第六話 出会い
さて、手帳を手に入れてから一週間経った。
俺の才能による能力の伸びは、次第に緩やかになっている。
今までのは所謂、「覚え始めは成長も速い」という類のものだったようで。
覚え始めでかなりの所までいった気がしないでもないが、
俺の才能からすれば下級魔術など覚え始めにすぎないという事か。
俺は現在下級魔術(書庫にあった魔導書全て)と中級魔術(書庫にあった魔導書の一部)、
下級錬金術(これも書庫内の魔導書全部)と中級錬金術(こちらも書庫内の魔導書の半数)、
初歩の手ほどきを書いた書を参考に発展させた、
我流の武術(剣、槍、斧、鎌、杖、弓)などを体得している。
武術は基本的なものとほんの少しの実戦で学んだだけの物。
才能によって形は大分綺麗になって来たが、これ以上は何らかの指南が要るだろう。
魔法も中級の魔導書は少ないし、すぐに限界が来る。
武具に関する知識も欲しい。自作したいし。
流石に一ヶ月も食っていると川魚やウサギや猪
(ゴリアと言うらしい。ゴリラでは無い)の味にも飽きてくる。
魔導書と知識と調味料と食材。あと戦闘経験。
これらを手に入れるには、これ以上引きこもって(?)いても駄目だろう。
俺の目的のためにも、人付き合いという物を思い出すためにも、
一度街に行く必要がある。
もう一つの選択肢は、聖域に行ってみたい。
手帳に書いてあったが、この森の北部には聖域があるらしい。
聖域とは上位の精霊が住む領域だ。
下位の精霊には意思という物が無い。もしくはほぼ、無い。
自然現象が集まる所には精霊が居るとされている。
それは自然現象が魔素によって人格を持ったのが精霊、とされているからだ。
(本来はもっと小難しい理屈があるが割愛する)
精霊とは自然の一部であり、世界の一部であり、そして全てであるとされ、
世界そのものである事から老いや死という概念が無いとされている。
中位の精霊はそれなりにはっきりした人格を持っており、
下位精霊程ではないが世界のあちこちに居る。
人口として計算されている精霊の大部分はこの中位精霊である。
精霊の召喚術式によって召喚されるのも、この中位精霊。
上位の精霊を召喚し使役出来るような者はもはや人ではないと言われるほどで、
上位の精霊は数が極端に少ない。各属性に数体程度だ。
そしてそれらが居る場所全てが聖域になっている。
精霊の力に対する適正、もしくは耐性が無ければ入れない領域。
まあ簡単に言えば上位精霊の縄張り。それが聖域だ。
で、この森の北部に聖域があるという事は、そこに上位の精霊が居るというわけで。
この森に危険な動植物が少ないのもその影響がある。
そして、精霊術に関する書物は値段が高いし数も少ない(らしい)。
魔法薬を研究していたこの家の前の持ち主も、
ちゃんとした精霊術書は持っていなかった。
適正が無かったというのもあるんだろう。
だが俺は才能者。少なくとも適正はあるはずだ。
なら、逢えるのでは?
人間に友好的な精霊なら簡単な精霊術ぐらい教えて貰えないかな?
という考えがある。
人間が嫌いな精霊はそもそも近づかせないはずだし、
行くだけなら危険は殆ど無いだろう。神も止めなかったし。
なら、一度行ってみるのもいいかも知れない。
なんせこちとら彼らの上位版であろう管理者に会っているのだ。
まあ何とかなると思う。
で、結局どっちを優先したかというと。
「おー、すっげー綺麗」
精霊を取りました。
いや、凄い景色だね。思わず簡単の声が漏れる。
俺が居た森も綺麗だったが、
この聖域の森は幻想的とか神秘的とかいう言葉がよく合う。
それぐらい美しい森が広がっている。
荒らすような存在が居ないのと、森に満ちる神聖な魔力のおかげだろう。
確かこの先の泉の畔に精霊が居るという話だった。
「すぅ………ふぅ。よし、歩くか」
聖域の清廉な空気を一杯に吸込み、笑顔で歩き出す。
聖域の中なので危険な生物は少ない。
今の所聖域の主から追い返されるような事も無いし、
このまま進めば精霊とやらに会えるだろう。
出来れば管理者のように気さくな人物だといいな。
あと綺麗な女性なら尚更。
いや、だってどうせわざわざ会いに行くなら野郎より女性の方がいいじゃないか。
そういえば俺の容姿はこの世界では中の上〜上の下らしいな。
前の世界ではごく一般的な顔立ちだって親友も言ってたんだが…
外人から見ると日本人の顔立ちは若く綺麗に見えるというが、そんな感じなんだろうか?
