~ 弐ノ刻 侵蝕 ~
週末の土曜日までは、瞬く間に時間が過ぎた。今週は間に祝日が挟まったことも相俟って、いつも以上に学校に行っていた気がしない。その上、祝日明けの金曜日は終業式があるだけだったので、比較的のんびりと過ごすことができた。
駅前の待ち合わせ場所で、照瑠は独り空を見上げながら亜衣のことを待っていた。
今日は亜衣の言っていた、T-Driveのコンサートの日である。開会の時間にはまだ早かったが、それでも照瑠は不安だった。
コンサート会場は火乃澤町から少し離れた県庁所在地の市内にある。ここから市内までは、特急を使っておよそ一時間と少し。チケットを持っているとはいえ、会場には朝早くから並んでおかねば良い場所を先に取られてしまうだけに、どうしても気持ちばかり焦っていた。
(はぁ……。それにしても、結局コンサートに誘える人なんて見つからなかったな。亜衣は大丈夫だって言っていたけど……いったい、誰を連れて来ることやら……)
亜衣の頼みを聞く形で、照瑠も今日のコンサートに一緒に行けるような友人を探してはいた。が、やはりクリスマスの当日は、誰しも予定が入っているもの。そうそう簡単に誘えるような相手も見つからず、結局は全て亜衣に任せる形になってしまった。
亜衣の自称は、『人脈の亜衣ちゃん』である。その名前から察するに、恐らくは誰かしら当てがあるのだろう。
もっとも、あの亜衣の友人だけに、あまり期待しない方が身のためではある。アイドルのコンサートというからには、きっとファンの一人でも連れて来るつもりなのだろう。眼鏡をかけて丸々と太った、いかにもオタクを絵に描いたような人間が来たらどうしようか。照瑠がふと、そんな想像をしたときだった。
「随分と早いな、九条。お前の方が、先に来ていたか……」
突然、彼女の後ろから声がした。慌てて声の聞こえてきた方へと振り向くと、そこには彼女の良く知る赤い瞳の少年の姿があった。
「け、犬崎君!? ど、どうしてあなたが、こんなところへ……?」
「月曜の放課後に、嶋本のやつに呼ばれてな。今週の昼飯を全部奢るから、代わりにコンサートにつき合えと言われた」
「それで、二つ返事で了解したってわけ? それとも……まさか犬崎君、実はT‐Driveのファンでした、なんてことはないわよね?」
「当然だ。アイドルだかなんだか知らないが、俺はそう言った類の人間が歌っている歌を聞く趣味はない。だが、女から昼飯代を巻き上げるのも気分が悪いからな。仕方なく、義理でつき合ってやることにしただけだ」
「義理って……。それ、コンサートで歌っている人達に失礼よ」
相変わらずの無愛想な表情で淡々と語る紅を前に、照瑠も少しだけ眉を吊り上げて言い返した。チケットが欲しくても手に入らない人だっているというのに、紅のこの態度はさすがに理解できない。
興味がないのであれば最初から行かなければ良いというのに、昼食を奢ると言われただけで簡単に話しに乗ってしまう。それでいて、コンサートへの参加はあくまで義理などと言い放つのだから、紅の考えていることは本当にわからない。
貧乏性で金に意地汚いところがあるかと思えば、妙なところで義理固い。いったい彼の価値基準とは、何に重きを置かれているのだろうか。
(そう言えば……犬崎君って、いつもどんな生活しているんだろう?)
