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BLUEMAP-青い世界の物語-  作者: 石榴石
~囚われの少女~『上』
10/30

第八幕『予告』

しばらく期間がありましたが、再開致します。

今年も、どうぞよろしくお願い致します!

 王座の前で片膝を地につける若い騎士が居た。

「女王様、何やらこのような怪しい文が……」

 青年は跪いたまま、女王へ封筒を差し出す。

 横長の茶封筒の口を封じた赤茶色の蝋は、仮面の形にかたどられていた。

 女王は乱雑に封を開けると、入っていたカードを見るなり目を見開いた。


今宵、麗しの姫君

  レナ姫を頂戴いたします

      ~マスカレード~


「――!? じゃと!?」

 女王は予告文を驚嘆とともに読み上げ、動揺した様子でなにやら呟く。

「ふ、ふんっ。このような文をよこすなど、なにかの悪戯のつもりかの……! 善からぬ輩じゃ……」

 その様子は自分に言い聞かせる如くで、虚勢を張っているのは明らかだった。

「女王様」

 カードを睨みつける女王に、この国の大臣が口をはさんだ。

「お話はお伺い致しました。念のため、警備の強化をされるのが良いかと……。今日の式典はいかがなさいますか?」

 その声は女王には半分届いてないようで、冷静さを失っているようすが伺える。

「中止することは許さぬ……! 断じて! 今日の式典は必ず予定通りにり行うのじゃ!」

 女王によって握りしめられ、カードは醜く歪む。

「ダニエル・アンダーソン!」

「はっ!」

 其処に跪いていた騎士は短く返事をした。

「姫の護衛を、貴様に任せる!」

(姫にはこやつ一人つけておけば、十分……なはずじゃ)

