はれんちマンション(結)
第15回『起承転結』小説の『結』です。
今まで付き合って頂いた皆様、本当にありがとうございます。
この小説は
叶愛夢さん(起)→阿厨季夜さん(承一)→御谷朋さん(承二)→春野天使さん(転一)→月朱さん(転二)→自分、七夜十歌(結)へと繋がってきました。皆様に最大の敬意を表します。
「これが父の、けじめの付け方だ!!」
と言いながら、どこから出したのか黒く大きなトランクを漁る。
「これだぁぁ!」
無駄に熱く叫び続ける父親。いや、てかあなた女でしょ? そんなことしちゃいけませんよ?
取り出した一枚の紙を、ハレに突きつけるように見せる。
『婚姻届』
「あ、間違えた」
「それ以前に手順を間違えてるよ! 先に離婚しろよ再婚する前に!」
そんなシャウトを一切無視。また漁り始める父さん。
「ハレ君も大変だね〜」「あなたがいなければだいぶ変わりますよ静香さん」
てかスルメ! なんかこの辺スルメくさ! 全部食べちゃって……今度はポテチ! マジで止めなきゃウチの食料なくなるよこれ!
「ああ、これだこれ」
ああ、このタイミングですか父上。あなたはこの状況が見えないのですか? 兵糧責めですか?
そして今度こそと差し出された一枚の紙。そこには……
「…………?」
よくわからなかった。が、それでも一つだけわかることがあった。
「これ、マンション関係の書類……だよね」
そこにはこのマンションの名前、そして母さんの名前に拇印がしっかりと載っていた。
「うむ。それはな、このマンションの管理人……というより、所有権を表すものだな」
「はぁ……はぁぁ!」
んなもんなんで持ってんだよ! あの母か? あのバカ母が送ったのか?
「いや、落ちてた」
「有り得ねぇぇぇ!」
落ちてるか普通てか落とすなよ! それ以前に持ち出すなよ! 何がしたかったんだ一体!
「落ち着け、ハレ」
肩に手をポン、とおいて諭すようにじっと見つめる父さん。
「僕はあんたの落ち着きっぷりがとても信じられませんよ」
「父さんに向かって『あんた』はないだろう!」
「そこでキレんの!?」
いきなりキレた父さんを、勅使河原さんと一緒になんとかなだめる。
「すまない……いいかハレ、父さんはいずれ結婚して働かなければならないわけだよ」
「てか結婚するきまんまんだったじゃないですか……」
「それまである程度資金がいるし、何より貯金だけでは少々きびしくてな。そこで!」
ぐっと両肩を掴んで熱く語る父さん。てか地味に痛いです。
「このマンションは私が継ごうじゃないか!」
「どうぞご自由に!」
思わず叫んでしまった。確かに今まで散々苦労してきたから、愛着みたいなものもある。だけど、母さんよりはしっかり仕事してくれるだろうし、いつまでも自分が代理をしているわけにもいかないので助かる話だ。
「やっと……やっと自由が手に入った!」
今までずっと家事に仕事にと、遊ぶ時間なんて無かった。そして遂に自分の時間を持つことができた。
「そうかハレ、そんなにうれしいか」
「当たり前だよ、もう縛るものは何もないんだから!」
まさに有頂天。でも、住人の皆さんの顔はどことなく暗かった。
「そうだな、確かに何にも縛られない。じゃ、そういうことで」
といって父さんが取り出したのは大きめのリュックサック。
「……何これ」
「一週間生きるための装備。財布と食料と着替え」
え? 何で? 確かに生きられますよ、でも必要ありませんよね?
「ハレ君、がんばってね」
「……いつか帰ってきて、楽しい話でも聞かせてくれ」
「何このシリアスムード! 僕出てくの? 何で? 僕はあなたの息子ですよ父さん!」
状況もよくわからずとりあえず叫ぶ。すると父さんは見たこともない笑顔できっぱりこう言った。
「邪魔だから」
「…………」
酷い。
酷すぎる。
いくら再婚するからってそれはないでしょう。
「大丈夫」
まるで聖母のように輝いた笑顔を放つ勅使河原さん(男だけど)が僕を見て言う。
「あなたの父さんは私が幸せにするから」
「うわぁぁぁあん!」
あまりにつらい現実に、ひったくるようにバックを取って階段を駆け下りる。
僕はもう何も考えずに走っていた。
――いったい、これからどうなるのだろう。
飛び出してきて数分、落ち着きを取り戻したが、今更戻ることもできないので仕方なくぶらぶらと歩く。
「……どうしよう」
する事もないので、とりあえずバックの中を探ってみる。
そこには本当に『生き残る道具』が入っていた。
「サバイバルナイフ、ライターとマッチ、ランプに……メモ用紙?」
着替えやサバイバーグッズの中に、父さんからのであろうメモが入っていた。
何かあるかもしれない……僅かな希望を託し、折りたたんであるメモを開く。
『家決まったら連絡くれ』
「ちくしょぉぉぉ!」
わかっていたのに期待した僕がバカだった!
嘆いていても仕方ないので、メモを破り捨ててとりあえず適当に歩いていた。
「しかし……」
この辺も変わったな、と思う。何より、ビルやマンションといった高い建築物がここ数年で一気に増えたと思う。
「ん?」
ふと思い出し、目の前にある新しいマンションを見上げる。
昔ここに広い空き地があり、まともだった父さんと母さんとで遊んだことがあった。
唯一といっていい、家族の思い出。それが無くなってしまったようで、少し寂しくなった。
「あれ〜?」
そんなシリアスを(また)ぶっ飛ばす、脳天気な声。
「何してるのハレ?」
「あんたが何やってんだよ!?」
そこにあるのは出ていったバカ母だった。
「何って、管理人?」
「聞くなよ! てか何で、こんなところにいるんですかコンチクショウ」「だって、南に行くって言ったでしょ?」
「…………」
右……住んでいたマンション
左……母さんがいるマンション
正面……西
「南だ!」
「でしょ〜? 全く、いつまでたってもハレはバカだなぁ」
ていうかありなの? 確かにみんなあなたのこと知らないかもしれないけど、南だけど、たった1、2キロしか離れてないよ?
「元管理人さんが実家を継がないといけないらしくてね、『管理人やったことあります』っていったら頼まれたのよ」
勝手に話進めてるし。まぁ本人が納得してるならいいけどね。
「だけどさ〜」
……なんだろうこのいや〜な感じは。今すっごく冷たい汗流れてますよ体中?
「もう何すればいいかわからなくって。いっぱい頼まれたんだけど、どうしよっか」
「…………」
本当は無視したいんです。すごく。でも、周りの人に迷惑はかけられないんだよね……
だから、
「すぅぅぅ――」
はぁぁぁ――
大きく深呼吸。
腹はくくった。どうせ元の生活に戻るだけだ。きっと。うん。
「それで?」
とりあえず、
「最初の仕事は?」
前に進んでみようか。
「さっすがハレ! 話がわかるわね〜」
「言ってることが前と違うんだけど――」
「――『母さん』」
――これは、中学生の僕と、どうしようもない大人たちの、しょうもない日常の物語。