紅の頭の中身について考えていた照瑠は、なんとなくそんなことが気になった。
紅がどこに住んでいて、いつもは何をしているのか、照瑠はまったく教えてもらったことがない。照瑠の知っている紅と言えば、授業中か否かに問わず、常に爆睡している締まりのない姿。後は、恐ろしい力を持った向こう側の世界の住人と戦っているときの、鬼気迫る表情だけである。
まぬけで浮世離れしている普段の姿と、その荒々しい本性を剥き出しにして闇と戦う影の姿。これらもまた、同じ人間の性質とは思えないほどにかけ離れているものだ。行動にしろ価値観にしろ、どうやら紅は極めて裏表の激しい人間のようである。
(まあ、考えていても仕方ないわよね。犬崎君が、いつも何しているかなんて……別に、聞いたって何か得なことがあるわけでもなさそうだし)
目の前で退屈そうに欠伸をしている紅を見て、照瑠は今しがた自分の頭に浮かんできた疑問を振り払った。
紅の普段の生活など、今はどうでも良い話だ。それよりも、言い出しっぺの亜衣が未だ姿を見せていないことが気にかかる。
まさかとは思うが、こんな日に限って寝坊したのではあるまいか。そんな不安を照瑠が抱いた矢先、通りの向こうから駆けて来る小柄な少女の姿が目に入った。
「おーい、照瑠~!!」
「あっ……遅いわよ、亜衣! 自分から呼んでおいて、その張本人が遅刻したら話にならないじゃない!!」
「まあまあ、そう怒らずに。特急電車が来るまでには少し時間があるし、最後の一人だって、ちゃんと声をかけておいたからさ」
照瑠の前に現れた亜衣が、何ら悪びれる様子もなく言ってのける。散々人を巻き込んでおいて、お調子者なのは相変わらずだ。もっとも、そんな亜衣にいつも最後までつき合ってあげている自分もまた、かなり酔狂な人間なのではないかと照瑠は思ったが。
「それで……その、最後の一人って言うのは誰なの? あなた、月曜には誘う相手がいないってぼやいていたじゃない」
「月曜は月曜、今は今だよ。現に、こうしてちゃんと犬崎君に来てもらっているしね」
「食事を餌に釣って、強引に誘っただけでしょう……。どうせ呼ぶなら、ちゃんとしたファンの人を呼んだ方が喜ばれるっていうのに……そんなことじゃ、自慢の人脈が泣くわよ」
「それを言わんでくださいな、照瑠殿。それに、何を隠そう最後の一人は、その人脈を使って呼んだようなものだからね」
多少の皮肉も入った照瑠の突っ込みを、亜衣は自信に満ちた表情で受け流す。殆どの場合は根拠のない虚勢か勘違いのことが多いのだが、それにしては妙に強気だ。
果たして、そんな亜衣の言葉通り、最後の一人が照瑠達の前に姿を現した。緑色のトレンチコートに身を包んだ、照瑠達よりも一回りほど上の年齢の青年である。
「やあ、君たち。久しぶりだね」
「もう、遅いじゃん! 刑事なのに遅刻するなんて……そんなんじゃ、事件の犯人に逃げられちゃうよ!!」
「そう言ってくれるなよ。こちとら、昨日は夜遅くまで残業だったんだから……」
そう言って頭をかいている青年を、亜衣が顔を膨らませて小突いている。傍から見れば小学生が知り合いの大人とじゃれ合っているようにしか思えないだろうが、照瑠は目の前にいる人物の顔を見て、空いた口が塞がらなかった。
「ねえ、亜衣……。これ、いったいどういうこと?」
「どういうことって……この人が、今日のコンサートに行く最後のメンバーだよ。さすがの照瑠も、このサプライズにはびっくりしたでしょ?」
「サプライズって……あなたねえ……」
目の前で亜衣の攻撃を適当に流している青年の顔を改めて見て、照瑠は全身から力が抜けて行くのを感じていた。今、自分の前にいるのは、他でもない本物の警察官なのだから。
工藤健吾。照瑠の街にあるN県警火乃澤署に務める刑事の一人だ。まだ二十代半ばであるにも関わらず、ノンキャリアで巡査部長まで昇進したやり手である。が、その気前の良い性格が災いし、どうにも貧乏くじを引かされることが多い、少し哀れな男でもある。
工藤のことは、照瑠もよく知っていた。今までに自分が巻き込まれた心霊事件に、彼は何らかの形で関わることが多かった。もっとも、どうやら工藤はお化けや幽霊の類が苦手らしく、あまり役に立っているところを見たことはないのだが。
「あの……刑事さん。今日は土曜日ですけど……お仕事、お休みなんですか?」
照瑠が工藤に、少し遠慮がちな口調で尋ねた。大方、亜衣が無理やりに誘ったと思われるため、どうしても相手に対して引け目を感じてしまう。
「一応、僕も今日は非番だよ。もっとも、折角のクリスマスだっていうのに、一緒に夜を過ごせるような彼女はいないけどね」
自嘲気味な笑みを交えながら、工藤は照瑠に答える。
「まあ、それでも折角のお誘いだ。T‐Driveのファンってわけじゃないけど、たまには高校生の頃に戻って、一緒に楽しむのも悪くないと思ったしね」