正直女性と出会う機会なんて学校以外で無かったし、
勉強に明け暮れてたからまともに彼女なんて作った事も無い。
研究もいいが、折角不老があるんだ。恋人ぐらい作りたいかな。
何千年も生きて恋人0なんて悲しすぎる。
そんな下らない(いや、男にとってはむしろ重要)な事を考えながら森を歩いていると、
視界の奥の方から来る光が広がってきている。
どうやら、木々が開けている場所があるようだ。
少し急ぎ足でそこに向かうと、綺麗な泉の畔に、
これまた綺麗な後姿の女性が佇んでいた。
その後姿に思わず見惚れる。
顔は見えないが確実に美人だろうと思える、そんな優雅な雰囲気を纏っている。
後姿を見ただけで胸が高鳴る。
「ん?来客か?随分と久しぶりじゃな…何をしている。こっちへ来い」
鈴を転がしたような、とはまさにこの事か、綺麗な声が辺りに響く。
振り向いた彼女は予想通りの、いや、予想以上の美しさだった。
漆黒の髪を腰まで伸ばし、漆黒の瞳は深く澄んでいる。
整った顔立ちは少しだけ幼さを感じさせ、背は低く150cm少しか。
女性の膨らみは緩やかで、スレンダーとも言えるだろう。
…俺の見立てではB後半といった所か。何とは言わない。ちなみに割とよく当たる。
俺はただただ見惚れた。
人形の様な可憐さ。美しい黒髪。しっかりとした光を湛えた瞳。
その全てに惹きつけられる。
今まで絶対に出会った事も見た事も無く、そしてこれからも殆ど出会う事は無い、
そう言い切れるほど。そんな美少女だった。
兎に角、可愛らしい少女が、そこに居た。
成る程、精霊とか神とかいう類はみんな美形なのか。羨ましいぞこんちくしょう。
などと内心呟きながら、彼女の声に従って傍まで行く。
とはいえその歩みは遅い。半分見惚れているせいだろう。
彼女の3mほど手前に立つと、今度は彼女の方から目の前まで寄って来て、
俺の顔を覗くように、ずいっと顔を近づけてきた。
ふわりとした香りが漂い、その美しい瞳と見詰め合うだけでドキリと胸が高鳴る。
「ほう…黒い髪に黒い瞳。人間にしては珍しい。
少なくともわらわは見るのは初めてじゃな」
いきなり美少女の顔がドアップになった事に内心ビクついていると、
彼女が興味深げな表情でそんな事を口にした。
どうやらこの世界では黒目黒髪は珍しいらしい。
少し嬉しそうにひとしきり感心した彼女は、「で?」とだけ聞いてきた。
ここに来た用件を話せという事だろう。
そう解釈して話を進める。
「つい最近この森の家に越して来たんだ。それで近くに聖域があると聞いて、見に来た」
正直に話す。
というか、彼女らは管理者の存在については知っているのだろうか?
まあ知っていても神が寄越したなどと言っても信じないだろうが…
「ほう?最近森の動物達が噂していたのはお主か。…ふむ、一つ聞いてもいいか?」
動物と会話なんて出来るのか。
精霊だからか?
それともニュアンスだけなのかな?
後で聞いてみよう。
とりあえず、「どうぞ」と答える。
「お前は、いや、あなたは何者ですか?」
急に敬語になった。
え、何かしたっけ?
