異国の美姫と吸血鬼 序
炎が、無数にうごめく触手を持つ、巨大で真っ赤な蜘蛛のように、足元からこの身めがけて這いずり上がってくる。
もうもうと視界を防ぐ煙に喉と眼を侵され、娘はもはや悲鳴をあげることも抵抗することも許されない。
涙がぼろりぼろりとこぼれて頬を伝うが、身をとりまくあまりの熱気にすぐに蒸気へと変化する。
熱い。熱い熱いあつい、苦しい。息ができない。
口を開閉しながら喘ぐ、その自分の息漏れの音と、炎が十字架を燃やすバチバチという音と、それから分厚い煙の壁の向こうからとどろく罵声が世界の全て。
死ね、と。
魔女は死ねと、この街の人々が狂い叫んでいる。
「恐ろしい子だよ……!悪魔と交わったんだね、だからそんな不気味な力を持っているんだ!」
「血を吸ったんだ、その女は、わたしの娘の血を!魔女だ、おそろしい吸血鬼だ、殺してくれ!内臓さえ残らないように引き裂いて燃やし尽くして!」
足指の爪を、炎が舐めるように溶かしていくのを感じる。
もう体は炎に犯されはじめていた。
すさまじい油とわらの爆ぜる匂い。ぼろ布の衣の裾が燃え上がり、一気に全身を炎が抱いた。
(──わたしは死ぬ)
娘は全身の皮膚を焼き貫かれる感覚のなかで、それだけ考えていた。苦しい。呼吸が──呼吸が、できない。空気が足りない。死ぬ。私はこんなところで果てるのだ。
(殺されるのだわ)
「死ね!」
「魔女!」
「神への反逆者め!」
「死ね!」
罵声に反応するように、突風が吹いた。
それにあおられて傾いた炎が、今度は髪にも移る。
誰もが美しいと誉めてくれた漆黒の直ぐな髪。
このような異国の地で。
このような屈辱の元死するなどと。
──なんという愚かしさか……
娘は全身を破壊される屈辱に声なく叫びながら、自分の世界がただ一面の赤に染められていくのを凝視していた。
馬の蹄の音が、なぜか耳の奥で、鳴り響いていた。