「刑事さん……。その台詞、なんだか少し親父臭いですよ……」
「おいおい、手厳しいなぁ。こう見えても、僕はまだ二十代なんだけど」
自分は照瑠達よりも一回り上の年齢だが、親父と呼ばれるにはまだ早い。もっとも、現役の高校生からすれば、二十代も三十代も、さして変わりのないことなのかもしれない。そんな現実に、工藤も思わず苦笑した。
「それじゃあ、そろそろ電車も来る頃だし、行くとしますか。早く並ばないと、良い場所を取られちゃうからね」
メンバーが全員集まったことを確認し、亜衣が独り張り切って指揮を執り始める。なんだか完全に彼女のペースに巻き込まれている気がしたが、照瑠は何も言わずに黙っていた。
神社の巫女に都市伝説マニアの少女。現役警察官に、果ては現代を生きる外法使い。まったくもって無茶苦茶な組み合わせの珍道中だったが、そんな妙な人間関係にも、照瑠はどこか慣れてきている自分がいることを感じていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
N県内にあるコンサート会場の控室で、長谷川雪乃は自分の出番を待っていた。同室には夏樹や咲花の姿もあり、それぞれが舞台の最終確認に余念がない。
十二月に入ってから行ってきた地方公演コンサートも、今日で一応の終わりとなる。その後、雪乃は自分の地元に二日ほど帰省し、再び東京へと戻る予定になっていた。
雪乃の地元は県内にある小さな町だ。アイドル活動を続けるために上京してからというものの、殆ど実家には帰っていない。だが、年の暮は少しでも家族と過ごした方が良いというプロデューサー側の配慮もあって、雪乃は数日の間だけ家に帰ることを許されていた。
地方公演の最後の場所がN県なのも、そこに雪乃の実家があるからである。何を隠そう、今回の公演で各県を周る順番を決めたのは、他でもないプロデューサーの高槻だ。交渉はかなり難航したらしいが、それでも高槻は、最後の公演を行う場所に関してだけは譲ることはしなかったという。
自分は様々な人に支えられている。最終公演を控えた雪乃は、改めてそれを感じていた。
常に厳しく、しかし責任感のある行動を取り続けるリーダーの夏樹。
明るいムードメーカーで、常に笑顔を絶やすことをしない咲花。
そして、担当しているアイドル達のことを第一に考えて行動し続ける高槻プロデューサー。
自分はなんと多くの人に支えられて、ここまで来ることができたのだろうと思う。中学を卒業すると同時に、メンバーの中では最も遅く芸能界に足を踏み入れた自分。その自分が、一年も経たない内に、ここまで大きな舞台に立てるようになった。それが現実だとわかる度に、身体に言い様のない震えが走る。
今までにもドームや武道館でのライブを経験してきたが、それでもコンサートの前になると、どうしても緊張してしまう自分がいた。ともすれば物事を後ろ向きに考えがちなのは悪い癖だと思っていたが、そんな彼女の考えは、早速夏樹に見抜かれた。
「ちょっと、雪乃! あなた、さっきから随分と固まっているみたいだけど……本番、大丈夫なんでしょうね?」
「えっ……。あ、うん。私は大丈夫だよ、夏樹ちゃん」
「ならいいけど。それにしても……地方公演の最後を東北で締め括るっていうのも、なんだか不思議な感じよね。普通だったら東京で、それこそ武道館やドームでフィナーレを迎えるようなものなのに」
「まあまあ。たまには、こういうのもいいじゃないですか、夏樹さん。私達の歌う曲だって、冬の歌なんですし。雪の多い東北で歌うのも、臨場感が出ると思いますよ」
明らかに不満そうな顔をしている夏樹に、咲花がフォローを入れた。柄にもなく臨場感などという難しい言葉を使えたことに、彼女の方は妙に満足げな表情である。
「ちょっと、何得意気になってるの? 言っておくけど……これが、地方公演最後の舞台なのは変わりないんだからね。咲花は少し、雪乃の緊張感を分けてもらった方がいいんじゃないかしら?」
「そうですねぇ! きっと、その方がバランスも取れて、コンサートも上手く行くと思いますぅ!!」
夏樹のきつい一言にも、咲花は何ら変わらない表情で笑って答えた。どうやら夏樹の心配していることなど頭にないらしく、いつも通り楽観的に考えているだけのようである。
「はぁ……。まあ、ガチガチに緊張しているよりは、普段と同じ気持ちで歌った方が上手く行くこともあるか……」
何を言われても応えない。そんな咲花に向かって溜息をつくと、夏樹は半ば諦めたような口調でそう言った。
時刻は既に、コンサート開幕まで三十分を切っている。そろそろ持ち場に向かわなければ、現場で待機しているスタッフにも迷惑をかけることになるだろう。
互いに簡単な打ち合わせを終え、三人は控室の外に出た。会場へ続く長い廊下を抜けると、そのまま舞台の裏に出る。そこでは既に音響や照明の人間が準備を進めており、誰も彼もが忙しなく動いているのが見て取れた。
