第七話 嘗めていたpart4
…またもや嘗めていた。
いや、分かっている!"また"かよ!って思われるのを承知で言わせてくれ。
嘗めていた。
何をと聞かれれば精霊、さらに言うなら上位精霊の能力、そしてポテンシャルを、だ。
俺の精霊の認識とは、強力な魔法が使える長生きの人間、程度だった。
しかし、これはどうだ。
「ふむ、わらわはこの鎌とやらが気に入った。
命を刈り取る死神の鎌に似ている。闇とは相性がいい」
はい、肉弾戦どころか直接戦闘すらした事が無いと聞いていたんだ。
流石に身を守る武器の一つや二つ持たせたいと思い、
一旦外に出ていくつか武器を与えてみたんだが…
「この弓とか言う武器もなかなかいいの。ユウ!わらわはこの二つに決めたぞ!」
俺でも一番習得に時間のかかった二つをあっさり使いこなしてやがる…
呆れた顔で頭を抑える俺に対し、嬉々として武器を振るっているリア。
彼女曰く、長い年月の間に見た事ぐらいはあり、
大体の使い方(振るとか射掛けるとか)は分かると。
精霊だから自傷が怖くないので難なく振り回せ、
精霊の視力と魔法を持ってすれば百発百中など造作も無い。
そもそも全く違う方向性の武器を二つ扱えるって、
結構凄い(らしい)んだぜ?俺が言うのも何だが。
まあ達人の域と言うには拙いし、才能の限界がくればそれ以上は伸びないだろう。
力は見た目の割りにちょっとした冒険者ぐらいはある。
さすが精霊といったところか。
ついでにどんな魔法が使えるのか聞いてみた。
「正確には精霊魔法じゃがの。ほれ」
と彼女が呟いた瞬間には家の前の森に直径数mの闇の球が出現。
集束するように消え去ると、跡には"何も"残っていなかった。
「軽くならこんなものかの。どうじゃ?ユウの眼鏡には適ったかの?」
…あー、うん、嘗めていた。
何の詠唱も無し。魔力反応も無し。それどころか何のモーションすらも無し。
その上タイムラグもほぼ無し。いきなりそこにある物を消滅させて見せた。
呆けた表情でフリーズしてしまったのも仕方が無いと思うんだ。うん。
…精霊って凄い。
横から「褒めて褒めて♪」という視線を感じるので、
とりあえず褒めながら撫でておく。ああ、癒される。
「わらわは精霊じゃから人間のような面倒は要らないんじゃ」
何でノーモーションノータイムで撃てるの?
と聞いて返って来たのがこの言葉だった。
曰く、精霊は自然現象が具現化した自然の一部。
自分の属性を持つものに働きかけ、操作するのは精霊なら誰でも出来るらしい。
無論、精霊の"格"によって内容に個人差はあるが。
精霊を呼び出して、もしくは近くの精霊に頼んでこれをしてもらうのが、
精霊魔法というものらしい。
成る程、闇の精霊であるリアにとって、
闇を操るのは自分の手足を操るに等しい行為、って訳か。
「闇の特性は吸収と侵食。全てを飲み込み、侵す力じゃ。
望むなら手解きしてやってもよいぞ」
ほう。特性か。
火なら破壊と再生。
水なら流動と停止。
土なら変化と還元。
風なら混在と腐食。
二つ以上の属性を合わせた、反応属性というものが存在する。
火と水で蒸。(水は火によって蒸発する)
火と土で灰。(火で生んだ灰は土へと還る)
火と風で爆。(火は風によって爆発的に広がる)
水と土で木。(土を水が潤せば命が芽吹く)
水と風で嵐。(水を纏った風はやがて嵐となる)
土と風で雷。(風が生みし雷は土へと落ちる)
など。
複雑な刻印などは、これらを意味する魔術文字を組み合わせる事で形成する。
刻印を使わない魔法でも、威力を上げるため反応属性を利用しているものも多い。
例としては、火+水+風+火で水蒸気爆発の魔法など。
更に、火は風を受けて燃え上がり、風は土を風化させる。
土は水を受けて潤い、水は火を飲み込む。
これらから、火→風→土→水→火のように対応する相手に対して特効性を持っている。
そして四つの属性の上に光と闇がある。
これらは互いに特効性を持つ。
光の特性は受容と拒絶。
全てを受け入れ、そして全てを拒む光。
闇の特性は吸収と侵食。
全てを飲み込み、そして全てを侵す闇。
さらに上の属性として、時と空がある。
これらは特効性を持たず、二つで"創造"の意味を持つ。
…というのが、この世界の属性、特性、特効性の考え方だ。
ちなみに時や空はその属性を持つ精霊がこの世のどこかに存在する、とされてるだけの、
半ば伝説化している属性というのがリアの言。
…ふむ、俺なら時や空の才能もあるかも?
