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BLUEMAP-青い世界の物語-  作者: 石榴石
~囚われの少女~『下』
24/30

第二十二幕『夢の泉』

『少年と小鳥』の物語。

 それからしばらく少年は、ライラという人物に付いて歩きました。

 少年の住んでいた町はすでにみえなくなっています。

 そして、砂漠の目の前で歩みを止めました。


「さぁ、これに乗ってちょうだい」

 どうやらそれは動物のラクダのようです。

 しかし、そのラクダには不思議な特徴がありました。

 こぶがふたつあるラクダですが、前のこぶのほうから大きな2枚の葉っぱが生えていたのです。

 その一枚はラクダの頭の方に、もう一枚は背中の方に向かっています。

 そしてラクダの上に涼しげな影を落としている事から、この葉っぱは日よけであることがうかがえました。


 こんな生き物がこの世にいたとは、少年は驚きました。

 それからもう一つ。肩からは小さな翼のようなものが生えています。

 空を飛ぶことのできるラクダなのかなあ? と少年が不思議そうに見ていると、ライラは言いました。


「それはね、太古のなごりなんだ。大昔、この子の祖先はもっと大きな翼で空を飛んでいたらしいわ」

 その話は少年の想像を駆り立てました。長い年月を経るうちに退化と進化を繰り返し、今の姿を受け継いでいるのでしょう。


「そういえば」

 そこでふと少年は思い出します。

「あの……さっきの小鳥は助かりますか?」


「ええ、もちろんよ♪ ……と、いってもここにいるんだけどね☆」

 ライラはそう言うと、片手を差し出しました。その手の上には水晶玉のようなものが乗せられています。小鳥はその水晶玉の中で眠っていました。

「これはね、中にあるものを保護する力があるの」


「わあ、すごい! ライラさんありがとう」

 少年は驚きました。

「喜ぶのはまだ早いよ? 今はこの中の時間が止まっているだけ……だ・か・ら!」


 ライラは少年の体を持ち上げ、先程のラクダの背の上に放り投げました。

「うわわっ!?」

 突然の事に何が何だかわかりませんでしたが、きづけばラクダの葉の陰の中に居ました。

 大きな青々とした葉っぱはとてもひんやりとしていて、とても快適でした。


「これからアンタには、“夢の泉”と呼ばれる場所にいってもらうわ。そして、“女神の涙”を取ってきてちょうだい」

 まだわからないことばかりでしたが、少年はそのまま話を聞きました。


「“女神の涙”があればどんな病気も治るらしいわ。アタシはここに残ってアンタを待ってる。がんばってね」

 ライラと少年はそこで別れました。

 少年が見えなくなるまで、祈るようにその人はその後ろ姿を見つめていたのでした。


「あの子は夢の泉に行ってくれるにちがいない。澄んだ目をした少年、頼むわよ」



――



 それから少年は行くあてもわからず、ただじっと、時間が経つことに耐え続けました。

 水筒を持たされてはいましたが、その水はぬるく、今はほとんど残っていません。

 さらには空腹感が少年を襲います。

 水筒と一緒に渡されたのは干した果物でしたが、とうとう少年の空腹はそれをかじっても収まらなくなってしまいました。


 またしばらくラクダの背に乗っていると、少年は意識がもうろうとしてきます。

 涼しい陰をくれていた葉っぱは、暑さのせいか少ししなびたように思います。

 その葉っぱも食べてしまおうとさえ思いましたが、それはラクダがかわいそうなのでやめました。


――夢の泉……一体どこにあるんだろう。

 そしてそこには、本当にたどり着けるのかな。

 あの鳥を……助けることはできるのかな……。


 思いを巡らせるうちに、少年はいつのまにか眠りの中に落ちていき、乾いた砂の上に崩れ落ちてしまいました。


 そのまま砂に埋もれていく感覚に、少年は飲み込まれていったのです。



――



 ぽつん、と何かが頬に当たりました。

――……冷たい。


 頬に落ちたのは水滴でした。

 やけに固く湿った土の上で、少年は仰向けのまま目を開きます。

「ここは……」


 体を起こして辺りを見回せば、大きな木々の生い茂る、まさに楽園ともいえる光景がありました。

 すぐそばには湖もあります。


 そしてまた、ぽつん、と頭の上に水がこぼれました。

 そこで見上げると、少年はラクダの姿に気が付きます。

 ラクダは背中の葉っぱから雫をこぼしていたのです。

「きみが助けてくれたんだね」


 ありがとう、と少年は首を垂れるラクダの頭をなでます。ラクダは照れたのか、少年の頬をなめました。

「くすぐったいよ」


 少年が笑っていると、少年のうしろ、草の生い茂った所からカサカサという音が聞こえました。

 それはどうやら足音だったようです。

「久々のお客さんね……ずいぶんと退屈だったわ」


 そこにいたのは森の妖精のような少女でした。

「ここは夢の泉。女神の涙が欲しいなら、私を泣かせてくれるかしら? 当分涙が流せてないから、そろそろ本当に泣きたいの。私の事を、心から泣かせて欲しいの」


 少女の後ろから少年に向かい、風が優しく流れます。

 それは少女の肩を通り過ぎ、茉莉花の葉色に似た、緑色の髪の端をふわりと揺らします。

 まるでそこから花の香りが漂ってくるようで、少年は心が包まれているような心地よさを感じました。


「君は……ここでずっと独りぼっちだったの?」

 少年は少女へ問います。


「そう。生まれた時から私はひとり。みんなはここを楽園と呼ぶのだけれど、まるで私は囚われているみたい。必要なのは私じゃなくて、“女神の涙”なのに」

 そう答える少女の表情からは、悲痛な思いがうかがえます。


「自由になりたいんだね。僕も同じさ」

「あなたと同じ? 自由なんて私にはありえないわ。それに、あなたは自由だからここに来れたんじゃない」

 少女はしばらく俯いたままでした。


「僕はある人のおかげで自由になれたんだよ。(お金の力だけど)……でも僕には何もない。だけど、君を自由にしたい」


 少女は足元を見つめ、その少年の言葉にただ耳を傾けます。


「まぁ、確かに“女神の涙”は必要なんだけど、無理して泣く必要なんてないんだよ」

 少年は優しく微笑みかけました。


「あなたって変わってるのね。そんな事をいったのはあなたが初めてよ」

 少女はくすりと笑っていました。

 それを見た少年もあははと笑います。


「笑うとかわいいね」

 赤くなる少女の頬。すぐに何か言い返そうとしましたが、少年の真っ直ぐなまなざしに、何も言えなくなりました。


「さあ、ここから出よう」

 そして差し伸べられた手。


 思いもよらない少年の行動に戸惑いましたが、少女は手を、伸ばすことに決めました。



                             -第二十三幕へ-


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