エストレージャ ~勇者になれなかった俺が勇者と姫に謀殺されそうになりながらもスーパースターになる話~
その王子は器用貧乏だった。
魔法も使える。
剣も使える。
だが器用貧乏すぎた。
伝説の勇者の子孫でありながら、勇者に選ばれなかった。
魔王城付近の魔物と闘うには心細い火力しかなかった。
回復魔法に関しても他国の大公の娘がいるため中途半端だった。
旅の後半にさしかかるとすでにお荷物的存在になっていた。
これは器用貧乏で少し下衆な王子がスーパースターになるまでのお話である。
◇
「ああ、勇者。あなたはなんで勇者なの」
「ああ、姫。どうして貴方は姫なんだ」
ふれあう指先。
見つめ合う瞳。
紅く染まる頬……
今すぐイチャコラやめねえとぶっ殺すぞてめえら。
俺はやさぐれる。
まあ喧嘩売ったら返り討ちなんですけどね。
二人とも異常なくらい強いから。
「すまない。君の婚約者だったな。他意はないのだ」
「ごめんね。王子。そんなんじゃないのよ」
うん。
知ってる。
君らがデキてるのは。
そんなのもわからんほどバカだと思ってるんだね。
だけど……それもしかたない。
俺は自分のステータスを出す。
残念な数値が並んでいる。
剣も魔法も並みの兵士よりは使える。
だがイチャコラな二人と比べたらゴミだ。
チームに貢献できるステータスではない。
思わずため息がこぼれる。
はふん。
「どうした? この洞窟で最強の聖剣を手に入れたらあとは魔王城だけだ。もう冒険も終わりだ」
そして俺の人生もな!!!
勇者が国を乗っ取って、姫を嫁にして、俺は追い出されてのたれ死に。
詰んだ……俺の人生詰んだ……
帰ったら城の食器とか絵画とかを少しずつ換金して騎士団のピエールのところで命より大事なお金ちゃんを匿ってもらって……
「王子?」
「ひゃい!!!」
やましいことを考えていたせいか俺は飛び上がりそうになる。
だが姫は何事もなかったかのように微笑みながら俺に言った。
姫の人当たりはいい。
悪い評判も聞かない。
だが俺は不安だった。
実戦をくぐり抜けた今だからこそ感じるのだ。
姫から発せられる殺気を。
俺に向ける殺意を。
いや絶対あるんだって!
「元気出さなきゃ! 私たちの結婚もありますし」
いつもと同じ声色。
だか、冷たいものを俺は感じた。
イラネ。
暗殺される未来しか見えない!
「アア。ソウダネ」
そう答えると、俺は背筋に冷たいものを感じながら洞窟に入った。
洞窟では魔王軍と鉢合わせてしまった。
聖剣を破壊しに来たのだろうか?
俺は疑問を感じていた。
すっげー疑っていた。
なんかおかしくね? と。
そして俺たちは洞窟の最深部に辿り着いた。
そこにいたのは……
真っ赤な髪。
タトゥーを入れたガラの悪い顔。
全てを焼き尽くす両手。
地獄の炎を操る戦闘の天才。
魔王軍四天王の一人である灼熱のザイアンだった。
……だがザイアンは椅子に縛り付けれていた。
サイアンはもがいている。
すっげーもがいている。
もの凄いもがいている。
うん帰ろう。
俺はなにも見なかったことにして逃げだそうとした。
嫌な予感がするからだ。
するとザイアンがこちらに向かって怒鳴った。
「おい王子! 助けろ!!! その女の本当の目的はお前の命……」
え?
俺は姫を見た。
その瞬間、姫と一緒にいた勇者が俺にファイアボールを放った。
しかも連射。
殺気を感じ取った俺は死ぬ気で逃げまわった。
「な! なにしやがる!!! 当ったら死ぬだろが!!!
「ああ。思ってたんだ。君がいなければ俺たちは幸せになるんじゃないかってね」
勇者は悪びれもせずにそう言った。
その手にはここで手に入れるはずだった聖剣が握られている。
あー! 先回りしてたのか!
で、殺すためだけに俺をおびき出したと。
うっわすっげー納得した!
「っちょ! おま! 殺す以外の穏便な手があるだろが!」
完全に負け犬になった俺がわかりにくい命乞いをする。
王子引退してもいいんで命だけは助けて!