「おや、こんなところにいたのかい、君達」
舞台裏に入ってきた雪乃達の姿を見つけたのだろう。プロデューサーの高槻が、彼女達の前に姿を見せた。
「あっ、高槻プロデューサー! 鳴海咲花他、T‐Driveの三名、ただ今到着しましたぁ!!」
「ははは……。咲花はいつも元気だな。その調子なら、今日のステージも問題なさそうだな」
「はい! 咲花はいつも、元気百倍絶好調ですぅ!!」
「ちょっと、咲花! あなた、何勝手に独りで仕切ってるのよ! T‐Driveのリーダーは、この私のはずでしょう!?」
高槻の姿を見つけるなりはしゃぎ出した咲花を、夏樹がやや強めの口調でたしなめた。
未だ中学生の咲花にとって、プロデューサーの高槻は年の離れた兄のような存在だ。聞くところによれば、咲花はこれでも実家では長女ということらしい。そのため、年上の人間に甘えるという機会に乏しく、高槻の前ではいつもこんな調子になる。
担当プロデューサーと仲良くすることが、別に悪いわけではない。だが、それでも今は本番前だ。適度な緊張感を持って仕事に挑んでもらわねば、チームの連携を乱しかねない。
こちらの言葉をまるで聞いていない様子の咲花に、夏樹は再び注意を促そうとした。ところが、そんな夏樹を高槻は片手で制し、三人に一度集まるよう言葉をかけた。
「三人とも、とりあえずは落ち着こうか。実は、今日の舞台を裏で応援しているのは、僕だけじゃないんだよ」
「えっ!? でも……ステージの裏には、ファンの人は入れませんよね?」
「普通はね。まあ、君達も合えばわかると思うから」
そう言って、高槻は雪乃達をステージ裏の隅の方へと連れて行く。そこには数人の少女たちが集まっており、その中央にはスーツに身を包んだ恰幅の良い男が立っていた。
「あっ、社長だ!!」
男の顔を見て、咲花が真っ先に叫んだ。夏樹と雪乃の二人も、その声に目の前にいる男が誰であるか直ぐに理解した。
「やあ、君達。こんな寒い日にまで、地方公演ご苦労さまだね」
男が少女達を掻き分けるようにして前へ出た。頭には白髪が目立つものの、いかにも社長という貫録に包まれている。椅子に座って葉巻を咥えれば、それなりに様になりそうな男である。
鴨上裕司。それが、男の名前だった。雪乃達の所属する芸能事務所、鴨上プロダクションの社長であり、かつては自分も芸能人のプロデュースに携わっていたことがあるらしい。
業界内において、鴨上プロダクションの名前は決して大きいものではなかった。所属しているアイドル達も、雪乃達を除いて特別名の売れている者はいない。その上、抱えているアイドル達の大半が未だ候補生ということも相俟って、まともにデビューしている人間の方が少ないのだ。
正直なところ、鴨上プロダクションの売り上げは、雪乃達によって支えられていると言っても過言ではなかった。T‐Driveの人気がうなぎ昇りのため、なんとか社員をリストラせずに済んではいるものの、実際の経営は自転車操業からようやく抜け出した程度のところである。
現在のT‐Driveは、正に会社の広告塔的存在。そんな彼女達を応援するために、社長自ら駆けつけた。大方、そんなところだろう。
「社長……。わざわざ激励に来ていただけたのは嬉しいのですが……会社の方は、大丈夫なのですか?」
夏樹が不安そうに鴨上を見る。暮の忙しい最中、会社に社長がいないのでは仕事に差し障りが出るのではないか。そう思ったのだ。
「いや、これはすまんね、夏樹君。だが、心配は要らないよ。会社の方は残る社員たちでも十分に仕事を回せるし、私も会社をここまで大きくしてくれた君たちに、直々にお礼が言いたくてね。それに、君達の活躍を生で見る事ができれば、後輩達にも良い刺激になるだろうと思ってね。今日は、我が社の抱える候補生達も一緒に連れて来たというわけだよ」
「そうだったんですか……。それなら、今日のコンサートは絶対に成功させなければいけませんね」
「おお、気合が入っているね、夏樹君。その調子なら、色々と期待させてもらっても良さそうだね」
夏樹の心配を他所に、鴨上は至って落ち着いた様子で話していた。そんな社長の姿を見て、夏樹も気分を新たに今日のステージを成功させる決意をする。
「そうそう、ところで……」
夏樹と一通りの話を終えた後、鴨上は次に雪乃へと顔を向けた。
「雪乃君。最近、君の人気はファンたちの間でも評判だそうじゃないか。君のような子を抱えることができて、私も鼻が高いよ」
「えっ……! わ、私が、ですか……!?」
「他に誰がいると言うのだね? 雪乃君は気づいていないだけかもしれないが、君が我が社に貢献してくれた事柄は、数え上げればきりがない程なのだよ。今日、私と一緒に来て貰った候補生達の中にも、君に憧れてこの業界に入った者がいるくらいなのだからね」
