表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLUEMAP-青い世界の物語-  作者: 石榴石
~囚われの少女~『上』
12/30

第十幕『ジャックの苦悩』

この回は改訂といってもほぼ改訂しておりません。(^-^;

 星空を背景に、少年ジャック・ジンは船の甲板で浮かない顔をしていた。

 その瞳は虚ろに、光のない夜空の色を映し出す。

「くそっ……なんで僕が――」

 夜の闇よりも暗い影が、黒服のその背中に渦巻いていた。

 それは少年の苦悩を物語っているものなのだろうか。それとも、自分で自身を呪っているのだろうか。自分の生まれた運命を。

 ジャックは、丸眼鏡の奥で瞳をとじる。時々こうして独り、忌まわしい記憶を辿っていくのだった。

 少年には生みの親の記憶がない。ただ一つわかっていたことは、母親に捨てられたということだった。

 まだ計算も教わらないほど幼かったジャックは、雨の降る空港に一人、置き去りにされた。

 親を探す術を知らず、この場がどこなのかさえもわからず立ち尽くしていたことを、少年は茫然と思い出す。

 覚えているのはただそれだけだった。それ以前の事は、まるで記憶を消されたかのように思い出せなかった。思い出そうとすると、頭が割れるように痛む。それは恐怖となって少年を襲う。

 今ジャックに声をかけられる者は、団員の中で一人としていなかった。

 それもそのはずである。重大な役に指名をされたジャックは、女嫌いを理由に悪態をついた。それは先ほどの出来事だった。



――



「今回は俳優、姫の誘拐をどちらもしてもらわなくちゃいけない団員がいる。それはアンタよ、ジャック」

 団長の言葉を聞いてジャックは耳を疑った。

 自分が女嫌いなのに、どうしてそんな事が言えるのだろう。団長もそれを知っているはずだ。この役は自分の適任ではない。

 そしてジャックのした返事は――

「いやだ」

 当然、その場の空気は荒れた。

「どうしてジャックに?」

「ジャックよりもシドの方が向いてるんじゃ」

「ジャックには無理だぜ」

 団員たちは口々に言う。それを聞くや否や、団長ライラはジャックを諭す。

「アンタしか、姫に近づける役はいないのよ。今回の演目を考えてごらん」


 オレリアで上演予定の演目は、『少年と小鳥』という話だ。

 今回ジャックは、その主演の少年役を演じる。ジャックはこの盗賊団の最年少。この役をできるものはジャックしかいなかった。

「“少年と小鳥”――この演目は、オレリアの王女レナ姫が大そう好んでいらっしゃるとのことで、国からのリクエストだよ。主役の少年役は、舞踏会でレナ姫の隣の席に招待されているの」

 だからレナ姫を誘拐するのはジャックが適役、というのが団長の言い分だった。

 しかし、ジャックはその言葉を簡単には受け入れる事が出来ない。

 蒼の瞳は冷たく、団長の方を睨む。

「僕は王女を誘拐するなんて嫌だ」

 それはまるで駄々をこねる子供のような様でしかなかった。

 ほかの団員は皆、これには冷や汗ものだった。この中でこんなことを言えるのは唯一ジャックだけだろう。

 団長ライラは生物学上男ではあるが、普段は女言葉を使う。しかし、それには品があり、その人の味となっていた。

 しかも抜群の統率力で団員をまとめている事から、その人格や人柄は、尊敬はしても軽蔑するような者は決していない。

 一方、団長の方は表情一つ変えずに――

「それじゃあ好きにしてもらうよ、ジャック。アンタは盗賊失格よ」

 団長は決して、滅多な事ではそういった言葉を発しない。

 その言葉は、団からの追放を意味するからだ。

 周りの者は息を飲んで見守る。

「……やんのかやんないのか、港に着くまでに外で頭冷やして来な!」

 そして厳しく、団長はジャックに言い放った。

 受け取り方によっては考えるチャンスを与える言葉だ。だがジャックは、納得いかないといった顔をしたまま、部屋を後にした。

「さて……。と、なると代案を考えないと行けないわね。演目は、変更ね」

 盗賊団の会議は夜更けまで終わらない。



「くそっ……なんで僕が。なんで……僕なんだ」

 盗賊団を辞めるか、辞めないか。

(……でも)

 自分はどうしても女性に触ることができない。

(どうすれば。一体どうすればいいんだ……)

 ジャックは独り、夜風に当たりながら己の運命を苦悩していた。

 港へ着くまでには決心できそうにない。いや、ジャックの心が揺らぐには、何が起きようと到底不可能だ。

 姫を抱きかかえようとした瞬間に無様な姿に成り果て、大悪人として首を刎ねられること以外想像できなかった。

 その想像はとても恐ろしいものだったのだろう。ジャックは具合が悪くなってくる。

「……な……んだ?」

――…………っ!

 突如として、頭が割れるような痛みに襲われた。それはいつもの症状よりも激しく、本当に頭が割れて、死んでしまうのではないかと思う程だった。

 そこからの出来事をジャックは――自らの知る術を失った。


――お母さん! お母さん! ここはどこなの? どこに行っちゃったの? 僕のことを置いて行っちゃったの?

 失われた意識の中で、幼き日の少年の声がする。

――僕はどうしたらいいの? お母さん。ねぇ、お母さん? どこ? どこにいるの?

(僕は……どうしたらいい? また、ひとりになってどうするんだ?)

 ジャックは夢の中で、自らの人生をかえりみる。

――幼い頃。母親に捨てられて以来、女が嫌いになった。

 自分が女だと思う人物には、触れることも触れられることも恐ろしい。感覚でだが、半径1m以内に女の気配を感じただけで、とてつもない寒気に襲われる。

 その度に心は氷のように鋭くなり、その対象に対して嫌悪感を抱く。触れたり触れられたりすると、頭痛や吐き気、体中に起こるかゆみなどの症状に苦しむことになる。

 なにも、母親に捨てられたくらいでそこまでなるものかと、そんな風に言われた事もあった。そう言われるのもわからなくはない。

 だったらなぜ僕は、そんな風になってしまったんだろう。

 盗賊団『マスカレード』に拾われた後の苦労は、生半可なものではなかった。人を殺すような行為こそしなかったものの――今はこのことは忘れよう。思い出すだけで頭が痛くなる…………。


 ああ、もうこれ以上ここに“僕”が居ることは無理みたいだ。僕は知ってしまった。意識を失っている最中ということを――


 目覚めたとき、少年はその場から姿を消した。



                              -第十一幕へ-


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