「ダメだね。君はここでザイアンと相討ちになるんだ」
勇者の目はまるでゴミを見るかのようだった。
「正直、君の尻ぬぐいはもうごめんなんだ」
「っちょ! 姫! 俺は努力してたし問題も起こしてないだろ! な! そこのバカ説得してくれって!」
「王子様はいらないかもです。ごめんなさい」
そう言って姫は微笑んだ。
え? っちょ!
待てって!!!
そして次の瞬間、部屋が爆発した。
この出力、姫によるエクスプロージョンだ。
崩れる天井と床。
俺は崩れる床に飲み込まれるかのように落下していった。
◇
「我が子孫よ」
どこか遠くで声が聞こえた。
「我が子孫よ。目覚めるがよい」
やだ。寝る。
「起きろゴラアアアアアァッ!!!」
仕方ねえな。
「はいはい。なんですか?」
俺は目を覚ますと欠伸をした。
どうやら最深部の更に下に空間があったようだ。
俺は運良くそこに落ちて助かったらしい。
目をゴシゴシとこすると目の前に石象が見えた。
どこかで見た造形だなあと思ってよく見たら、それはご先祖様。
昔、その当時の魔王を倒した伝説の英雄王。
その剣は海を割り、その魔法は山を砕く。
完全無欠の英雄スコット王の石像だった。
だが気のせいか王城の壁に取り付けられた肖像画よりも……マッチョだ。
無駄に筋肉がついている。
しかもサングラスをつけている。
胸ピクピクさせそう。
「我が子孫よ……」
石像から声がする。
「よくぞここまで来た。我が意志を継ぐものよ。よくぞ聖剣が偽物だと気づいた! さすが我が子孫だ!!!」
仲間に殺されかけて落ちただけ。
と余計なことは言わないでおこう。
「今こそ我が封印を解くのだ。さすれば真の力を授けよう!!!」
「どうやってですか」
ノーヒントじゃわからねえッス。
「石像を壊すのだ」
正直言ってこの時点では俺は石像を信用していなかった。
だが自分のこの状況をどうにかする手立てがないのも事実だった。
部屋の天井は崩れ抜け出すのは難しい。
それにもう一つ理由がある。
相手は自立式だ。
殺す気なら俺が寝ている間に発動すればいい。
罠ではない確率が高い。
だが問題は石像を壊すこと。
攻撃力の低い俺には難しい。
どうしようかと考えて辺りを見回すとヤツの姿が目に入った。
俺と一緒に奈落に落ちたザイアンだ。
「ザイアンく~ん♪」
俺は最低の笑顔でにじり寄った。
ザイアンは動かない。
死んだふりをしているに違いないと俺は思った。
なぜならザイアンより遙かにHPの低い俺が無傷なのだからな!!!
ザイアンが冷や汗を流した。
やはり生きてる。
「ザイアンく~ん♪ 手を貸してくれないかなあ」
「お、起きてない」
ザイアンがふざけたことを言った瞬間、俺はザイアンの背に覆いかぶさり、ヤツの顎の下に手を差し込む。
そして自分の後方に思いっきり体重をかける。
キャメルクラッチだ。
「っちょ! ぎえッ!」
ザイアンの声にならない悲鳴。
そして俺は交渉をする。
「ちょっと手を貸してくれないかなあ。ねえ」
俺の態度はあくまで偉そうなもの。
相手は俺より遙かに強い四天王。
だが今なら弱っている。
俺は自分よりも強い高い相手には性能が半減するが、自分よりも弱い相手には潜在能力の200%を出せる自信がある。
そう、八つ当たりの弱モンスター狩りじゃなくて、日頃の恨み……じゃなくて、正義の心が俺を動かしたのだ。
「わ、わかったから! ギブ! ギブだって!!! 外してくれ」
ここからSTF、そして吊り天井固めのコンボなのに。
全く根性のないヤツだ。
「くそッ! これ壊せばいいんだな?」
「ああ頼む。俺に魔法撃とうとしたら関節技地獄な」
「なんでお前武道家じゃないんだよ!」
世間体が悪いからって反対されたんだもん。
俺悪くないもん。
と、いう情けない話はしない。
俺が黙っていると、ブツブツと言いながらザイアンが魔法で石像を壊した。
すると壊れた石像から煙が吹き出し、一番近くにいたザイアンをスルーして俺を包んだ。
万が一罠だったらザイアンが最初に犠牲になるはずだったのに!