「あなたは、見るからに人だ。
ですが、それ以上の何かをあなたから感じる。まるで神のような…」
そこまで言われて、なぜ彼女が急に態度を変えたのかを理解した。
成る程、管理者が神なら、確かに彼女らからすれば敬うべき存在だ。
そして俺からは管理者の気配を感じる。
当然と言えば当然だろう。
俺の肉体は神が直接作ったものだし、神がくれた様々な加護や能力もある。
神が作った手帳も持ってる。
成る程、これだけあれば神の気配を感じてもおかしくは無い。
俺は隠していてもしょうがないと思い、事の顛末を話した。
証拠に手帳も見せながら。
「そう、でしたか…あなたが神のご友人だったとは…
畏れ多い事を致しまして、此度の無礼…」
なんか凄く硬くなった上おかしな流れになりそうだったので早々に訂正する。
人から褒められるのは悪い気はしないが、
畏れられるのは慣れていないし戸惑うだけだ。
そもそも俺は神と友人と言うほどの付き合いは無い。
せいぜいが知り合いとか俺の恩人程度だ。
俺自身も神を目指しているだけのただの人間な訳だから、
畏まられてもこっちが対応に困る。
上位の精霊に畏まられるなんて謎展開過ぎてどうしていいか分からん。
「知り合いというだけでも相当な事です。
神の知り合いなど、この世界にはあなたしか居ません」
困惑しつつ俺に対して敬いや畏れは必要無いと伝えると、
上記の言葉が帰って来た。
彼女も少し困惑気味だ。当然といえば当然…か?
まあ彼女の言っている事も間違ってはいないんだろうけど。
「それに、いずれは神に等しくなられる方に粗相をしては精霊として…」
いや、それはそうかも知れないけど今は違うし…
それに無理してる感が物凄い。
上位精霊だしなあ。一人で聖域に篭ってれば敬語使う機会も無いだろうさ。
別に無理をしてまで畏れる必要は無いわけで、
俺としてももうちょっと穏便といか、普通の出会いを望んでいた訳で。
簡潔に言えば硬いのは苦手だから自然にして欲しい。
「…そう、ですか。分かりました。…いや、分かった。
あな…お主がそこまで言うのを無碍には出来ん」
なんかごちゃごちゃしてるがまあいいか。
そのうち慣れてくれる事に期待しよう。
「それで?顔を見に来ただけなのか?」
質問の形を取っているが確信持って聞いてるな。
ここらへんは流石というか。
俺は単刀直入に、知恵を借りたいを事を伝える。
精霊術だけでなく、長い時を生きる精霊なら色々な知恵を持っているだろうと期待して。
「ふむ、わらわはあまり人里に出た事が無いからな…魔法に関する事ぐらいしか分からんぞ」
それだけでも十分だ。
取りあえずは精霊魔法の扱い方が最優先かな。
あとは許可が出れば他の事も指南してもらおう。
…まあ、条件次第だとは思うが。
タダ働きしたがるやつは居ない。
互いに気持ちよく付き合うためにも、こちらからも何か礼はした方がいいのだろうが…
正直、精霊への礼の仕方なんて分からんから直接聞く事にしよう。
そう決めてその旨を伝えると、嬉しそうに口元を緩めた。やっぱり可愛い。
「うむうむ。それじゃあ…一緒に連れて行ってもらおうかの♪」
…え?
「なんじゃ、その顔は。別に嫌なら他のを考えるが…」
急にショボンとして寂しそうにしたのを見て、もの凄く胸が痛む。
こんな俺好みというか直球ど真ん中ストライクな美少女に、
そういう表情をされると罪悪感で死にたくなる。
いや、それは置いといて。今彼女はなんと言った?一緒に来る?
つまり、俺の研究の旅に着いて来ると?
「そう言っておろうに」
どうやら途中から声に出していたようで、彼女が返事を返してくる。
いや、着いて来る事自体は構わないが、
何故に?というか条件になるのか?それは。
「勿論じゃ」
彼女曰く、今まで世界を旅した事は無く、
生まれてからずっとこの辺りに居たらしい。
知識も他の精霊や動植物から聞いたり、
たまに(10年単位)人里に行った時に仕入れるだけらしい。
旅もしてみたいとは思っていたそうなのだが、
彼女は上位精霊。勝手に動き回ると周りがうるさいし、
人の街に出れば彼女が上位の精霊だと分かる人は山ほど居る。
一部では上位の精霊は神格化されている場合もあり、確実に騒ぎになる。
その上彼女は闇の精霊らしく、この森なら木々の影という闇があるため問題無いが、
影も闇も一切無い場所に長時間は居られないんだそうだ。
「何より一人旅は寂しい。わらわと共に旅できる者などそうそう居らんしな」
その点俺に憑依し、隠匿の刻印を刻んだアクセサリーでも着けていれば、
そうそうばれる事は無い。ばれても中位精霊が人里に来ている程度に思われる。
昼間でも俺の影があるから外に出られるし、二人旅なら寂しくない。
他の精霊達も神の友人(?)