「あるかも知れんのぅ。そしたらユウは世界初、伝説に名を刻めるの。永遠に」
既に刻めるような気がしないでもないが、
確かに伝説としては分かりやすいな。
…つーか空ってんなら前の世界で多次元移動したのも一応空になるんじゃ?
まあこっちとは世界の原理が違うからなー。
…試して、みるか?
「…なあ、何処にでもすぐ行けて、何でも仕舞える魔法、あったら便利だよな?」
「そりゃあこの上なく便利じゃろうが…まさか」
よし、集中集中…
魔法において大事なのはイメージ。
脳内でイメージした現象を現実に侵食させること。
魔力を糧に。万能元素である魔素を使い、望んだ事象を引き起こす。
己の内から魔力を抜き出し、全身へと巡らせ、放出。
目の前の一点へ集束させる。
イメージするのはあの時の多次元エネルギー。
魔力が多次元エネルギーへと変わり、亜空間への扉を開く事をイメージ。
前世のように小難しい計算なんて必要無い。
計算して機械に打ち込まなければいけなかった前世と違い、
ここでは魔力が形を成してくれる。
イメージ…イメージ…イメージ…
―キュイイイイイイイイイイン―
甲高い音が一瞬響く。
…目を開けると、目の前に何やらリングのようなものが浮かんでいた。
明らかに機械という見た目。白より濃く、灰に近い。銀より鈍く、黒より明るい。
直径30cmほどのリング。上下左右の外側部分に台形の突起がある以外、特に装飾も無い。
リングの内側は光が届いていないのか、暗い闇が見える。
隣を見ると、リアがポカンとした顔で呆けていた。可愛いなおい。
「よっと」
取り敢えず石を投げ込む。中に入っていった。…これじゃよく分からん。
木の枝を突っ込んで引き抜いてみるが、無反応。これもよう分からん。
かなり精神力を持って行かれるが術自体はある程度安定していいる。
…なら、行ける、か?
「…よし」
生唾を飲み込み、決意を持ってリングの内側へ、そしてその向こうへと手を突っ込む。
意外に感触のようなものは無くすんなりと入った。
リングの向こう側を見ると、手をひじ辺りまで突っ込んでいるにもかかわらず、
闇の壁からは何も出ていない。
つまり俺の右手の先があるのは、まごう事無き異空間という事だ。
…出来てしまった。
「ぐお…」
気を抜いた瞬間疲労感が一気に襲い掛かってきた。
慌てて腕を引き抜くと瞬間リングが消滅。危なかった。
そして直後酷い頭痛を感じ、一瞬で意識がブラックアウトしてしまった。
「…ん?」
気づいた時に見えたのは泣きそうな顔で俺の顔を覗き込んでいるリアだった。
…どうやら膝枕してくれているらしい。嬉しいんだが堪能している余裕が無い。
正直まだぼーっとしていたが、とりあえずそんな顔をさせた自分を殴りたくなった。
「全く、無茶をしおる…世界初の偉業を思い付きでポンポンやるな馬鹿者」
ごもっとも。
どうやら相当な量の魔力を消耗したようだ。
手帳を開いて見てみると、全快していた魔力が2000も減っている。
残りは137。意外とやばかったのかも知れない。
というか、1時間程度は経っているらしいから、少なからず回復しているはずだ。
…もしかしなくても魔力マイナスに入ってた?