「な! っちょ! ここまで焦らせて罠ですと!!!」
こうして人身御供を出そうとした悪者は成敗されました。
めでたしめでたし。
えばーあふたー。
じゃねえよ!!!
くっそ!
勇者の結婚式邪魔するまで俺は死なねえぞ!!!
「落ち着けい。今からお前に力を授ける!」
「え? なに? それって痛いとか苦しいとかのヤツ? ならイヤ!!!」
俺、努力嫌い。
以前は尊いものだと思っていたが、この旅で嫌いになった。
勇者を見てればわかる。
しょせん人間など99%の才能と1%の運なのだ。(断言)
努力などゴブリンに食わせてしまえ!!!
「今なら代償99%オフ!」
ぴくり。
旅の貧乏生活で養われた俺のMOTTAINAI精神が反応した。
「今なんと?」
「タイムセールウウウウウゥッ!!! 代償ほとんどなしで魔王を葬るモテボディに!!!」
「も、モテ!!!」
婚約者に葬られそうになったトラウマ発動。
「そうだ! たいした代償もなしにチートハーレムだぞ。今逃したら後悔するぞ!!!」
「買った!!!」
くくく。
我が一族は本当にチョロいぜ!!!
という声色だったが俺は気づかない。
いや、あえて気づかない。
なぜならタイムセールだからだ!!!
これも商店の値札張り替えまで弁当を見つめる生活のせいだ。
こうして俺は先祖から力を受け継いだのだ。
◇
魔王城。
魔王の間に勇者と姫が倒れていた。
無残にも剣は砕け床にバラバラになって転がっていた。
満身創痍の勇者がつぶやいた。
「クソッ! あとは貴様さえ葬れば終わりだったのに! っぐ!!!」
そんな勇者の顔を容赦なく踏みつける長身の男。
ヤツこそ魔王だ。
「愚かな人間よ。なぜ我に逆らおうとする……そう! そこの柱の影に隠れているお前もだ!」
べ、別にバカ二人がもうちょっとボコにされるまで待ってたんじゃないからね!
という台詞は心の中でそっとしまい、俺は悠然と柱の陰から出た。
今の俺にはそんな泣き言も態度も似合わないからだ。
そう俺は生まれ変わったのだ。
俺を見た魔王の目が丸くなる。
「な……そなたいったい……」
驚くの無理はない。
ビルドアップされた肉体。
青のプロレスパンツ。
街でやってたら職務質問確実なラメ糸でキラキラ光る覆面。
やたら派手なブーツ。
そしてやたらキラキラ光るマント。
それが今の俺の姿だった。
魔王がゴシゴシと目をこする。
ちなみになぜか俺の後ろではマリアッチの楽団が勇ましいBGMを奏でている。
ちなみにさらに後ろにはレフリーの服装をしたザイアンが死んだ魚の目で佇んでいた。
「どうやら疲れているようだ……うんそうだ。仮眠を取ってこよう」
魔王は嫌なものを見たとばかりに帰ろうとする。
カテゴリエラーなのだろう。
だが空気など俺は読まん!
空気を創り出してやるのだ!!!
