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異国の美姫と吸血鬼 19

 

 北の法皇、というのはこの時代において神に最も近いと言われている、キリスト教の第一人者のことである。

 

 

 法皇はフランク地方からずっと上、大陸の地形が分裂し始めている場所に身を構えている。東のローマ、海を越えたイングランド、南のフランク、大陸全ての者を恐れさせる絶対的な権力を持ち、キリスト教を“正しく”全世界に広げるため、日々その聖なる腕を振るっているという。

 

 人々の心の拠り所である教会、宗教であるが、北の法皇が純粋に神の教えを説こうと努力していたのは彼が若い頃までだった。信仰が広まり、御身を慕うものが増え、貢物によって富が増えてゆくにつれ法皇の心は悪に染まり、今では彼は神の名を語ってその私利私欲を満たそうとするだけの罪深い権力者と成り果ててしまっている。神を信仰する多くの人間は彼に対していつまでも信頼を寄せるわけにはいかなかったが、逆らえばこの世からの追放を意味する「破門」を言い渡されることがわかっていたため、誰も彼を止められなかった。

 

 法皇のために多くの罪のない人々が殺された。異端者は火あぶりにかけられ、ごくごく普通の若い女性が魔女と称され八つ裂きの刑に処された。そういった哀れな人々の家族や、友人達は、あるいは血の涙を流し、あるいは発狂し、いつのまにか人々の目の前から消えた。彼らと同じ地に住み着いていた人々は、彼らが憎悪と悲しみのあまり悪魔に連れて行かれたのだと噂し合った。しかし実際は違う。

 

 同じ心は求め合い、同じ傷は同調し合う。

 

 彼らは不思議な力に導かれるようにして集いあい、いつしか強力な縁によって団結し合うようになっていたのだ。そうしてできあがった街の中に、やがて剣を振るうものが現われ、槍を振るうものが現われ、彼らは二度と己の大事なひとを失うものかと稽古を重ねる。想いは彼らを成長させて、心優しく、強くした。

 

 フランク地方の南に存在するひとつの自治都市が、その例をもっとも顕著に表わしている街だ。

 

 それがトリアー。

 

 かつて自らのだいじな者を失った人間が作った、心優しい騎士団によって守られた街。

 

 *** 

 

「ジークフリート様。お手紙です」

「ああ、悪いな。誰からだ?」

「ヴォルフ様です。伝書鳩による書簡でした」

 

 自室にて政務をこなしているところだったジークフリートは、ノックと共に入ってきたリンツから一通の手紙を受け取った。丸められた羊皮紙に施された封ろうには確かに親友のものからとわかるWLの文字。待っていたぜ、と呟いて、紙を広げた。気をきかせて退室しようとしたリンツをそのまま留まらせ、「お前も一緒に考えてくれ」と巻き込む。部下は黙って従った。

 

 騎士団が動くべき時が近づいていると、誰もが悟っていたのだった。

 

 

 

 

 ジークフリート

 

 

 長い間留守にしていてすまないな。早々に戻りたいのは山々なのだが、あいにく人質がそう簡単に抜け出せるわけがない。もうしばらくこの街に留まって様子を見るよ。そちらの様子はどうだ?もう病がその姿を消し、街全体に活気が戻っていることを願っている。俺は元気だ。病は治ったし、手厚い歓迎を受けている。まったき無事なので、その点は安心してくれていい。魔女だの吸血鬼だのの噂は嘘っぱちだし、ザックス領主もまあ、多少変わったことはあるがごく普通の人間だ。

 

 そろそろ本題に入ろう。ジーク、実は俺はたった今ザックスと話し合いをしてきたところだ。聞くところによると彼は俺たちと同じく、反法皇派なんだって?で、お前、俺と引き換えにバーデンと同盟を組めと脅されたらしいな。はっきり言う。断れ。

 

 この街と手を組んでトリアーが得るものはひとつもない。むしろお荷物を抱える結果になるだけだ。というのも、バーデンというのはひどく奇妙な街で、

 こちらでザックスを悪く言っているものがいるかと思えば、あちらでは彼こそ真の支配者だ、イングランドのアーサー王にも勝る王者だと唱えるものがいるのだ。街を守るはずの兵隊が酒瓶片手に路に転がっているかと思えば、男装の女性が彼らを蹴り飛ばして叱責しているという始末。民と領主の心が通じ合っていないばかりか、民同士の心もバラバラなのだ。それにトリアーの評判もすこぶる良くない。もしも自分達の街の主が北の法皇を討ち取るためにトリアーと手を組んだなどと知れてはその場で街に火がつけられるかもしれぬ。

 

 ザックスそのものは悪い人間ではないのだが、とにかく街の質が悪い。断った方がトリアーのためだ。北の法皇を討ち取るために必要な仲間は個人単位で集めるべきだ。ザックスをこれからそう説得しようと思っているが、うまくいかない可能性の方が高い。腐っても領主だから、彼は。

 

 まあやばそうだったら逃げ出す。この手紙を読み次第、ザックスに申し出を断る手紙を出し、同時にクロイツをトリアー向けて放ってくれ。できればカイサ、アル、キースの一等騎士から一人、ヨハネスかカールの二等騎士から一人、総勢二名の仲間を送ってくれると尚ありがたい。

 

 いいか、俺の身を案じる必要は全くない。全くない故、俺の了解無しに勝手な決定を下すことは許さぬぞ。ザックスからの申し出は断るように。

 

 この手紙が無事にお前の手へ渡ることを祈っている。

 

 

 

 ヴォルフ

 

 

 


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