第四話 嘗めていたpart2
まだ嘗めていた。
…いや、うん、ごめん。また、なんだ。
あれだけ自分の予想の範疇を超えた出来事を体験しておきながら、
まだ俺は嘗めていた。「これでなんとかなる」と。
…いや、なった。一応なんとかなった。
しかし簡単では無かった。
一つ目は、読書。
さっきは必要な常識を軽く調べるだけだったから問題無かったが、
本格的に読もうとして、いきなり壁にぶつかった。
なにせ、どの本に書いてあることも、理解は出来る。
頭の中で自動翻訳してくれるようなものだ。
しかし、どれも子供が持っている常識ぐらいは知っているのを前提に書かれている。
まあ当然と言えば当然だ。
因数分解について書かれた参考書で、足し算引き算から教えるものなんて無いだろう。
つまり、最低限の常識すら欠けていると非常に読みづらい。
勿論、向こうの常識が通用する部分もある。
というか、そうでなければ読めたものじゃない。
魔法に関する本なんか、知っているはずの"常識"の部分ですら、
俺にとっては専門的な分野だ。
つまり、プログラミングの仕方を知っている前提で、
OSの組み方を書いているようなもの。
分かるはずがない。
まあなんとかなった。一応。
魔力の知覚の仕方を無数の書物を端から端まで読んでヒントは見つけた。
それによって魔力を自覚し、ある程度放出出来るようになった。
制御も凡そ覚えた。稚拙ではあるが。
そうやって様々な常識を書いてある本を片っ端から探し、
書いてなければ推察する。
正直、これだけで読解力と読書スピードがかなり上がった気がする。
二つ目は、魔法。
さっきもちらっと話したが、かなり難しかった。
いや、ある程度身に付けば才能のおかげでどんどん楽になっていった。
魔術刻印も発動自体は魔力流し込むだけなのですぐに使えるようになった。
しかし、最初が大変だった。
なにせ魔力を感じた事すらない。
しかも、現時点では俺は才能があるだけの素人。
いくらなんでも才能だけで一気に1から100まで理解は出来ない。
まあこれは時間が解決した。
ただ練習し、魔法を理解しようとするだけで、どんどん才能が開花していってくれるのだ。
最初こそ時間がかかったが、長く練習すればコツを掴む事が出来た。
三つ目は、武術。
何せ、戦ったことどころか、まともに鍛えた事もない。
運動は適度にしていたため太ってはいないが、
間違っても何かと戦えるような筋力も技術も経験も無い。
経験は仕方がないが、他はどうにかしたい。しないと死ぬ。そう思い、鍛錬を始めた。
基本的な筋トレ、適当な木の棒を持って剣術の真似事。
折角何でも出来る才があるので、槍術や格闘術、
魔術師ということで杖術の練習もしてみた。
まあ、型なんて無い。書庫にあった簡単な手ほどきを書いた書物を参考に、あとは我流だ。
その内誰かに師事するのもいいかも知れない。
これらに関しては特に言わなくても分かって頂けるだろう。
敢えて言うなら、最初はきつかった。筋肉痛とか。
四つ目。生活。
一人暮らしが長かったので生活スキルはそれなりにある。
しかし、使い慣れない道具を使って生活するのは慣れるまで苦労した。
まあすぐ慣れたが。
問題は、食料。
気付かれてると思うが、前途の問題を解決するのに要した時間は1日やそこらではない。
つまり、食い物が要る。
飲み物は水道(キッチンのシンクに、綺麗な水を集める術式があった)で確保した。
しかし、食料、正確に言えば栄養が無ければ飢えて死ぬ。
ありがたい事にサバイバルに必要な知識は書庫の本から仕入れられた。
その手の書物が大量にあったのだ。
どうやら前の持ち主も時折サバイバルもどきをしていたらしい。
必要な道具も安物ではあるが家の脇の納屋に仕舞ってあった。
剣、斧、鎌、地下室に杖があったので杖。
武器の扱いを覚えるのを兼ねて使ってみた。
まず剣。日本には剣道があるし中学や高校では授業としてあった。
関係無いが昔は侍も居た。
包丁という刃物に普段から接しているし、
剣の使い方なんて極端に言えば振るだけだ。
書物曰く、引き切るようにすると切れ味が、
叩き切るようにすると威力が出るんだそうだ。
日本の刀は引き切るように出来ているし、