「オラァよ! 受け取れ!!!」
俺は魔王に持っていたなにかを投げた。
魔王はそれをキャッチし驚愕の声を上げる。
「これは魔龍ティアマットの牙……たしか勇者と戦うにあたってこの部屋の前を守らせてたはずだが」
「子蛇ちゃんはそこで居眠りしてるぜ。社長、働かせすぎなんじゃねえの?」
俺がおどけると魔王からビリビリとした殺気が放たれた。
俺はさらに追い打ちをかけるべく連れてきたザイアンを魔王の前へ放り出した。
「ざ、ザイアンまで! くくく……ティアマット、それにザイアンと戦って無傷とはな! そこの二人よりは楽しませてくれそうだな!」
魔王の魔力が高まる。
だがそれすらも俺の手の内だった。
魔王は俺に向かい手の平を差し出す。
「ヘルフレイム!!!」
炎が俺に向かって放出される。
俺はそれをよけようともせず待ち構える。
身体を引き裂かれるほどの痛み。
だがそれが俺の狙いだった。
魔王は知らない。
俺のステータス表記からHPもMPもSTRもVITもなくなっていたことを。
あるのは超必殺技ゲージのみになっていたのだ。
そして炎が爆発した。
「ハハハ。愚かな男だ! 炎をよけようともせぬとは!」
爆発による焦げ臭い煙。
普通は死ぬだろう。
たとえ勇者であっても。
だが焦げ臭い煙の中から俺は悠然と歩いて出た。
魔王が信じられないという表情をする。
俺は指をパチンと鳴らす。
するとマリアッチの楽団がラテン音楽を流しはじめる。
「周りを見ろよ。魔王」
「……な! なにい!!!」
俺に言われて魔王は周りを見た。
さぞ驚いたことだろう。
いまや魔王と俺の周りにはロープが張られていた。
そして俺たちがいるのは四隅に金属のコーナポストが立つ四角いマットだった。
俺がスコット王に授かった最強の力。
それこそ失われた格闘技プロレス。
そしてプロレスに付随する最強の能力。
それは『森羅万象をねじ曲げてプロレスに引きずり込む』ことだったのだ。
能力を発動するためには必殺技ゲージをためる必要がある。
そして必殺技発動の第一段階、ステージ1。
それは森羅万象をねじ曲げ相手の視界にプロレスのマットを出現させること。
「ぬ、ぬう! 死ねい!!!」
焦った魔王は魔法を乱射する。
フフフ。
今の俺には魔法は必殺技ゲージをためる餌でしかない。
「ステージ2!!!」
俺は必殺技ゲージが光り輝いたのを確認するとステージ2を発動させる。
第二段階。
今度はそこにいないはずの観客が現れる。
「ブーッ!!!」
俺たちのしょっぱい勝負にブーイングが飛ぶ。
だから俺は……。
「す、素手だと!!!」
魔王に殴りかかった。
一発目はベアブロー。
二発目は水平チョップ。
三発目は飛び上がってドロップキック。
魔王は後ずさりする。
「な、なんだその隙だらけで無駄な技は!!!」
魔王が本気で抗議する。
無駄な技というわりには効いているようだ。
強者に手抜きされたとでも思っているのだろう。
だがそれは違う。
俺は本気だ。
「プロレスは夢だ!!!」
俺はもう一度殴りつけそのまま魔王の腕を掴みロープへ振った。
「何をわけの……」
このとき魔王は焦ったに違いない。
なぜなら魔王の身体は自己の意思に反してロープヘ駆出したからだ。
これこそ森羅万象をねじ曲げ無理矢理プロレスをさせる力なのだ。
俺は走りながら腕を振りかぶる。
そして体中の全ての筋肉を使いロープから跳ね返ってきた魔王の首に腕で体当たりした。
渾身のラリアットだ。
「ぐあああああああッ!」
魔王は一回転してマットに沈む。
「KOしたから勝ち」それは違う。
これはプロレスなのだ。
「魔王!!! てめえの全てを俺にぶつけてみろよ!!!」
俺は叫んだ。
観客の声援が俺に集まる。
魔王は王としてのプライドかよろよろと立ち上がった。
いい根性だ。
魔王は拳を振りかぶる。
「死ねい人間!!!」
岩のような拳。
俺はそれを身体で、頭で、顔で、受け止める。
まだだ。
俺の渇きを癒やすにはまだ足らない。
「まだだテメエ! もっとやってみろコラァッ!!!」
俺の絶叫。
それに心の炎を燃やした魔王が俺を掴み膝蹴りを入れる。
俺はこれもよけない。
全て受ける。
「なぜだ! なぜ倒れぬ」
蹴りもパンチも俺はよけない。
嵐のような連打。
悲鳴を上げ軋む俺の身体。
だが俺はそれでも膝をつかない。
「死ねえええええいッ!!!」
「オラアアアアアァッ!!!」
渾身のストレートパンチ。
俺は同時に同じパンチを魔王に浴びせる。
お互いカウンター気味に喰らう。
身体の芯まで届くような打撃がお互いを襲う。
だあ俺の方が打撃を喰らい馴れていた。
そう中途半端な性能で魔物に翻弄されていた俺。
何度も死線を越えた俺の肉体は最高の耐久力を得ていたのだ。
大きく体勢の崩れた魔王。
少しだけ身体が揺れただけの俺は魔王の背後に回る。
魔王の胴体をがっちりとホールドする俺の腕。
俺は雄叫びを上げながら魔王の身体を持ち上げ自分の後ろへ投げた。
ぐるんと回転する視界。
マットが揺れ、そして地鳴り。
ジャーマンスープレックスが綺麗に決まった。
俺はブリッジを外し、コーナーポストへ登る。
「行くぞ!!!」
俺の絶叫。
魔王に対して後ろを向いた俺は、
コーナーポストから飛んだ。
一回。
二回。
二回転をした俺が魔王へ降りかかる。
ダブルローテーション・ムーンサルトプレス。
俺はそのままフォール。
ザイアン扮する死んだ目のレフリーが現れカウントを取る。
ワン……
ツー……
す、
だんっ!
