表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/41

異国の美姫と吸血鬼 13

 

 

 歳の離れた王に嫁いだ若く美しい姫がいた

 

 

 王の息子はその姫君に恋をした

 王を慕いつつも王子の溌剌とした魅力にひかれる姫もまた

 

 ふたりは互いの気持ちが通じ合っていることも知らず

 ただひたすらに ひたすらに

 思い 案じ 祈る

 

 幸せであれ ただ幸せであれ と

 

 優しく寛大な王の治める国は平和で

 民たちはみな健やかだった

 この平和がいついつまでも続くものと

 誰もが信じて疑わなかった

 

 されど

 流転は訪れる

 

 ある黄金色の秋の日に 街に響いた不穏な音

 

「あれは見張りの塔の騎士が吹く 敵襲を知らす 角笛だ」

 

 敵とは 王の国の豊かさをねたみ 

 我が物にせんと欲している隣国であった

 

 王は鎧を身に纏い 

 

 右手に剣を 左手に盾を掲げ

 自ら騎士たちを先導して勇ましく戦った

 

 そして七日七晩の戦いの末 ついに敵は撤退する

 

 歓声と賞賛の声の飛び交う中 

 街の門を閉め切って 城に戻った王は気づく

 

 

 姫が いない

 

 

「妃はどこだ わたしの妻は」

「敵国の王により 連れ去られました」

「なぜ守らなかった 王子はどこだ」

「申し訳ございません 父上」

 

 怒りくるう父王の元へ 

 体中を血でよごした王子が戻る

 

 王子は言った

 

「この血はお妃の血です」

「お妃さまは敵国の王をご立派にもはねのけられ」

「逃げ出そうとなされました」

「しかしわたしがそこへ駆けつけ」

「お妃さまを自分の馬へ乗せようとした時」

「隣国の王の剣がお妃様の背中を貫いたのです」

「わたしはお妃様を守ることができなかった」

 

 妃の遺骸は見つからなかった

 

 戦は終わり 街が復興したのちも

 王の心が二度と再び元に戻ることはなかった

 酒 怠惰 眠り

 王はもはや かつての王ではなくなっていた

 

 嘆く民たちを見かね

 やがて王子が

 この国の新しい王として即位する

 

 彼はけして 妻を娶ることなく 誰かを愛することも無く

 ただひとり 心の中に住まうかのひとを愛しつづけ

 戦以前よりもすばらしい国へと

 

 

 国を成長させたという……

 

 

 

 

「──イライザ。シェーネはどこだ?」

 

 近頃では政務の合間にこうして妹の所在を確かめることが習慣となりつつある。シェーネ付きの侍女イライザは姫の部屋で姫の衣服を繕いながら、突如として現われたザックスの質問に平然と答えて見せた。

 

「かの騎士のお部屋です。」

「!なぜ止めぬ!」

「……止める理由が見つかりませんし……それに例え止めたとしても、あのような状態の方が素直にものを聞いてくれる筈がございません」

「あのようなとは?」

「目が輝き、頬は朱に染まり、足どりは軽く、話すことはといえばリヒター騎士がこう言った、リヒター騎士の街はこうだ、わたしはリヒター騎士にこんな話をした──というようなものばかりです。わたしは半年前からずっと姫様にお仕えしておりますが、姫様があれほどまでに生き生きと生命力にあふれた姿を見たのははじめてですわ。」

 

 そしてイライザは繕い物から顔をあげると、侍女とは思えぬ大胆な視線でもってザックスをひたと見据え、こう言ったのだった。

 

「ザックス様。お願いでございます。姫様の想いを妨げるような真似はもうおよしください」

「“もう”とはなんだ!わたしはただ案じているだけだ、シェーネの身の上を、二度と再びあの子が恐ろしい目に合わぬようにと、大事に守っているだけだ!」

「お気持ちはようくわかりますわ。わたくしも心の底からそう思っておりますから。けれど、姫様はまだお若い。恋をして、世界を知って、幸せになりたいと願っている、ごく普通の娘なのです。たとえ異国の生まれであろうが、すこし怖いほど頭が良かろうが、そのことに変わりはないじゃあありませんか。かわいそうですわ、これ以上。姫様の自由を奪わないで下さいまし」

「……リヒター騎士はほどなくトリアーへと帰る。若い情熱は強いものだが、同時にすぐ冷めるものでもあるからな、シェーネもその頃には眼が醒めるだろう」

「まあ、そんな言い方」

「イライザ。わたしはリヒター騎士にシェーネをやるつもりだけはないのだ。あの子にはもっとふさわしい未来を、すでに用意している」

 

 そんな、とイライザが驚愕と憤りに息を呑む横を、ザックスは彼らしい大ぶりな歩き方で通り過ぎた。開かれた窓から、泉を挟んで向かい側にある部屋を見下ろす。

 

 時折リュートの音と歌声を響かせながら、妹姫は若い騎士と花咲くような笑顔で会話を楽しんでいるところだった。

 

「……」

 

 あのように無防備な顔をして、と拳を握る。過去自らが経験した苦い記憶が蘇った。

 

 ──お妃様

 

 わたしは守れなかった。

 誰よりも愛していたのに、救って差し上げることができなかった。

 

 ──異国よりこの地に入られ、一回りも年上の父上に嫁ぎ、あなたはさぞかし不安であられただろうに。けれどそんなそぶりは一度も見せなかった。

 いつもいつも笑っていらっしゃった。

 

 そう、今のあの……シェーネのように。

 

「ザックス様。余計なことだとは思いますが、ゾフィー様とシェーネ様は違う人物でいらっしゃいます」

「わかっている。」

「わかっていらっしゃるならもう本当に、放っておいてあげて下さいまし。わたくし、正直反法皇派のトリアーに対して良い思いは抱いておりませんでしたけれど……あの騎士は例外です。姫様の笑顔を見てそのことぐらい、おわかりになりませんか?」

「…………」

 

 イライザの言っていることに間違いなどひとつもなかった。ザックスもわかっていた。たとえどれほど強く自分が牽制しようとも、あの若い二人が恋に落ちるのを止めることなどできないであろうと。シェーネのように若く賢い娘が、外に出たがるのを押さえつけることはできないであろうと。

 

 わかってはいるのだが、それでもどうしても恐ろしいのだ。

 

「……わたしはシェーネの手足を見るたびに……このバーデンの民たちを皆殺しにしたい衝動にかられるのだ。イライザ。」

「……ええ」

「あの子は今でも炎が怖い。見るだけで怯える。美しい髪を二度と伸ばそうとはせず、もちろん焼かれた素肌を露にすることもしない」

「ええ。」

「姿だけで魔女だと呼ばれ、火あぶりに処されてしまったあの子をどうして、この腕から放し、放っておくことなどできるだろう?」

 

 ──今でも、ありありと思い出せる。

 

 半年前の、ちょうどバーデンの領主へと成った次の日、父の城から帰ってきた自分の目に映った恐ろしい光景。

 街じゅうにもうもうと煙がたちこめ、広場に蟻のようにたかった群集が汚い言葉を狂ったように叫び、その中心で、ひとりの娘が十字架にかけられて燃やされていた。

 

 恐怖に吼えながら馬を駆り、ザックスがすんでの所で救い出したその魔女たる娘こそ。

 

 

 

 シェーネ、だったのだ。

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