5
「あ、あの、佐々さん」
あ、くそ。佐々さんってすげぇ言い難いな。滑舌自慢の俺でもギリじゃん。
「はい?」
なんでしょう?という顔で佐々が振り返った。
「や、あの、俺、ちゃんとここの話聞かないで来ちゃったんですけど、…ここって今何人くらい人入ってるんですか?」
ドキドキしながら訊ねると、佐々はあまり大きくない目をまん丸に見開いた。
「あれ?亜紀、説明してなかった?…ったく、家族が増えたのが嬉しかったからって、気ぃ抜けすぎ」
佐々は飽きれ気味にそうこぼした。
ちなみに亜紀というのは、俺にカッコいい苗字をプレゼントしてくれた義父のことだ。ここの管理人…佐々さんとは幼馴染みだとかなんとか。
「じゃあ、ここが二人部屋だっていうのも……まさか、聞いてない…とか…?ま、さすがにそれはないよね」
「…え?」
「……」
「……」
廉次と佐々はたっぷり三秒、目を合わせたまま固まった。
「…ぁんの野郎…‼」
先に口を開いたのは佐々だった。
「あー…」
そして廉次は、途端にギガントとしての鬼気迫る迫力を纏い出した佐々に慌てた。なんというか、…ヤバい…その、けっこう怖い。
腹に響く地鳴りのような低音ヴォイスは、その風貌とあいまって、まるで鬼の唸り声のようだ。
(ちょ、待て、これ、父死ぬんじゃねぇ?)
籍入れて一ヶ月ちょっとで、即行シングルマザーに逆戻りしちまうかも、母よ。いや、ダメだ。頑張れ俺。未亡人はダメだ。未亡人は。
廉次は佐々の視界に入るように手をぶんぶん、顔の前で振って慌てて義父のフォローに入った。
「た、たぶん言ってたと思う!ただ俺が編入試験とか何とかでバタバタして聞き逃してたんすよ!でも、全然平気です、二人部屋でもなんでも俺、全然気にしないですから!」
「でも…」
「いや、マジで!俺、一人暮らししたことないし、この辺のことも全然わかんないから、同居人いた方が心強いですし!いきなり一人になったらホームシックになっちまうかもですし、義父もここなら安心して俺を任せられるって太鼓判押してったから!」
大丈夫っす!と一息でまくし立てると、佐々は呆気にとられた様にぽかんとしてから、ははっと声を出して笑った。
「亜紀には出来すぎた息子だなー」
なでなで。
(ギ、ギガントに可愛がられてる?俺)
もう少し力が入ったら首捻挫します、という強さで頭を撫でられ、安心と戸惑いと恐怖を織り交ぜつつ廉次はギガ…佐々の顔を下から恐る恐る覗き込んだ。
目が合うと、佐々はさらに眦を緩ませて笑った。
「あぁ可愛いなぁ。息子に欲しいよ」
グリグリと撫でられまくりながら、どうやらアメリカに渡った義父の命を守ることに成功したと、廉次は胸を撫で下ろした。そうとなると、次は。
「あ、のー」
いい加減、撫でるのをやめてもらえないだろうか、頭取れそう、首痛い、あと、もうそんな歳じゃないし……あーでも気分良いとこに水さしてまた怒ったらやだなー、佐々さんマジ怖い、と思いつつ躊躇いがちに声をかけると、佐々は最後に軽くぽんっと頭を叩いてからようやく手をどかせた。