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BLUEMAP-青い世界の物語-  作者: 石榴石
~囚われの少女~『下』
27/30

第二十五幕『笑う首、望む結末』

この話を投稿するのにあたって、二の足、三の足を踏んでいました(汗)



――ああ、これから死ぬんだ。

 そう思った今、私は死んだ。


 けれども次には生きていて、死んだはずなのに生きていた。

 そして目の前にまっすぐ在るのは断頭台。

 死への道だった。


 これはきっと夢だ、悪夢を見ているのだ。


 それならばできるだけ早く終わって欲しいと願った。


 現実は、夢ではなく、無理やりここへ連れてこられたのだ。

 死神が現れたかと思うと、持っていた大きな鎌を突き付けられた。


 死んだかと思った次の瞬間、気が付けばこの空間にいた。

 炎の色に包まれたこの異空間に。


 目の前には首を切るための台と、そこへ行くためだけの道のみある。


 最後の最後まで残っていた、心さえも私は捕えられてしまった。

 心の声はどこへも届かず、体がただ前へ進む。

 逃げ出したいという気持ちで、心が破裂しそうだった。


『もう、頭がおかしくなる……いや……死なせて……』


 逃げ場というものは、残るは本当の意味での“死”のみだろう。

 そうすればようやく私は、自由になれるのだろう。

 しかしそれはなかなか訪れなかった。

 ゆるしてはもらえなかった。


『殺すなら早く殺して……』


 呟きながら、これからまた私は殺されようとする。

 それは精神から破壊しようと何度も繰り返される。

 それでも私はなかなか死んでくれなかった。


 少し前の私は死にたくない、生きたいと思っていたけれど、今は死ねたらいいと心から思うようになってしまったのだ。

 死ねないことがこんなに苦しいなんて、死ぬことよりも辛いなんて。


 どうして私は私を簡単に殺してくれないのだろう。

 こんな風になってまで、私はどこか心の奥で生きたいと望んでいるのだろうか。


 のどがつぶされる瞬間に感じるのは息が詰まる感覚。

 痛みはないがその瞬間すべての時が止まる。

 次の瞬間、またやりなおし。


 体中が見えない鎖でつながれているようで、逃げ出すことも指一本さえ動かすこともできない。


 終着点でひざまずかされ、差し出した首が、透明な“枠”に固定される。

 透き通りそうなまでに鋭い刃がおりると、視界が血塗られる。


 気が付けばまた、はじめからやりなおし。


 こんなにまで、首を何度も落とされるのは何故だろう?



 それでも、いつかは本当に死んでしまうのだろうか。

 その時はこれが本番だと教えてくれるのだろうか。


 せめて、こんなことならせめて自分が死ぬ瞬間くらい知っておきたい。

 私の死ぬ瞬間を。どれだけ私が生きていたのかを。



『ああ、私の目の前に騎士は現れず、死神さまが現れました』

 そう思った今、私はまた死んだ。


『ところが死神さまは私をなかなか殺してはくれません』

 そしてまた私は死への道に立つ。


『となれば、私を助けてくれるはずだった騎士様に、私は殺されてしまうのでしょうか』


 立ち止まり、

『ああ、きっと、神様と3人で笑って見ているのだわ』


 ひざまずき、

『さぞかし滑稽なのでしょう』


 私が死んだ。

『こうして何度も私を殺してくださって』


 繰り返す。


 私が死んでしまったのは、一体いつなのだろう。

 いつの間にか私は死んでしまったのだろうか。


 私はわらう。私がわらっている。私だけがわらっていた。

 そこら中に、死んだ私が転がっていた。


 首は宙に浮かび、こっちを見てワラったり、ぐるぐる回ったりする。


 そうしているうちにまた、今の私も首になった。

 本当の私がどれかなんて、考えるだけヲカシクて、またワタシはワラっていた。





――





「やっぱり――ここへ来たのね」

 資料保管庫の扉を少女が開ける頃、黒マントの男は金髪の少年を抱きかかえたまま、そこに立ち尽くしていた。

 大きな筒のような部屋は相変わらず、その天井にまで本がぎっしり詰まっているのだが、全く別の部屋の様だった。

 今のこの部屋に男は先ほどの、束縛されているような、居心地の悪さを感じない。


「教えてくれ。一体どういう事なのか……本の中に入ってから何がどうなったんだ? ――ここは一体、どこだ。ここから出るには一体どうすれば……」

 漠然とした心境が、男の口から次々とこぼれ出る。

 それに対し、問われる少女は、まるで全てを知っているかのように冷静だった。


「はぁ……ったく。そんなに一度に質問しないでよね。そんなの自分で考えたら?」


 すがるような思いをため息まじりで返された男は、ため息を吐き、舌打ちする。

「くそ……」

「――なんてね」と、おどけるキャスリン。

「あなたにヒントをあげるわ。私ってやさしいでしょ?」


 男はまたしても拍子抜けをくらってしまった。

(……ふざけやがって)

 少女は今の状況を楽しんでいるのだろうか。

 行き詰った男を見て笑っているのだとしたら、すこし趣味が悪いのかもしれない。


「ここは本の中の世界なの。……わかってなさそうだけど」

 少女はぽつんと言葉を発するが、それが男にはいちいち嫌味ったらしく聞こえた。

 それでも苛立ち、焦る心を抑え、男は少女の言葉に耳を傾ける。


「そして物語の主人公は、あなた。……いえ、本当のあなたよ」


「本当の……」

(俺……)

 少女の言葉に男の心は揺れる。


「逃げないで、目を逸らさないで。この物語は、本当のあなたでないと進まない。……望む結末は、主人公が望む物語を演じなければ得られないの」


 この言葉はどういう意味なのか、少女が敵なのか味方なのかさえ、男にはわからない。

 けれども、今はその言葉を信じるしかなかった。



「……で、どういう事だ?」

 しかし、理解が追いつくのとはまた、この男には別問題なのであった。


「……このままだと、本の世界に閉じ込められっぱなしって事よ。未完結でね」

 少女は多少呆れたように言った。


「それって……なにかまずいのか?」

 男は自分で言った後に少し理解したようで、焦った。

「なんだかよくわからんが……まずいよな! ああ、うん……」


 そんな男にキャスリンは、怪しげな視線を送る。

「あのね、今はまだ何とか、この世界が保たれてるけど……主人公であるあなたが行動しない限り、このまま物語が終わってしまう事になるのよ? 物語は永遠じゃないの、いつか終わるの……」


「終わったらどうなるんだ?」

 少女の言わんとすることは難しく、男の理解力は乏しい。

 この二人には少々、関係に難があるのかもしれない。


「このまま進まなかったら、物語は中途半端に途切れてしまうの。それは、死ぬことと同じ。そして誰にも見られなくなって……忘れられてしまうのよ……それって消える事と同じなの」

 少女は切なげな表情をにじませる。


「そうならないためにはどうすればいいんだ?」

「物語を望む結末へ導くこと。……それには主人公が望みを叶える事が必要なの。そしてそれは、本当のあなたにしか出来ない」

 少女は言葉を尽くした。


「――で、わかったかしら?」


 男は答える。

「……それがわからないからっ……困ってるんだ!」


 少女は額に手をあて、呆れたようにがっくりと肩を落とした。

「じゃあ、あなたはどうしてオレリア城に侵入してきたの? 目的はなに? この本の世界で、本当のあなたは一体、何をしていたの?」



                             -第二十六幕へ-



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