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目覚め

 人生の1/3は睡眠であると謳っている広告も耳にするが、誠に睡眠とは不可思議なものである。私は睡眠とは死に最も近い行為ではないかと思っている。一旦床に就いてしまえば寝息や寝返りはうてど、そこに意識はない。

森羅万象を運動方程式で記述しようとしたニュートン力学はミクロの世界では破綻しているという。つまり、この世界は微分不可能であり不連続であるということだ。

そして、人間も生物であるからして、意識の連続性を有しない。睡眠の呪縛がそれを妨害する。今日も人々は眠る、自らの温もりに包まれながら……


§目覚め§

「二次元に引きこもりたい……」

そんな新しい朝、希望の朝にふさわしくない呟きとともに完徹ゲーマー織原千春は青空を仰いだ。時計の針は6時2分を示している。いつもならばカーテン越に差し込む朝日を忌々しく感じながら、布団を被っているころである。しかし、今日は母からラジオ体操の監督代理の命を賜っている。なんでも、仕事の期日が迫っていて缶詰めなのだそうだ。

「いつになっても人は何かに追われてるんだねぇ」

そう悟った風な事を言ってみる。そうこうしてる間に長針は5を指そうとしている。時間に追われているのは確かなようだ。

 物思いも早々にラジオ体操に向かうべく身支度を整え、玄関へ。するとキッチンの方から愚弟が出現した。織原千春の弟こと織原千秋、褐色の野球小僧である。ユニフォーム姿に痛んだエナメルのボストンバッグを担いでいるところを見ると、これから朝練なのだろう。

「お前さ、野球で泥まみれになったままで家にあがるなよな。廊下が砂まみれになるんだよ」

これは会話のテンプレみたいなもので、中学に上がって口数が少なくなった弟専用の会話導入剤だ。勿論、実際に風呂上がりに砂を踏んずけた経験も多々あり堪忍袋の緒が切れかけているのも事実なのだが。

「……」

どうやら今日も今日とて無口キャラを気取るつもりらしい。

「私、ラジオ体操行ってくるから戸締まりちゃんとしとけよ」

そう言い残して玄関を出ようとすると、愚弟が道を阻んできた。ボストンバッグで満員電車内でのリュックサック宜しく空間を圧迫している。なるほど、面倒な戸締まりは姉に押し付け、早々に朝練に行ってしまおうというこころずもりのようだ。

「おい、千秋、お姉ちゃんは6時半までに学校に行かないといけないんだ。どいてくれ」


「……」

どうやら通せんぼしながら靴を履くのに手こずっているらしい。立ち前屈のような姿勢で靴を履こうとしているので頭に血がのぼり、顔が真っ赤だ。無理やり突破してもよいが、朝っぱらから姉弟でおしくらまんじゅうat玄関というのも滑稽なので、私はとりあえず腰を下ろした。

「戸締まりは私がしてやるから、少し落ち着けよ。

なっ?」

実際問題、私の仕事はラジオ体操の後に子ども達のラジオ体操カードにスタンプを押すだけの簡単なお仕事なので、多少遅れても融通は利くはずだ。他のお母さん連中に愚痴ぐらいは言われるかもしれないが。しかし、なおも弟の顔は赤いままだ。おそらくは私の今の態度が罠ではないかと疑っているのだ。気を許した瞬間に出し抜かれるのではないのかと。心が荒んでる。もしかして廊下の砂は我が愛すべき愚弟のからからに干上がってしまった心の欠片ではないかしらん。などと馬鹿なことを徒然なるままに考えていると

「いっ、行ってきます!」

と弟の快活な声が聞こえてきた。どうやら彼の目論見は成就したらしい。弟の出て行ったあとには玄関の扉がキィーという音をたてつつスローモーションで閉まっていく。その余韻がどこか悲しげで、暫くの間見つめていたのだが、ずっとそうもしてられない。手早く戸締まりを終え、私も家をでたのだった。

 甘くみていた。家を出たのが6時23分。小学校時代の私はめざましテレビの今日のわんこを見てから登校していたはずで、学校の前にある花屋の店内の壁掛け時計が外から見えることを密かに知っていた私は、一緒に登校していた友人に

「今何時でしょう?」

と嬉々として尋ね、答え合わせのために学校に駆けていった思い出がある。今思えばなかなかに痛々しい。確か8時10分ぐらいが正解だったはずだ。幼少期の私でさえ、このタイムなのだから華の女子高生である私にかかればと侮っていた。そこにいたのは女子高生は女子高生でも、帰宅部廃人ゲーマーだった。本当ならば今頃は学校でアンニュイに寝ぼけ眼をこすっていたはずだった。しかし、当の私は心臓破りの坂を蝉の応援を背に絶賛登頂中だ。そして学校に着いた暁にはもれなく他のお母様方の小言がついてきます