「そ、そんな……。大袈裟ですよ、社長……」
突然、自分のことを持ち上げられて、雪乃はしばし困惑した表情で言葉を濁した。
T‐Driveが結成される前から、自分はこの業界の中でも目立たない存在だった。曲もバラードが中心だったし、歌以外には特に取り得があるわけでもない。現に、ソロでデビューさせてもらった際には、まったくと言っていいほど売れなかった。
今のT‐Driveの人気は、いったい誰が作っているのか。リーダーの夏樹がここぞという時にチームをまとめているのもあるだろうし、咲花の底抜けに明るい性格がウケているのも大きいだろう。また、マネージャー兼プロデューサーである高槻が、縁の下の力持ちになって彼女達を支えているのもある。
どちらにせよ、今のT‐Driveの人気は雪乃自身の力で得たものではない。それをわかっているだけに、雪乃としては社長に誉められたことを嬉しく思う反面、どこか納得のいかない部分もあった。
自分はいったい、このユニットにどれだけ貢献できているのか。夏樹や咲花に、チームメイトとして認められる程の働きができているだろうか。もしくは、高槻の仕事に対して期待以上の成果を上げることができているだろうか。今までの自分の仕事ぶりを考えると、とてもそうは思えない。
(はぁ……。やっぱり私は、誰かが側にいないと駄目なのかなぁ……)
今までの自分を振り返ったことで、雪乃の後ろ向きな一面が顔を出し始めてしまった。本番前に良くないとは思いつつも、一度考え出してしまうと止まらない。
そんな雪乃の様子をいち早く察してか、夏樹が彼女の手を引いて人の群れから離れた。もっとも、その行動は雪乃を心配しているというよりも、むしろ他に意図があってのことだったが。
「ねえ、ちょっと……」
候補生達に囲まれている鴨上と高槻を指さして、夏樹はそっと雪乃に耳打ちした。咲花もそれに加わり、三人は顔を寄せ合うような形で話し始めた。
「あの、社長の隣にいる子……。あれ、星梨香じゃない?」
「星梨香って……もしかして、麻宮さん!?」
「ええ、そうよ。昔は髪を染めていたけど、今は真っ黒に戻しているみたいね。私も最初は気づかなかったけど……間違いないわ」
夏樹が小さく、しかし確信めいた口調で雪乃に言った。その言葉に、雪乃も改めて社長の隣にいる少女のことを見る。髪型と髪の色こそ違ったが、そこにいたのは、確かに夏樹の言っている少女、麻宮星梨香に違いなかった。
麻宮星梨香。以前、雪乃や夏樹がソロで活動していた際、一足先に二人組のユニットを組んでデビューしていたアイドルである。年齢は雪乃達よりも一つ上で、事務所にやって来た時期も含め、彼女たちの先輩に当たる。
アイドルとしては、星梨香は十分な素養を持った少女だった。モデルのような体型でありながら、時に激しいダンスを交えた曲を平然とした顔で歌って見せる。性格も至ってクールであり、同年代の少女にはない大人の女性の魅力を持ち合わせていた。
しかし、そんな星梨香であったものの、当時の鴨上プロダクションのお約束に漏れず、まったくと言っていいほど売れなかった。ユニットを組んではいたものの、それでも売り上げは夏樹や雪乃のそれに毛が生えた程度。ヒットチャートの百番以内に辛うじてランクインすれば良い方であり、決して人気があったわけではない。
結局、星梨香の組んでいたユニットは、彼女の相方が心身衰弱に陥ったことで解散となった。努力しても一向に報われない自分に嫌気を感じ、心のバランスを崩してしまったと雪乃達は聞いている。そして、今後の活動の目処が立たなくなった星梨香も候補生にまで逆戻りしてしまい、代わりにデビューを果たしたのが、雪乃達のT‐Driveというわけだった。
正直なところ、雪乃は星梨香のことが苦手だった。先輩風を吹かせるようなところはなかったが、それでも常に、どこか周りを見下したような態度を取ることが多いような気がしていた。だが、そう感じていたのは雪乃だけではないらしく、夏樹も咲花も星梨香に対して、あまり良い印象を抱いていないようだった。
「それにしても……なんであの人が、社長と一緒に私達のコンサートを見に来るんですかぁ……。私、あの人だけは苦手なんですよねぇ……」
いつもは明るい咲花でさえ、嫌悪感を露わにして雪乃と夏樹に囁いた。二人はそれに無言で頷くと、再び顔を寄せ合って内緒話を続けてゆく。
「まあ、咲花がそう言うのも無理はないわよね。私もあの子のやり方には、正直言って気に入らないところがあるし……」
「やり方って……。夏樹ちゃん、麻宮さんのことで、何か知っていることがあるの?」
「ええ、少しね。あの子……私達の前に、一時期ユニットを組んでデビューしていたことがあるじゃない。その時のプロデューサーなんだけど……どうやら、未だに彼女と関係を持っているらしいのよね」