そうでも無ければブラックアウトなんてそうそう無いしな…
「たったそれだけで異空に通じる穴開けただけでも十分化け物じゃがな…」
これでも少ない消費だったらしい。
そりゃそうか。
いくら適合者が少ないと言っても0では無いだろうし、
ちょっとした魔力で使えるなら伝説化なんてしない。
いや、しかし生命エネルギーとも言える魔力を、
限界まですり減らしたのはかなりやばかった。
「とりあえずは空間魔法"ゲート"と呼称。繋げる先を変えれば移動にも使えそうだな」
多次元の扉を開く魔法か。
あとは空間に直接干渉して物体を消滅させる魔法とか、
ゲート無しで簡易の空間転移を行う魔法とか…
この世界の管理者が管理しているのはこの世界だけだから、他の世界には行けない。
行こうと思えば管理者権限クラスの力が要るだろう。
この分なら時も使えるかな?念のためもう少し魔力を増やしてからチャレンジしよう。
というかゲートの魔法自体仮封印だ。今の俺じゃ危険過ぎる。
何よりリアを泣かせる訳には行かない。
その後リアに魔力を分けてもらい、術を中途発動。
(文字通り途中まで魔法を発動する事。これの応用で遅延詠唱が出来る)
術について少し調べてみた。
といっても分かったのは膨大な魔力を消耗する事と、
ちゃんとした術式を用意せずに発動すれば中途発動でも死ぬほどしんどいという事。
あとは繋がった先の空間はこの世界のどこかでは無い、というぐらいか。
ようは専用の倉庫のような場所に繋がるという事だ。(仮に亜空間と呼称)
先程の物は人の入れる大きさでは無かったが、
リア曰く内部は時間の概念が無い可能性が高いらしいので、
食料の保存などには使えるだろう。
そういう訳で、時間はかかるだろうが術式を開発して行きたい。
これが完成すれば、異空間から無数の武器を射出したり、
空間丸ごと崩壊させたり、ゲート無しでの集団超長距離転移も可能になるかも知れない。
「物凄い反則技じゃな」
認める。
便利この上無いな。
ゲート無しでの直接転移が使えれば戦闘中相手の攻撃に当たる可能性は極端に減る。
「こういった高等魔術は初期発動には往々にして莫大な魔力を必要とするものじゃ」
というリアの忠告を受け、魔力をもう少し増やしてからチャレンジする事にした。
まあこれだけでも十分便利だし、冷蔵庫要らずだ。
サバイバルや旅にはもってこいの魔法だな。
早めに習得してしまいたい。
「さて、ちょっと喉が渇いたの」
そう彼女が呟いた瞬間、彼女の影が隆起し、彼女の手元へと伸びていく。
彼女が影に手を突っ込み、引き抜くと、
その手にはティーセットが握られていた…ってオイ!?
「ん?ああ、ユウも飲むか?」
…さらっと返してくれました。
いや、紅茶好きだし有難く頂くが…
あまりに唐突な出来事に呆れてしまった俺は悪くないと思いたい。
彼女は彼女でごく当たり前のように紅茶を啜っている。
聞くと、彼女も闇の"吸収"の性質を利用し、
自分の影の中に色々と仕舞ってあるらしい。
「…じゃあ俺の苦労は一体?」
「苦労と言うほどしておらんじゃろうに。まあそっちのが利便性は高いぞ?」
彼女曰く、
剣で野菜を切るより包丁で野菜を切る方が楽なのと同じ、だそうだ。
つまり、闇の性質を利用し、無理やり突っ込むより、
それに特化した空間魔法の方が扱いやすい、とのこと。
闇自体適性者は少ないし、こんな事が出来るのは、
闇に直接干渉出来る彼女らぐらいのものなんだそうだ。
それに自分の影に入れたら自分の影からしか出せない。
容量にも限界がある。検索魔法も無いので闇に教えてもらう必要がある。
影などの闇を使った移動も出来るが、一度の移動距離には限界がある。
どちらにしろ彼女限定。
「その点お主の魔法なら、万能収納能力の付いたカバンを作ったりも出来るじゃろう?」
成る程。仲間に持たせるならそれは便利だな。