剣道もそれが基になっている…と、聞いたことがある。
ならばその方がいいかと思い引き切るようにして振ってみると、
才能のおかげもあり割と簡単に慣れる事が出来た。
まだまだ下手くそだが、自傷するような事は無いだろう。
剣は割と楽に覚えられた。
ただやはり重いので、筋力を鍛えるのが急務だな。
次に、斧。
コレも言ってしまえば振るだけ。
それも剣より単純で、その重さに物を言わせて振りぬくだけでいい。
しかし、その重さがアダになる。
薪割り程度なら上から降り降ろすだけで済む。(魔法があるので薪割りの必要は無いが)
振り上げた状態でバランスを取るだけでも大変だったが、それは置いておく。
問題は振り回す時。上から振り下ろす方が威力はあるが、
ちゃんとした攻撃なら袈裟斬りや横薙ぎの方がいい。
しかし、振れない。そもそもただ振るだけでもしんどいのだ。
特定の軌道に沿って振るのは不可能。まあブレるブレる。
そしてブレーキをかける筋力などなく、
振りぬいてしまってそのまま遠心力に振り回される。
ただ振るだけのなんと難しいことか。
これはもう筋トレを続けるしか無いだろう。
次は、鎌。どちらかというと植物の採取用だが、戦闘に使えない事も無い。
ファンタジーでは良く見かけるし、柄が長く、丈夫で、切れ味が良ければ武器にもなる。
この鎌は割りと柄が長め(それでも武器にするには短いが)なので、
取り回しを覚えるために振り回してみる。
とはいえ、これは難しい。
何せ、刃が内側にある。武器としての鎌は外側にも刃があるものもあるらしいが、
どちらにしろ扱いづらい。
基本的に円を描くように振り回すらしいのだが、
下手をすれば刃が自分に向かってくる。
ただ円を描くだけでは刃の先が刺さるか、柄に対象がぶつかるだけなので、
対象が刃に当たるように動かなければいけない。
これが難しい。
それに、武器の構造上どうしても相手を自分の懐に入れることになる。
かなりの近接戦闘になるだろうから、格闘技術も必要だ。
要、鍛錬。
次に、杖。
杖は魔術師の基本装備。
杖がなくても魔法は使えるが、
触媒であり増幅器である杖を使ったほうがいいのも事実。
触媒としての能力があれば剣でも槍でもいいらしいが、
うちにはこの杖しかなかったのでこれを使う。
ついでに槍の扱い方も練習してみる。同じ棒だし。
しかし、長物を振り回すのはなかなか難しい。
叩く、凪ぐ、払う、突く、刃があれば斬る。
剣ほどの威力は無いが、剣以上にリーチが長く、出来る事が多い。
それだけで、扱うのには苦労した。
結局一番簡単だったのが槍の突撃で、次が剣をただ振ることだった辺り、
なぜ戦争で槍と剣が多用されたのかが良く分かる。
すぐに使えるのは上記の二つだけだったので、初日から練習も兼ねて狩りへ。
この辺りに何が居るかは分からない(そもそも此処がどこかも分からない)が、
広く分布する動植物や魔獣は覚えた。
この辺に出るらしい生物や手に入る食料なんかが書かれた、
覚え書きのようなものも発見できたので、それも利用させてもらう。
そして、第一目標とエンカウント。
「…キュキ?」
ウサギっぽい動物。カルーというらしい。
地球のウサギよりふた周りほど大きいが、可愛らしい外見をしている。
これでも魔獣なんだそうだ。
魔獣と動物の違いは、魔力を宿すかどうか。
無論宿している方が強いし、中には魔法の類を使うものも居る。ブレスとか。
違いがそれだけなので、魔獣の中にも食える奴と食えない奴、
凶暴なやつと大人しいやつが居る。
で、こいつがどれになるかと言うと…
「キュキーーーー!!」
凶暴で食える奴。
「どわっ!?」
メモを見ていた俺にいきなり襲い掛かってきた。
いや、こんな可愛い外見と大きさで凶暴だとは思わんかった。
なんとか避けられたが危うく転びそうになる。
いきなりの攻撃に顔が引き攣り、少し冷や汗をかいた。
何事も上辺で判断してはいけないという事だな。
まあ、魔獣としてはどこにでも居るし、小さい。強さも底辺。
正直大阪のオバチャンなら素手で倒せるレベル。
「キーーーッ!」
某黒いGと同じような扱いを受けて怒ったのか、連続してジャンプ。
攻撃を仕掛けてくるが、良く見ていれば避けられる。
成る程、相手を良く見てしっかり避ける。基本的だが大事な事だ。