「か、関係って……。それって、もしかして……私達の世界ではタブーな、アイドルと担当プロデューサーとの……」
「さあ、そこまでは私も知らないわ。ただ、彼女が今も昔のプロデューサーに指示を貰っているのは本当よ。日々のレッスンから自主トレーニングのメニューまで、ほとんどお世話になりっぱなしって話だもの」
言葉の随所に棘を含ませながら、夏樹がちらちらと星梨香の方を見て言った。影で人の悪口を言うのは雪乃の趣味ではなかったが、今回ばかりは、雪乃も夏樹の言いたいことがわかるような気がしていた。
そもそも、アイドルの候補生というものは、個人的にトレーナーやインストラクターがつくものではない。各自が事務所側から与えられたレッスンを集団でこなし、その上で自主トレーニングを積んで自分を磨いてゆく。そうやって自己研鑚を続けた結果、その実力が認められることがあれば、そこで初めてデビューが決定する。
そんな候補生達の中において、星梨香のやり方は明らかにルール違反であった。かつては本物のアイドルとして活動をしていた経験があるとはいえ、今はあくまで一候補生のはずである。
それにも関わらず、星梨香は自分の以前の担当プロデューサーと関係を持ち続け、果ては様々な特別指導までしてもらっているという始末だ。はっきり言って、これは完全なルール違反。他の候補生達と比べても、明らかにフェアな戦いをしているとは言い難い。
候補生時代の辛い経験は、雪乃とて知らないわけではない。自分もまた無名の存在として、初めはそこからスタートした。運よく自身の歌唱力が認められ、今ではT‐Driveの一員としてトップアイドルの仲間入りを果たしているが、そこまでの道のりは決して楽なものではなかった。
「それにしても……もし、その話が本当だとしたら、麻宮さんは少しずるいかもしれないね。あの人ほどの実力があれば、すぐに候補生から本物のアイドルに返り咲くことだって出来るのに……」
「その辺は、私にもわからないわよ。たぶん、ゼロからの再スタートじゃなくて、一気にトップまで躍り出る一発逆転のチャンスでも狙っているんじゃない?」
雪乃の素朴な疑問に、夏樹が肩をすくめながら答えた。プライドの高い星梨香のことだ。単なる想像にしか過ぎないが、夏樹の言うことは遠からずも当たっていると雪乃は思う。
「あっ……。ほら、噂をすれば影ってやつよ。星梨香の元プロデューサーのお出ましだわ」
舞台裏にある非常口の扉が開かれたのを見て、夏樹はそこを指差した。
扉の向こうから現れたのは、小奇麗なスーツに身を包んだ細身の男だった。高槻とは違い髪も今風に茶色く染め、お洒落な柄物のネクタイをしている。顔立ちも良く、知らない人が見たらホストクラブの店員と勘違いするかもしれない。
「やあ、高槻。君のプロデュースしているT‐Drive、ますます絶好調みたいだね?」
前髪をわざとらしくかき上げながら、男が嫌味な笑いを浮かべて高槻に言った。
「黒部じゃないか! お前……どうしてこんなところに……」
「こいつは御挨拶だな。俺だって、かつてはそこにいる星梨香と、今は引退してしまった愛梨香君をプロデュースしていたんだからね。後学のために、君がプロデュースしているT‐Driveのステージを生で見学させてもらいたいと思っても、何ら不思議はないだろう?」
「そうか……。それだったら、別に問題はないんだがな……」
「おやおや……。なんだか、俺がここに来たらいけないって言いたそうな口ぶりだね。でも、生憎だけど、今日は社長に同行するよう命じられてここまで来たんだ。君がどうこう言ったところで、俺は帰るつもりはないよ」
「好きにしてくれ。こっちだって、別にお前を追い出そうなんて思っちゃいないさ……」
互いに視線を合わせたまま、微動だにしない高槻と黒部。険しい表情を崩さずに相手を睨みつける高槻に対し、あくまで不敵な笑みを浮かべたまま余裕の態度を取り続ける黒部。正に一触即発といった感じであり、舞台裏に何とも嫌な空気が流れ始めた。
「うわぁ……。なんだか、とっても険悪ムードみたいですぅ……」
自分の口元を大袈裟に押さえ、咲花がおずおずと下がりながら言った。今まで高槻の優しい顔しか見たことがなかったため、目の前にいる高槻の顔に浮かんだ表情に少々驚いている。
「まあ、咲花がそう言うのも無理ないわね。高槻さんと、あの黒部っていう人……昔から、どこか折り合いが悪かったらしいから」
「折り合いが悪い? それって……超仲が悪いってことですかぁ、夏樹さん」
「そういうこと。現に今だって、高槻さんは黒部プロデューサーのやり方に疑問を持っているみたいだもの。さっき、雪乃が指摘した、反則じみた星梨香への関わり方なんかを含めてね」
「へえ……。でも、だったら、どうして社長は黒部プロデューサーに注意をしないんですかぁ?」
