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「大雑把だけど、説明はこんなとこかな。部屋の鍵は同室の子に預けてあるし、まぁそもそもうちは玄関くぐるまでが勝負だから、部屋に鍵かけてる子はほとんどいないけど」
「…はぁ」
(え、玄関くぐるまでが勝負って、何?つーか、勝負する必要あんの?)
帰宅って勝負事になるんだっけ?と首を傾げつつ、続く佐々の言葉を一先ず聞くことにする。
「んーと、門限は特に設けてないけど、高校生だからあまり遅くならないようにね。大事なのはこのくらいかな?細かいことは部屋にしおりがあるから、それを見てくれると助かるな。…じゃ、そろそろ部屋に案内するね」
(うわ、なんか緊張してきた)
上がり症ではないけれど、一人部屋だと思っていたのが急に二人になったのだから、多少の緊張は仕方ない。…よな?
佐々は二つあるうちの、奥の扉の前でとまった。
モスグリーンの扉には細く控えめに『神秘の森』と金文字が刻まれている。
(し、神秘の…)
そ、それはいったい。
非常に気になるが、…気にしたくない気もするわけで。聞くのが恐ろしいというか…。
廉次は迷って、なんとか口を閉ざし続けることに成功した。
(あとで同室の人に聞こう…)
ぴん、ポーン。
扉に刻まれた謎の文字に廉次が頭を悩ませている横で、佐々は扉の横にあるチャイムを押した。
廊下や扉が普通の家のそれと変わらないように見える中、扉横につけられたそのチャイムが発する違和感は中々のものがある。
廉次は、鳴ったチャイムの音がごく一般的なチャイム音であることに安堵していた。
(だって、神秘の森だし…)
ひょっとしたらチャイムの音も、こう、霧の奥から聞こえるような神秘的な音だったりするんじゃないかと、思ってしまったのだ。
良かった。普通で。
ほっとする廉次の目の前で、がちゃり、と音を立てて、扉が開いた。
(し、神秘の森の住人が、俺の目の前に…!)
自分も今日からその仲間入りをするということは棚に上げ、廉次はごくりと唾を飲み込んだ。
「お、青柳くん?待ってたよー!」
現れたのは、人好きのする笑顔の青年だった。
青年といっても、廉次より一つか二つ上だろう。あまり歳は離れていなさそうだ。
人の顔の美醜に疎い廉次から見ても美形、とわかる男前だ。
(めちゃめちゃ女にもてそうな顔ー)
少したれ気味の目がなんだか色っぽい。なんか良い匂いするし。
廉次より少し背が高いから、180cm前半といったところか。頭が小さくて手足が長い。ゆるーっとしたTシャツから垣間見える胸元が意外とがっしりしている。何か運動とかしているんだろうか。
そしてなにより廉次の目をひいたのは、金を通り越して銀に近くなるほど色が抜けた髪、だ。緩く波打つ短髪が、バカみたいに格好良い。
(うあー、カッコいいー)
顔が良い人間は何をしても格好良いという生き証人のようなヤツだな。俺、モンゴロイドって金髪の似合わない種族だと思ってたよ。
どうやらその考えは改めなくてはならないようだ。
(なんかすっげえバランスいい。似合うなぁ)
「青柳くん、彼が君の同室で同じ高校の三年生、白沢泰虎くんだよ」
佐々が紹介する声で廉次は、はっと我に返り、慌ててぺこりと頭をさげた。
「俺、青柳廉次です。今日からお世話になります。よろしくお願いします」
「うん、よろしくー」
「じゃあ俺は歓迎会の支度しなくちゃならないからもう行くけど、青柳くんの世話、よろしくね」
「はいよー」
「じゃあね、わからないことがあったら何でもトラくんに聞いていいからね」
こくこくと頷く廉次と、にこにこ笑いの泰虎に見送られて、ギガ…佐々は階段へと姿を消していった。
佐々を見送ると、泰虎は廉次を部屋に招き入れた。
「どうぞ。ちょっと散らかってるけど、…ごめんね?」