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「ごめん、つい、ね。じゃあ、亜紀の代わりに遅まきながらここの説明をするよ」
「あ、はい。お願いします」
佐々はにっこり笑った。
「ここは基本的に二人一部屋の下宿。一階に二部屋、二階も二部屋、計八人が住めるようになっていて、今は、廉次くんも入れて七人住んでるね」
七人。
(って、ちょっとした家族みたいな人数だなぁ)
「一部屋、十六畳、各部屋には二つずつロフトベッドとクローゼットが備え付けてある。トイレと小さな流し台も各部屋にあるよ。お風呂は別だけどね」
佐々が左手奥にある『湯』と暖簾のかかった入り口を指差した。
「お風呂はあそこ。シャワーは四つついてるけど、人数分はないから、利用する時は風呂札を掛けてね。詳しくは同室の子に教えるよう言ってあるから、使う時に聞くといいよ。ちなみに朝8時から14時まではお風呂のボイラー切ってるから、水しか出ない。まぁ、水でもいいなら、いつ使ってもかまわないよ」
「う…夏になったら実践するかも、っす」
「はは、うん、夏には多いね、時間外入浴者。風邪はひかないようにね」
はぁ、と小さく廉次が頷くのを見てから、佐々は玄関の方を指した。
「玄関の正面、階段があったろう?二階は、左側に学生の部屋が二つ、反対側に食堂兼談話室…まぁそんなに構えたものでもないけど。広めのキッチンと食事を取れる部屋があるんだ。テレビとソファも、ね。あ、そうそう、食事なんだけど、平日の朝晩は私が用意するから、いらない時は前日の21時までにメールか口頭で連絡して。廉次くん、携帯持ってるよね?」
「あ、えぇと、はい、持ってます!けど、ちょっと、えぇと」
廉次は慌ててパーカーのポケットから三日前に購入したばかりの携帯電話を引っ張り出した。
親もとを離れるにあたって、義父と母から買い与えられたものだ。
携帯を持ってない、と知った時の義父はひどく驚いていたが、なにせ実家の周りは電波がないので持っていても意味がないのだ。友だちと連絡を取り合う時、不便じゃないかい?と聞かれたが、基本的に休日は一人で過ごしていたので、不便を感じたこともない。
なので、これが正真正銘、人生初のマイケータイなのだ。
というわけで、正直まだ操作になれていない。
あたふたしていると、佐々が一緒に画面を覗き込んできた。
「設定とかツール画面とかにないかな?ちょっと借りていい?」
「うぅ、すいません。俺まだ慣れてなくて。お願いします」
情けないが本当のことなので正直にそう頼むと、佐々はまたにこりと笑った。
「すぐ慣れるよ、若いからねー」
どうだろうか。若いと早く慣れるものなのか?
素直に頷けないが、せめて電話とメールの基本操作くらいは早々にマスターする必要がありそうだ。
廉次がそんなことを考えている間に、佐々は自分の連絡先を廉次の携帯に移し終えていた。
「はい」
「ありがとうございます」
ぽむ。
「…」
ま、また撫でられた。いや…もう何も言うまい。
「あとで廉次くんのアドレス、メールで送ってね」
「はい、頑張ります」
そう言うと、佐々の顔がさらに緩んだ。
(…え、なんで?)
いや、怒られるよりは全然良いのだが。
「うん、明日は日曜だから食事は出ないんだけど、たぶん同室の子がどこか連れて行ってくれると思うから」
ちなみに今日は、廉次くんの歓迎会をするので夕食でますよ、と佐々。…助かった。