汎用性はこっちの方が遥かに上って事か。
それで納得しておこう。
「では、お茶にしようかの」
そうしてお茶会が始まる。
美しい森に囲まれた大きな家の庭。
テーブルと椅子を錬金し、彼女のお気に入りのティーセットで紅茶を飲む。
茶菓子が切れていたらしく、少し残念そうにしていたから街に行ったら買っておこう。
…優雅だな。こっちに来てからこれほどゆったりとした時間は初めてかも知れない。
しかもお茶の相手は絶世の美少女。
男冥利に尽きるな。
「ふふ、わらわもユウのような男と茶を楽しめるのは女冥利に尽きる」
おっと、最後声に出してたか。
というかそういうセリフを言う時はティーカップで顔隠しちゃ駄目だろう。
また耳まで真っ赤になって。恥ずかしいなら言うな。
「むぅ…あのように言われて無視という訳にもいかんじゃろう」
だから無理してそれっぽく返さなくていいってのに。
恥ずかしいなら普通にありがとう、とかでいいじゃないか。
「これでも500年以上生きておるんじゃ。それらしく振舞いたい」
その口調もそれでか。
要するに長い年を生きた者の貫禄というのが欲しいのか。
…その容姿で貫禄も何も無いと思が。
「気にしておる事をばっさり言うな!」
あ、また声に出てたか。いけないいけない。
というか気にしてたのか?
コンプレックス…という訳では無いようだが。
「いいじゃないか。俺は好きだぞ?リア」
うん、言った俺が恥ずかしい。
顔が赤くならないようにポーカーフェイスを維持する。
表情を取り繕うのは現代日本人の必須技能だ。
予算申請とかで媚びへつらうのは疲れた。
などと関係ない事を考えて誤魔化してみる。
「…そう、か?ユウがそう言うなら…うむ。自分を好きになれそうじゃ♪」
嬉しそうに頬を緩ませ、紅茶を啜って誤魔化すリア。
…えらく気に入られてないか?俺。
「お主、自分のスペックの高さに気づいておらんのか?」
呆れられた。
彼女曰く、
顔は割りとイケメン。(この世界基準)
頭はいい。(22世紀中期の地球で科学者やるぐらい)
良識もある。(無いのは人としてどうかと思う)
背は割りと高く、体つきも男らしい。(元々はひょろかったが、鍛えたため)
強い。(反則的な才能のおかげで)
将来有望、かつ安泰。(同上)
絶対稼ぎはよくなる。(同上)
既に家持ち。(神がくれた)
性格や人柄も好ましい。(リア主観)
「こんな男他にはそう居らん。女が放ってはおかんぞ」
この世界で最初の出会いになれたのは僥倖じゃな。
他の女共から一歩リード出来る。
などと恥ずかしげにのたまい始めた。
…いや、こうして並べてみると殆ど自力じゃ無いような…
「お主が手に入れたのはあくまで才能じゃ。それを伸ばしたのはユウ自身じゃろうに」
まあそれはそうなんだが。
…うん、経緯はどうあれ、客観的に見てみると何このハイスペック。
友人に居たらちょっと校舎裏に呼び出したくなるスペックだな。リンチ的な意味で。
「そうじゃ。わらわとしてもユウの事は気に入っておる/////」
また顔真っ赤にして。
よし、伝えた。これで意識するはずじゃ…
とか言ってるし。
いや、意識も何も惚れてるんですが?
きっと俺の顔も彼女に負けず赤くなっているだろう。
ポーカーフェイスにも限度という物がある。
…なんかまだ認識が甘かったか。
精霊というものの凄さとか。俺の異常なスペックとか。
認識を改める作業に必死になりつつ、
俺は傍目には優雅に茶を飲んでいた。
探求者は、またもや嘗めていた。
今回もチート全開の我等が主人公。
なんとヒロインまでチートだったようです。
実は今回の話、以前はゲート魔法が使えるようになる予定だったんですが…
流石にチート過ぎる上、旅らしい旅になりそうに無かったので変更。
結局先送りする事に。
暫くは移動チート無しで頑張ってもらいます。
さて、それではまた次回お会いしましょう。