3のカウントの前に魔王の肩が上がった。
まだ魔王の心は折れていない。
「負けぬ……負けぬぞ。貴様はようやく巡り会った強敵……この戦いを終わらせてたまるか」
そうだ。
プロレスは意地と意地とのぶつかり合い。
そうだ。
俺に全てをぶつけろ。
「俺もお前に全てをぶつけてやる!」
必殺技ゲージが光っていた。
ステージ3。
超必殺技だ。
俺は魔王の頭側に立った。
呼吸を整える。
俺は自分のマスクを取りリングの外へ投げる。
「まさか!!! 君は!!!」
「な、なんで貴方が生きて……」
勇者たちが声を上げた。
俺が魔王と戦っている最中に回復して手柄を横取りするつもりだったに違いない。
お前らは逃がさん!!!
あとで殴る。
多少の邪念はあったが俺は自分の前で両腕を振り観客にアピール。
そして間髪入れず走り出す。
ロープの反動を使い更に加速。
反対のロープに走り更に加速。
そしてあたかも神聖な儀式を行うかのように魔王の頭で停止。
観客に指をさしアピールする。
反動が消えたとか、意味ねえだろなんて関係ない。
俺の精神、いや魂の叫びなのだ!
そして腕を振り上げ魔王の身体へ肘を落とした。
ピープルズ・エルボー。
プロレス最強の奥義。
ドラゴンの爆撃、いや隕石を落としたかのような音、そして震動でマットがたわむ。
そして一瞬遅れて観客の声援が響く。
俺は魔王の肩をマットへつけた。
無情なる3カウント。
魔王の抵抗はなかった。
勝負は終わり俺は魔王を引き起こす。
「くくく。魔王である我が負けてこんな気持ちになるとはな。人の勇者よ」
俺は魔王の手を強く握る。
「友よ」
俺は魔王にそう言った。
絵に描いたような茶番劇。
だが本気でやれば茶番劇ですら真実に変わる。
「友か……あくまで我を友と言うのか。わかった……人間界への進攻はやめよう。人間の友よ!」
俺たちはハグをした。
そこには死力を尽くして闘った二人の闘士の熱い友情があった。
抱擁が終わると俺は勇者と姫の方を振り返った。
なあにどんなに酷い仕打ちでも許してやるのが度量というものだ。
ましてや今日の俺は勝者なのだから
だから俺はリングサイドでバカ二人に言った。
「プロレスは好きかね」
それは人生で最高の笑顔だった。
◇
数ヶ月。
あれから俺はすっかりプロレスに目覚めた魔王を中心として団体を立ち上げた。
勇者もレスラーとして活躍している。
回復魔法を使える姫はリングドクターに。
ザイアンはだんだん楽しくなってきたのかレフリーとして頭角を現してきた。
魔王城はいまや娯楽の殿堂。
漢と漢が戦いを繰り広げる戦場として大人気だ。
ツアー客が押し寄せ、それに伴い入団希望者も続出している。
そこにはもはや魔族と人間という垣根はなかった。
選手控え室。
試合前の俺はブーツの紐を結んでいた。
「それで……王子。国に帰らなくていいのですか? 私はもう帰れませんが」
姫が俺に声をかけた。
「ああ俺は帰らない。俺の背中には魔族や選手たちが乗っているからな」
俺はそう言うとマスクを被り紐を結んでいく。
「でも王子! 国はどうするんですか!」
俺は姫にはっきりと答える。
「このときの俺は王子じゃねえ。スペルエストレージャと呼べ」