 いかにも律儀そうな青年の騎士は、歯切れのよい返事で引き受けた。

「はっ!」

 姫を守る、という、名誉ある仕事を命ぜられたのだ、と使命感に燃えているにちがいない。

「この、アンダーソン。姫様は私めが必ずお守り致します! この身に変えてでも!」





 女王様の命を受けてから、俺はすぐに姫様の部屋に向かった。

「……姫様。いらっしゃいますか? アンダーソンです。女王様より、姫様の護衛を命ぜられました」

「…………」

 物音がするのでいらっしゃるようだが、姫君の返事はない。

「姫様を誘拐しようという、賊からの予告状が届いておりまして」

(国一番美しいレナ姫を私から奪おうとは、なんて不届きな輩だ……)※お前のものではない

「……そう。」

 扉の向こう側から聞くことが出来たのは、淡々としたお声。

「お支度の最中でなければ、姫様の一番お傍にいさせて頂きたいのですが」

「…………」

 しばらく姫様の返事は得られないと肝に銘じておこう。しかし、気のせいだろうか。元気のないご様子が取って感じられる。何か自分にできることはないだろうか。

「姫様。お節介かもしれませんが、ご不安を抱えていらっしゃいますか?」

 ドアの隙間の傍らに跪いたまま様子をうかがう。この場所でなら、ドアが開いたとしても頭をぶつける様なヘマはしないだろう。

「ご心配には及びません。この、ダニエル・アンダーソン。命をかけて、姫様をお守り致します!」

 自分にできるのは、この気持ちを伝える事のみ。

 特にご返事を期待していたわけではなかったが、

「ぷっ」

――なんと、姫様はお笑いになった。

「ど、どうかされましたか?」

 姫の笑顔は、騎士の(俺の)勲章。これは怪我の功名といったところだろうか。姫の笑顔のためなら、何を笑われようが気分は悪くない。

「……だって、あなたの話し方があんまり必死だったから……ついね」

 姫様の笑みとともに、開いた扉のすき間から光が溢れてきた。

 向こう側から、侍女が扉を押し開ける。

「笑ってしまってごめんなさい」

 深い、土色の瞳で真っ直ぐ、姫様はこちらを見つめていた。

 その姿にはいつも、つい見とれてしまう。

 透明感のあるなめらかな肌。栗色の髪はこれ以上伸ばせないという程に長く、それでいて艶やかだ。

「でも、ありがとう」

 姫様はきらびやかな絹色のドレスから、華奢な腕をこちらに伸べられる。

 その肘から細い指先までは、上品に布のグローブに包まれており、貴賓を感じさせられるものだ。いつもながら、相変わらず見目麗しい。

「勿体ないお言葉にございます」

 頬に添えられた小さな手を取り、軽く口づける。

「麗しの姫君の微笑みを頂けたというのならば、このアンダーソン。身に余る光栄にございます!」

 姫様はまた、ふふっ、とお笑いになる。

「?」

 よくはわからないが、元気なご様子なので安心だ。

「姫様」

 姫の後ろから声がする。終始扉を押さえていた侍女が、腕の痺れを訴えようとでもしているのだろうか。

「なあに? キャスリン」

 そのお返事される様子は、姫様をとても無邪気な印象に思わせた。

「髪を結わせて頂きたいのですが、よろしいですか?」

 姫様よりも小柄なその侍女の名は、キャスリン・ワトソン。

 姫様に申し出た後、その深緑色の瞳は、冷ややかにこちらを見上げる。

「あなたは、扉の外を守っているのがお似合いね?」

 幼い印象があるものだから、その小さな口が放つ言葉は地味にエグい。だが、俺も男だ。このまま引き下がるわけには行かない。

 ……が。『相手は子供』と自分に言い聞かせ、ぐっと、紳士的にこらえる。

「では、姫様。私めは扉の外で待機しております。外出の際は、必ず私めをお頼りください。“女王様の命でございます”ので」

(どうだ、ワトソンめ。これなら口出しはできまい)


 姫は私めに向かって「ごめんね」といった風なお茶目な表情をなさる。そして軽くウインクを下さった。

 そうしたのちに、扉は重々しく閉まっていく。

 しかしその刹那に姫様は、切なげというか、何とも妙な表情をなさるのだった。

「?」

 そして私めは、姫様の唇の小さな動きに目を凝らす。

「では、また――」

――小さな唇の動きから読み取ったのは、“またあとで”という言葉。

 扉が閉まった後も、姫様の表情は頭から離れなかった。明るい表情が一瞬にして曇ったのが余計に気になる。

『では、またあとで』――どのような想いであのように言われたのだろう。姫様は後で私に何か、相談事でもあるのだろうか。

 この、重々しい気持ちはなんだ。なにが、彼女をあんな表情にさせるのだ。

 盗賊団に狙われているということは、キャスリン嬢から既にお聞きになっていると思うが……。きっと、それとはまた別の事なのだろう。

 姫様は一体、後で何をなさるんだろう?

 考えすぎかもしれないが、美しいお方の、あの表情は反則だ。おかげで、姫様の事で頭がいっぱいになってしまった。そこに色々と、少々の期待をしてしまうのは、不謹慎なのかもしれないが。





「姫様。このように結わせて頂きました」

 ドレッサーに向かったまま、背後から少女の声を聞いた。

「お気に召して頂けたら嬉しいです」

 私の髪はとても長く、よく伸びている。なのでとても自分では結ぶことが出来ない。しかし私より小柄なこの女の子は、その髪を見事に編み上げてくれた。

 いつも黒い服に、控えめなフリルのエプロンを腰に身に付けている。幼げな容姿に反して、常に冷静な侍女のキャスリン。

「ありがとうキャスリン」

 背もたれのない丸椅子に腰かけたまま、キャスリンの方を振り向く。座ったままなので、軽く上目遣いになりながら彼女の方を見つめる。

 視力が低いからか眼鏡をかけているキャスリン。その奥の、深緑色の丸っこい瞳は綺麗で、とても不思議。乳白色の肌に浮かぶそばかすも、素朴で可愛いと。肩につくかつかないか程の長さの髪は、身軽そうでうらやましい。

「いいえ。姫様の髪を結えるなんて、ワトソン家末代までの光栄です」

 幼い雰囲気の、そんな彼女が言う言葉は少し大袈裟に感じる。

 そう思うと、先程のダニエルに次いで、またしても吹き出してしまいそうになった。

「姫様?」

 不思議そうな顔でこちらを伺う。

「ううん、なんでもないわ」

 本人は真面目に言っているのだから、笑うなんて悪いことしたかな。

 それにしてもこの城の者たちは。皆、真面目で従順で、なんてひたむきなんだろう。

(それに比べてお母様ときたら……いや、私も同じかもしれない)


 父が亡くなってからだろうか、何かが変わってしまった。

(厳しかったけれど心のうちは寛大で、優しかったお父様……)

 そう思うと心がつい、暗くなってしまいがちになる。でも、部屋に閉じこもっていたら、余計にそうなってしまいそう。

「キャスリン。しばらく部屋を空けます。あなたは自分の事をお願いね。付き添いはダニエルに任せるわ」

「わかりました。では、くれぐれもお気をつけて……」

 そしてキャスリンを残し、部屋を後にする。


「あまり無茶をなさらないように……レナ姫様」



                              -第九幕へ-


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