りたがるのは分かっていただろう!それを無視して担いで行くのがお前の役割だろうが!!】
【しかも、カナちゃんを置いて俺達の方に来るとか馬鹿かっ!?】
【最低でも、おひぃさんから離れるなよ!】
【その前に戻って来るなよ!】
と、責められているウェイン。
あ、どうしよう。
これ、バレないように、逃げられないかな?
多分、私にも雷が落ちるパターンだ。
これ。
後ろに一歩下がると、笑顔のグレンに肩を掴まれた。
「逃がしゃしねぇーよ?」
そしてアルドとトルーノに手招きされた。
ウェインの隣へ。
もちろん、正座で。
アルドが口を開こうとした瞬間、グレンが先に言葉を発した。
「あー、まず、助けてくれた事には感謝しようぜ。聞きたいことも、言いたいことも、沢山あんのは分かってるがよ、俺らがカナ嬢とウェインに助けられたのは事実だろ?二人が来なきゃ、俺らは全員、間違いなく死んでただろ。
と、いうわけだ。言いたいことは色々、色々あるが、助かった。ありがとな、カナ嬢、ウェイン」
グレンの言葉を皮切りに
「そうだな。先に礼を言っておくべきだよな。ありがとう。カナちゃん、ウェイン。二人が来てくれなきゃ、俺達は死んでた。間違いなく。助けてくれてありがとう。」
そう言って頭を下げたアルド
「俺からも礼を言う。おひぃさん、ウェイン。助けてくれた事、心から感謝する。お前らに救われた事、生涯忘れない。」
そう言って頭を下げたトルーノ
その二人を見て、慌てて頭を下げたグレン。
そんな3人を見て、安堵と喜びが湧いてくる。
良かった!3人とも生きてる!
3人とも、大きな怪我も無く生きてる!
良かった!良かった!
気づけばボロボロと涙を流して、鼻水をズビズビ啜りながら泣いていた。
「よか、良かった!よがったよぉ~!!生ぎてる!生きでる!皆、皆、生きでるよ゛ぉぉぉ~!!!」
女の子にあるまじき姿だと思う。
お゛ーいお゛い
と声がつぶれて、訳のわからない単語の羅列になって、それでも、皆の姿を確かめては、無事だ。生きてる。と繰り返して。
泣きじゃくった。
オッサン達は、私の背中を撫でながら、
ありがとう。助かった。
と慰めてくれた。
しかし、泣き止んだ時、再び正座での地獄が待ち受けていた。
「おひぃさん、何で戻ってきたんだ?ウェインに着いていけと言っただろう?」
トルーノが問う。
「皆が残ったから。私には魔法があるもの。あいつらを全て氷で固める位出来た。」
「でも、あの時、すぐに動けた訳じゃねえだろう?とっさに動けない人間が一番死にやすいんだぞ?分かってるか?」
アルドが問う
「うん。分かってる。動けなかったのは、人間が死ぬのを見たのが初めてだったから。でも、もう大丈夫。問題ない。」
「魔法は使わねぇようにするんじゃなかったのか?もし、誰かに見られてたら、どーするつもりだったんだ?」
とグレンが問う
「ウェインに周囲に人が居ないかどうか聞いてから判断した。問題ない」
「また同じ様な状況になったらどうする?」
ウェインが問う
「戻る。私は皆を置いて逃げる気はない。さっき知らない人が死んだのを見て、驚いたし、気持ち悪かった。ビビったよ。でも、わりとすぐに受け入れられた。
【皆が無事なら良いや】って思った。
だから、皆が死ぬのだけはダメ。許せない、耐えられない。魔法を使うのがバレそうなら、幻覚や結界を張ることにする。もし、万が一、誰かに魔法が使えることがバレたなら、そいつの記憶を書き換えてやる。だから問題ない。
皆に、ウェインに、グレンに、アルドに、トルーノに、もし何かあれば、私は全力で皆を助ける。これだけは譲らない。私は、皆を失うのがこの世界で一番怖い。」
また泣きそうだ。
怖い。
オッサン達が居なくなるのが一番怖い。
女に関わって問題が起きるのより、
ドラゴンの巣に乗り込むより、
オッサン達以外の全世界の人間に嫌われるより、
オッサン達が居なくなるのが怖い。
一人になった時の事を考えて真っ青になっていると、
オッサン達は唸ってた。
まだまだ沢山質問されると思ってたんだけど、
なんか唸ってる。
「ウァァァァ!!止めてくれ!死にそうだ!」
下を向くウェイン
「ダメだぁー!ダメだダメだダメだ!」
下を向くグレン
「あー、うん、ハハハ、無意識か?これ」
下を向くアルド
「厳しい。俺は耐えられん。」
下を向くトルーノ
オッサン達、下向いちゃったし、お説教は終わりかな?
とりあえず、オッサン達が正気に戻る前にワイバーンの残骸を神様鞄に回収しちゃおうと思います。
オッサン達が正気に戻ったのは30分後でした。