「それも仕方ないことじゃないかしら。私達が頑張ってはいるけど、それでもうちの事務所、まだまだ小さいでしょ。社員も少ないし、黒部プロデューサーも過去にそれなりの実績を持っている。そうそう簡単に解雇もできないでしょうし、多少のことは黙認しているんじゃない?」
「うぐぐ……。なんだか、とっても納得行かないですぅ……」
咲花が顔の前で拳を握り締めて唸った。まだ中学生の咲花にとっては、大人の事情というものは少々理解し難い部分もある。
「こうなったら……高槻プロデューサーのためにも、私があの黒部プロデューサーと麻宮さんのスキャンダルを暴いてやりますぅ!」
「スキャンダルを暴くって……。それはちょっと、やり過ぎだと思うよ、咲花ちゃん……」
「そんなことありませんよ、雪乃さん! 星梨香さんが黒部プロデューサーを独り占めして、他の候補生達に対してズルをしているんだったら……その不正を暴くのが正義ってやつですぅ!!」
「でも……そんなことして、私達のプロデューサーが喜ぶとは思えないわよ。咲花ちゃんの言いたいこともわかるけど、私達は私達で、プロデューサーの気持ちに応える方法があるんじゃないかな……」
顔を膨らませて憤慨している咲花のことを、雪乃は優しい口調で制した。これにはリーダーの夏樹も頷き、咲花の頭を軽く小突いて忠告する。
「雪乃の言う通りよ、咲花。星梨香が何をしていようと、あの黒部って人がどんな人であろうと、私達には私達のやり方があるでしょう? 変な小細工なんかしないで、正々堂々と自分の実力で勝負する。それが、T‐Driveのやり方よ」
「そ、そうでした……。うぅぅ……。私、つい頭に血が昇って、とんでもないことを……」
「わかればいいのよ、わかれば。それじゃあ、そろそろステージが始まるわ。向こうでスタッフの人達が呼んでるみたいだし、私達も早く行った方が良さそうね」
「はい! 夏樹さんも、雪乃さんも……今日は今年の中でも最高のステージにしましょうね!!」
「そうね。ここまで私達を応援してくれた人達のためにも、自分の実力を出し切らないといけないわね」
咲花の言葉に、雪乃も気を取り直して舞台へ上がる時のそれへと表情を切り替える。
あの、麻宮星梨香や黒部というプロデューサーのことは、今は関係ない。夏樹の言う通り、自分達は自分達のやり方で、高槻や応援してくれるファンの声援に応えるべきだ。例え今の自分に自信が持てないことがあっても、その気持ちだけは変わらない。
スタッフの者から指示を受け、ついに地方公演最後の舞台が幕を開けようとしていた。程良い緊張感に包まれながら、雪乃は深く息を吸い込んで精神を統一する。
自分はやれる。夏樹や咲花には及ばないかもしれないが、それでも今の自分に出来る精一杯の力を出し切れば、きっとファンの人にも喜んでもらえるはずだ。
先ほど、舞台裏にいた際に抱いていた後ろ向きな気持ちは、既に雪乃の中から消え去っていた。
今日は無心で精一杯歌おう。今までの自分の全てをぶつけるつもりで、何としてもこの地方公演を優秀の美で飾ろう。
そう思って舞台に立った雪乃であったが、彼女は自分の影の中で不気味な何かが蠢いていることに、この時はまだ気がついていなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
雪乃達が舞台に上がると、そこは既に歓声の渦に包まれていた。会場は隅々まで人で埋め尽くされ、観客の熱気で溢れ返っている。
リーダーの夏樹が簡単な挨拶を済ませ、いよいよコンサートが始まった。バックバンドの音楽に合わせ、三人はそれぞれが自分の持ち場について歌い始める。夏樹を中心に、右を雪乃、左を咲花が固める形で一曲目の歌に入った。
熱いスポットライトの下、少女たちの身体が華麗に舞う。一曲目からアップテンポの曲ではあったが、彼女達は何ら苦にせずに歌い、踊っていた。
曲のサビの部分を歌い終えると、その後は雪乃と咲花がそれぞれソロで歌うパートに差し掛かった。センターの夏樹と場所を入れ替えて、それぞれが十分に自分の存在を観客にアピールする仕草を見せる。普段は控え目な雪乃も、この時ばかりは笑顔で観客に目配せすることを忘れない。
「いいぞぉぉぉぉっ! 雪乃ぉぉぉぉっ!!」
熱狂的なファンの一人だろうか。観客席から一際大きな声で、雪乃の名前を叫ぶ者がいた。夏樹や咲花にも声援はあったが、今日の雪乃は自分に対する声援が最も大きいような気がしていた。
(うわぁ、随分と元気な人がいるんだなぁ……。私も頑張らないと……)
自分のパートを歌い終え、雪乃は再び夏樹と場所を入れ替える。その際に、彼女は舞台裏で社長から言われた、ある一言を思い出した。
――――最近、君の人気はファンたちの間でも評判だそうじゃないか。
あの時は、社長が自分を持ち上げているだけだと思っていた。しかし、舞台の上で観客から寄せられる歓声に包まれていると、社長の言っていたことも満更ではないと思えて来る。