「あぁ~暑い……ほんとにハートブレイクしそう。ま、実際したことなんてないんだけどね」

と自虐風弱音を吐いたところで学校の正門前に到着した。この学校は平地ではなく、坂に立地しているのである。

 どうやら体操はラジオ体操第二らしい。例の腕と膝を曲げ伸ばす、うら若き乙女がするには慎みが足りないのじゃなくて?と思われる体操が行われていた。やはり途中からは入りづらい。学校然り、塾然り、欠席よりも遅刻の方がハードルは高いのではなかろうか。しかし、今逃げれば明日はもっと大きな勇気が必要になるぞと自戒して、お母様方のいる所へ凸したのだった。

「おはようございます。山根さんの代理で来た織原です。遅れて申し訳ありません」

謝辞を述べ、深々と頭を下げる。前にでて、体操の見本を見せている人は少しこちらを気にしただけだったが、もう一人のピンクのカーディガンを着た恰幅のよい柔和な印象を受けるおば様が応対してくれた。

「あら、おはよう。山根さんは来れないから代わりを寄越すとは言っていたけど、あなた高校生?」

私は事情を説明する。

「はい、浜高の二年生です。山根さんと母はジム友で、母が代理を引き受けて私が来ました」


「そう。あっ、そろそろ体操が終わるわね。織原さん、ここにあるスタンプを一人につき一個押してあげてちょうだい。あと、ずるをして一度に何度も押す子がいないかチェックして」

体操が終わると子ども達がワラワラとこちらに向かってきた。夏休みだけあって色の黒い子が多い。仕事の本分はスタンプ押しよりも見張りなのだろうが、流石にこの人数だときつい。しかし私もかつてはこのワラワラの中のゲリラ戦士だったのだから時は繰り返す、仕方のないことである。

 そうこうしている内に仕事は終わっていた。体操の見本を見せていたおばさんがスタンプとラジオを片付けている。さて、挨拶を済ませてアイスでも買って帰るかと思っていた矢先、ピンクのおば様に話しかけられた。

「今日はありがとう。おかげで助かったわ」

案ずるより産むが易し、遅刻のことを追求されなくて済みそうだ。

「いえ、こちらこそ遅刻してしまってすみません。では私はこれで……」

と私が早々に立ち去ろうとすると

「ちょっと待って!!」

あ、やばいお説教の雰囲気だ……と不穏な空気を察知すると、案の定

「もう高校生なんだから私達がとやかくいうことでもないだろうけど、その服装は考えたほうがいいと思うわ」


「ふぇっ?」

完全に盲点だった。私にとっての普通が他人のカモンセンスだとは限らないのだ。私はキャミソールに七分丈のエスニック調のパンツといういでたちだ。確かにキャミソールは一見肌着に見えなくもない。それに女の敵、紫外線対策はバッチリなので日焼け止め独特のプールを連想させる匂いもするのだろう。廃人ゲーマーのくせにと思われるかもしれないが、別に女を棄てているわけではない。

「す、すいません……」

こういう時は平身低頭が一番である。

「いえね、最近の若い子の間ではそういうのが流行ってるのだろうし別に責めてるわけじゃないのよ。ただね、最近噂でね、ほら、でるっていうじゃない?」

でる?お化けでもでるのか?どうにもこのピンクBBAの話は要領を得ない。

「ほら、痴漢や空き巣よ。なんでも、夜な夜な全裸の男が奇声をあげながら走り回ったりしてるそうよ。だからあなたにも注意しておこうと思って」

なるほど、春は過ぎたというのに未だに脳内お花畑の野郎がいると。でもおば様心配には及びませんことよ。私オールナイトでゲームを嗜んでおりますので。……さすがにそうは言えない。素直にご忠告に感謝しておこう。

「ありがとうございます。気をつけます。」

立ち去ろうとする

「ちょっと、あなたお住まいはどこ?」

ピンクが思い出したように訊いてきた

「小森団地です」

振り返って答える

「そう、気をつけてね。そこの駐車場にも出たことあるみたいだから」

 はい、そう返事してわたしは学校を出た。遠目にみると先ほどまで一緒にいたおばさん2人が話しこんでいた。なるほど、私に注意するというよりかは誰かと話したかったというのが本音か。私はそういうのをあまり好まない。その趣向の起源は忘れてしまったけれど。オンラインゲームもやらない。でも弟は別。

「しかし空き巣とは穏やかじゃないな~。私のお宝が盗まれたらどうするんだよぉ~」

そんなことを杞憂しながら私は家路についた。




処女作です。しかしいまだ童帝です。

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