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BLUEMAP-青い世界の物語-  作者: 石榴石
~囚われの少女~『下』
25/30

第二十三幕『少年と小鳥』

少年と小鳥編はこれにて。

さて、これは物語の中の世界か、それとも物語の中のなかの世界か。





「ごめんなさい……」


 少年は少女の手を引こうとしましたが、少女の足はそこから動きませんでした。植物のつるが絡まり、それは少女の足と同化していたのです。


「私はきっと、ここじゃないと生きていけないの……」

 そう言って笑う少女の表情は、少年の心に痛々しく映りました。


「だから言ったのよ、自由なんて……」

 言いかけた少女は言葉を止めました。少年の瞳からぽろぽろと、大粒の涙がこぼれたのです。


「ちょっ……泣かないでよ! 泣いたってどうにもならないわ! 私だって泣けたら苦労しないわよ!」

 慌てる少女へ、少年はふるえた声を振り絞ります。

「そうだよね……でも。本当に悲しいとき、寂しいとき、涙がでないのはつらいよね……」


 自分より少し背の高い、少年の頭を少女は優しくなでました。

「泣かないでよ……泣きたいのは私なのに、どうしてあなたが泣くの?」


 少女は諭すように言いますが、少年はそれに応えました。

「自分が本当の自分じゃない時が、一番つらいからだよ」


 ふわり、風が少女の後ろ髪を通り抜け、木々がざわめきます。

 どこからともなく、女性の声がひびきました。


『お行きなさい、茉莉花ジャスミン。この少年はあなたのために怒り、泣いてくれたのです』


「あ……」


 すると、少女に絡まっていた蔦が、光となって辺りに散ってゆきます。


『心優しい少年よ……この子をお願いしますね。人のために涙を流せる、優しい心を持てるように』

 地面が揺れ、今まで楽園だった空間が割れました。


 そこから見えたのは眩いばかりの光と、どこまでも青く広がる空でした。



 暑い日差しから守ってくれる木陰に、あたたかく包まれるような感じがしました。

 少年は土の上で目を覚ましたのです。


 体を起こし辺りを見回すと、陰になっていたのはラクダで、ここは先ほどの砂漠の入り口という事がわかりました。

 少年はラクダの方を見上げると、微笑んでいるような気がしました。

 気を失っていた間、大きな白い翼に包まれていたような気がします。


「なんだか空を飛んでいたような気がするよ。君はすごいや」

 そしてやはり首を垂れるラクダの頭をなで、ありがとうと言いました。

 そうしていると声がしました。

「おかえり」

 懐かしい言葉が聞こえた先には、ライラが居ました。

「アンタはすごい事をしたのよ。やっぱり私が見込んだとおりだったわ」


 何が何だか少年にはわかりませんでしたが、ライラの話を聞いてみることにします。

「砂漠からものすごく大きな湧水が現れたのよ、ここからも見えるくらい! そしたらアンタが飛んできて……」

「おにいちゃん、その方が困っているわ」

 興奮気味のライラの後ろから、長い髪の女性がふらふらと現れます。

「ミカエラ! まだ寝てろって……」


 そしてライラは少し咳払いをして、

「この子は私の妹なの。不治の病って言われてたんだけど……アンタのおかげでよくなったのよ」

 自分は何もできなかったはずなのに、なぜそう言われるのか少年にはわかりませんでした。

「あの子――ジャスミンのおかげでもあるんだけど」

 そう言えば少女の姿を見ていないと気が付きましたが、少女はラクダの後ろにいました。

「ま、まぁそういうことになるかしら?」

 少し照れたような表情をラクダの後ろからのぞかせます。


「それから……」


 緑の髪の女の子は、両の手のひらを差し出します。

 すると、そこからクリーム色の小鳥が羽ばたきました。

 虹色の尻尾で宙を舞うと、そこには小さな虹がかかるのです。

 見た者の心を引き付ける不思議な光景でした。


 少年はただその光景を見て、喜びの涙を流しました。

「おにいちゃん、きれいね……」

「ああ」

 そこには幸せそうに寄り添う兄妹の姿がありました。


「――そうそう、アンタには世話になったね。……これからどうするんだい? アタシたちと暮らさないかい?」

 少年はそう言われて、決意を示します。

「僕は旅がしたい」


 その言葉を聞いて、少し寂しそうなライラでしたが、少年の背中をぽんと叩きます。

「それがいいさ、若いんだし。アンタは大物になるよ。……辛くなったらいつでもここに帰ってきなさいね」

 少年は世話になった人に礼を言い、そこでお別れをしました。


『ありがとう』――そう言った少年はもう泣いてはいませんでした。

 ただ真っ直ぐな瞳で空を見ていたのです。


 前を向いて歩き始めた少年は、一人ではありませんでした。少女と、翼の生えたラクダが少年のあとに続きます。

『そのラクダはあげるよ。アンタが気に入ったみたいだからね。じゃあ、お土産楽しみにしてるわよ』

 そう言って笑ったライラの存在は、少年にとって有難いものでした。


「さあ、君もおいで」

 少年は少女の手を引いて歩きました。

 こうして少年は旅に出たのです。

 心強い仲間と共に――。


 兄妹の姿が見えなくなった頃、少年は少女にいいました。

「どうしてミカエラさんと、この鳥は助かったの?」


 少女はラクダの背に乗っています。

 そしてこれからゆく道を見つめたままでした。


「初めて見た空が美しくて、気づけば自然と涙が出ていたの。でも“女神の涙”だなんて、なんだか私には合わないわ。私じゃない、本当の女神さまが恵みの雨を降らせてくれたのよ。私はそれを運んだだけ」


 少女は無邪気に微笑むと、空に向かって浮かび上がりました。

「あ、一人だけ飛ぶなんてずるい」

 ラクダにのった少女がどんどん離れて行くのを、少年は必死に追いかけます。


「あなたもここまでくれば? その小鳥がきっと連れて行ってくれるわ」


 少年は追いかけるのをやめ、少女が遠くの方へ行くのを見つめていました。






――






「物語はおしまいよ。そろそろ、元の場所に戻りましょう」


 誰もいない場所で、少女はそう呟いた。



                             -第二十四幕へ-


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