自分には、他のメンバーと比べても特別な何かがあるわけではない。だが、そんな自分のことを一生懸命応援してくれる人がいるならば、やはりそれに応えたくなるというのが人間である。
夏樹や咲花と一緒に歌いながら、雪乃は自分の中に今まで以上の力が湧いてくるのを感じていた。この調子なら、今日のステージは今までの中でも最高のものにできるのではないか。そう考えると、今まで抱いていた不安が嘘のように消し飛んで行った。
大歓声の中、夏樹が最後に中央でポーズを決めて一曲目が終了した。最初から激しいテンポの曲だったので、早くも息が上がっている。が、それでも直ぐに呼吸を落ち着けると、三人は次の曲を歌うための配置に着いた。
コンサートはまだまだ始まったばかり。自分達に休むことなど許されない。今までやってきたことの全てを出し切るような気持ちで、雪乃は手にしたマイクを力強く握り締める。
それから先は、彼女たちのステージは実に激しい盛り上がりを見せた。曲が進むに連れて会場の雰囲気もますます盛り上がり、最後は観客全員が会場の入口で配布されていたペンライトを振って応援した。
歌い手と観客が一体になるこの瞬間。それは何物にも代え難い高揚感を雪乃達に与えてくれる。辛く、厳しいこともある業界だが、この一瞬があるから頑張れるのだと改めて実感させられる瞬間である。
いくつかの曲を歌い終えた後、雪乃達のいるステージは一時的に暗闇に包まれた。曲目は既に最後の一つを残すのみとなっていたが、それを歌うためにはステージのセットを入れ替える必要がある。
今まで舞台の上にあった装置が後ろに下げられて、代わりに別の装置が雪乃達の後ろに現れた。時間としては数分とかからない程度のものだったが、異変はその時に訪れた。
――――ガサ……。
突然、暗闇の中で何かの動く音がした。それは小さく、ともすれば聞き逃してしまいそうな音だったが、雪乃の耳にはしっかりと聞こえていた。
――――ガサ……。
また、音がした。今度は先ほどよりも大きく、さらにはっきりと聞こえていた。
自分の耳に響いた奇妙な音。不思議に思って辺りを見回してみるが、特に何かがいるわけでもない。薄暗がりの中で良く見えないが、夏樹も咲花も普通に持ち場に着いている。どうやら彼女達に、先ほどの音は聞こえていないようだった。
(気のせいだったのかな……? それにしては、随分とはっきり聞こえたけど……)
そう、雪乃が思ったときだった。
――――ガサガサガサガサ……!!
突然、先ほどの音が洪水のように雪乃の耳に溢れて来た。それと同時に、彼女の着ている舞台衣装の隙間から、無数の異形なる者達が這い出して来た。
「ひっ……!!」
あまりの出来事に、思わず持っていたマイクを取り落として叫ぶ雪乃。ゴトッ、という鈍い音がして、それに気づいた夏樹と咲花も雪乃の方を見た。
待機中とはいえ、それでも舞台の上でマイクを落としたら直ぐにでも拾わねばならない。いつもであれば当たり前のようにそう思えたが、今の雪乃には無理だった。
服の袖、首元、そしてスカートの中からも、異形は次々と湧いて来る。赤黒い身体に緑色の斑点を持ち、醜く膨らんだ腹と毒々しい針のある尻尾を持っている。この地方公演の途中でも夢に見た、あの薄気味の悪い毒虫達だった。
「あ……あぁ……」
マイクを落としたことなど完全に忘れ、雪乃は恐怖に歪んだ顔で後ずさった。その間にも、毒虫は雪乃の身体を這い回り、最後は全身を覆うようにして身体一面に広がった。
「い、いやぁぁぁぁっ!!」
目の前で起きている異変に耐えきれず、とうとう雪乃は悲鳴を上げてその場に座り込んだ。明らかに様子がおかしいことに気がついたのか、夏樹と咲花の二人が慌てて雪乃に駆け寄った。
「ゆ、雪乃さん! いったい、どうしたんですか!?」
「い、いや……。やめて……」
「どうしたのよ、雪乃! 今はコンサートの途中でしょ!?」
咲花と夏樹がそれぞれに声をかけて雪乃の肩をゆすったが、無駄だった。
雪乃は頭を抱えたまま、身体を丸めて小刻みに震えているだけだ。その目は完全に正気を失い、恐怖に怯えてひきつった顔をしている。他のスタッフもやってきて声をかけたが、やはり反応はない。ただ、「虫が……虫が……」と呟くだけで、他のことなどまるで頭にないようだった。
舞台の上での騒ぎが起きたことで、観客達の間にも動揺が走った。客席のざわつきは次第に大きくなり、やがてそれはブーイングの混ざったものに代わってゆく。
結局、その日のコンサートは、雪乃が途中で退場する形で幕を終えてしまった。観客には突然の体調不良と説明し、フィナーレの曲は夏樹と咲花の二人だけで歌った。最後には観客席からのブーイングも収まっていたが、それでもどこか納得が行かないのか、実に盛り上がりに欠ける終わり方となってしまった。