である俺に着いて回るなら文句は言わないだろう、という事らしい。
「成る程な。そういう事なら構わな…」
「本当か!?もう大好きじゃ〜〜〜!♪」
おわっ!?急に抱きついてくるなよ…
やばい!ちょっと控えめの膨らみが首元にふよふよと!あと顔近い!
男としては色々とやばい事になるからちょっと待て!
というか、そんなに嬉しかったのか…
いや、精霊なんだし百年千年単位でここに一人だったのであろう事を考えれば、
当然の反応とも言えなくもないか。
というか、断れない。
あまりにも可哀相過ぎる。
「とりあえず、落ち着け。そして離れてくれ頼む」
年齢=彼女居ない暦の男がいきなりこんな美少女に抱きつかれたら色々とやばい。
主に理性とか理性とか理性とか。
「…驚いた。精霊をそういう目で見る人間も初めてじゃ」
心底驚いた様子で俺を見つめてくる。
いや、こっちではそうかも知れないがな。
俺の世界には生憎と精霊なんて居なかったし。
人型=人間な世界だったから。
その上人間の中でもそうそう居ないような絶世の美少女だぞ?
まじで理性がもたん。
「わらわは別に構わんのじゃがな〜お主ほどの優良物件そうは居らんし」
にやにやしながら言われてもからかわれてるとしか思えないっての。
つーか可愛いんだからヤメレ。洒落にならん。
あと、恥ずかしいなら無理して言うな。耳まで真っ赤だぞ。
「う、うるさい。面白くないの…」
拗ねるなよ。
というかそもそもウケ狙って会話してないって。
まあ何にしても、彼女がこの旅最初の仲間という事になるのか。
これからは少し騒がしくなりそうだな。
けど、騒がしいのは好きだ。
向こうで研究仲間と酒飲んでバカ騒ぎした時は楽しかったなあ。
そうだ、今度こっちの酒で花見でもするか。月見酒ってのもいいかもな。
おあつらえ向きの美少女も居るし、美味い酒が飲めそうだ。
そんな事を考えていると、横から袖を引っ張られた。
「あー、ごほん。改めて、わらわはリア。闇の精霊じゃよろしく頼むぞ」
そう言ってとびきりの笑顔を向けてきた。
あ、やばい、惚れたかも知れん。いや、惚れた。
一目見たときからやばかったが今ので完全に落ちた。
「あ、ああ。俺は新藤夕。…探求者だ。よろしくな」
そう言って握手を交わした。
ついでに色々と互いの事を話す。
年齢は細かく数えていないそうだが、500は確実に超えているらしい。
年寄り臭い喋りは年相応の威厳を醸し出したいらしい。
余りにも可愛過ぎて背伸びしているようにしか見えないが。
使える魔法は闇の精霊なので闇属性。
不老不死だが痛いものは痛いので基本的に後方からの魔法攻撃に特化。
武術の経験を積む上で援護してくれる彼女の存在は大きいな。
ついでに手帳にも登録しておいた。あとでゆっくり見るとしよう。
これからの予定についても少しておく。
ひとしきり話したあと歩き出したが、また袖を引っ張られたので振り返る。
―チュッ―
「これからよろしくな、ユウ♪/////」
頬にキスされた。
………やばい、これは惚れた。
いや、さっきので落ちてた気もするがこれで完全に落ちた。もう駄目ポ。
ロリコンの気は無かったはず何だけどなあ…
などと、何気に失礼な事を呟きつつ、俺達は帰路に就いた。
…この世界最初の出会いが美少女精霊…結構恵まれてる?
探求者は、初めて出会う。
執筆が遅くなり申し訳ありません。プライベートで色々ありまして…
こっちは書き溜めていた分があるので放出しようと思います。
さて、今回登場した闇の上位精霊ことリア。
CVイメージというか声の感じは、
ガンダムXのティファやひぐらしの沙都子の声でお馴染み、
かないみかさんあたりをイメージ。
まああの人が~じゃ口調なのは想像しづらいですが、声質という意味で。
この子がメインヒロインになります。作者がロリコンなんで。
あとは巨乳騎士とかおっとり姫とか厳ついおやっさんとか出したいですねえ。
これ以上はネタばれになるので自重します。
それでは、また次回。