「せいっ!」
じっくりと相手の軌道を読み、
持っていた剣をその軌道に合わせて振りぬくと、
抵抗はあったが意外とすんなり斬る事が出来た。
丁度首の所で真っ二つになっている。
初戦闘は最初こそ不覚を取ったが、一撃で仕留められた。上出来だろう。
動物を狩った事、戦闘での初勝利など色々思う事はあるが、
とりあえずは深呼吸して気を落ち着かせる。
「さて、持って帰るか…」
グロテスクな状況と血の匂いに顔を顰めるも、慣れるしかないので我慢する。
とりあえずその場で簡単に血抜きをし、カビン袋に入れて袋の口をピンで留める。
ピンというのは袋の口を止めるための、
所謂「洗濯ばさみ」とか「ジップロック」的なもの。
こういう小道具なんかも色々作られているあたり、人間はやっぱりたくましい。
「よし、次は川だな」
取り合えず冷蔵庫も動力源となる魔石(魔力を貯めた石)
の魔力が切れていただけだったので、魔力を込めて使えるようになった。
少しぐらい多めに狩っても冷凍しておけば日持ちするだろう。
動物は行き帰りに遭遇すれば捕まえればいい。
次は魚だ。
「お、川発見」
しばらく森を探索していると、綺麗な川を見つけた。
かなり綺麗だ。
川底まで良く見えるし、結構な数の川魚も泳いでいる。
アユのような魚も見えるし、中には大きいものも居る。
あれは食べ応えがありそうだ。
早くも狩りに慣れたのか内心舌なめずりをしながら川に入る。
ズボンは捲くろうか脱ごうか悩んだが、捲くる事にした。
こっちの方がそれっぽい気がして。
「…そいやっ!」
気合一発手を差し込むが、もう遠くへ行っていた。
タイミングが不味かったかと少し早めに突っ込むと、避けられた。
これは難しい。
「えー、何々?魚を取るコツは、魚の進行方向を読み、
足の動きで誘導し、タイミングよく掴むこと、か」
こういうメモが結構あちこちにある辺り、
あの家の持ち主は忘れっぽかったのかも知れない。
もしくは几帳面なのか。
「こういうのは焦ると失敗するんだよな」
という根拠の無い自論を展開しつつ、
心を落ち着かせしっかりと水面を見る。
魚は川の流れに沿っているのだから、足を開いて水の流れを作り、
そこを魚が通り過ぎるようにする。
あとはタイミングを合わせて、胴体の中心やや後ろを狙って…
「よっ!っと!捕った!」
よし、上手く行った。
その後何回か練習し、ある程度の確立で捕れるようになったので、
必要な分だけ残して川に返す。
俺もこの世界の住人なんだ。自然は大切にしないと。
無駄はいけない。それに魚は冷凍より新鮮な方が美味いし。
「よし、そろそろ帰るか」
当初予期していたような強力な魔獣とのエンカウントは無く、
血の匂いにつられてやってくるカルーを2匹ほど狩り、
十分な成果にホクホク顔で家へと帰還した。
狩り自体は割と楽に成功したが、流石に慣れない事をするのは疲れた。
集中して相手の動きを読むというのがこれ程難しいとは。
これはいい練習になるかもしれん。
才能があるんだし、続ければ見切りでも覚えるかもしれんし、そうなれば戦闘でも役に立つ。
なるほど、しばらくはサバイバル生活をするのもいいかもな。
これはいい訓練になる。
いずれはもっと本格的なサバイバルをしなければいけなくなるだろうし、
ここに居るうちに慣れておくのもいいだろう。
「とにかく、今日は疲れた…」
俺は狩って来た獲物を冷蔵庫に入れ、
二階の自室に上がってベッドに潜り込む。
そのまま夜まで寝て体力を回復。
起きてすぐ獲物を捌いて調理し、昼食兼夕食(朝食は地球で食った)を頂く。
その後は書庫で本を読み漁り、外で一汗流してから風呂に入り、そのまま就寝。
しばらくはそんな生活が続いた。
いや、正直嘗めていた。
初日からこんなに苦労するとは。先が思いやられるが、頑張ろう。
探求者は、まだ嘗めていた。
更新が遅くてすいません。
作者がキャンプとかの経験が無いので、
サバイバルの内容はかなり雑です。
よく知っている人からは「なんだそりゃ」と思われるかも知れませんが、
まあ主人公の才能のおかげ、とでも納得していただければ。
質問等も受け付けていますので、感想かメッセージでどうぞ。
それでは、また次回。