第十八話 旅路
さて、馬車に乗った俺達は一路王都を目指す。
アルフとレルフには即席の認識阻害刻印を施した首輪を与えておいた。
これで一般人相手なら普通の狼に見えるだろう。
流石に幻想種に詳しい者や魔術への耐性が高い者には利かないだろうが。
ちなみに術式はアリシアのブローチを基に改造した。
おかげで慣れない術式にしては上手く出来たと思う。
そして、今俺達が乗っている馬車。
貴族用の椅子が付いた小さい馬車ではなく、
物を入れたり雑魚寝出来るような大きな馬車だ。
見た目木造だが、木|鋼鉄|断熱材|特殊素材|木、という四層構造。
壁の厚さは50cmほどで、特殊素材には魔術刻印による保護も施してある。
下級魔法程度ではびくともしない造りだ。
壁には折り畳まれた衝立が備え付けてあり、
伸ばして反対の壁まで広げれば馬車の中を二つに分けられる。
これにより、男女のスペースを分けられるようにしてある。
魔術により防音効果もある。魔法は万能だな。
入り口は車体の右側に二つ付いており、
車体前方側から女性側スペースに、車体後方側から男性側スペースに入れる。
ちなみに、女性側の方が倍ほど広い。
男はスペースあっても使い道が無いので別にいいだろう。
大きな荷物は影に仕舞えるので、
中は生活に必要なものが少し置いてあるのみ。
どのみち移動用なのだから、あまり立派にしてもしょうがない。
あと、乗り心地はかなりいい。
サスペンションと衝撃緩衝術式の二つのおかげで揺れが殆ど無いのだ。
これにはみんなも驚いていた。
この世界にはサスペンションが無い。
いや、一応あるにはあるんだが申し訳程度だ。
衝撃緩衝術式があるので、そもそもサスペンションを使うという発想が無い。
やはり、発想というか常識の壁、というのはどの世界でもあるものだ。
それを半ば無視できる俺だからこそ、真理に近づけると思う。
…最近なんでもかんでも真理に結び付けてる気がするなあ。
まあ、父から継いだ俺の夢だ。仕方無いといえば仕方無いか。
「それで、しばらくは移動になるのか?」
暇そうにしていたおっさんが聞いてくる。
今は衝立は畳んであるので女性陣にも聞こえている。
少し考えてみるが、ここから首都までは遠い。
赤道から北海道まで上がるのだ。かなりの時間がかかる。
途中の街で補給を行いつつ、資金稼ぎをしようか。
一応資金は貯まっているが、王都に着く頃には確実に底をつく。
まあどうにかなるだろう。こっちには物凄い運の持ち主も居るし。
「わふぅっ!(えいっ)」
アルフの声(驚いた事に判別まで出来た)が聞こえた。
おそらく近寄ってきた雑魚(幻想種から見て)をこんがり焼いたのだろう。
気合入れて燃やしたみたいだから、でかい相手だったのかも知れない。
「…わらわ達の出番が無いのう。ええ事じゃが」
リアが若干つまらなそうに呟いているが、仕方が無いだろう。
こんなとこに幻想種と渡り合えるようなやつが居たら国を挙げた騒ぎになる。
少なくともこの地方一帯に非常事態宣言のようなものが出てもおかしくは無い。
そんな訳で、寄って来る雑魚は彼女達によってステーキにされている。
討伐証明部位や武器・魔術の材料になるような物を回収すれば金になるのだが、
面倒なのでしていない。
どうせ街道に出るような雑魚なら大した金にはならない。
「とりあえず街に着いたらギルドの転移管理科に登録しておかないとな」
ギルドの支部には転移管理科というのがある。
街同士の移動ならギルドの転移魔法陣を使わせてもらえばいいのだが、
旅先から転移魔法で街に行く場合、
転移先にも座標の盛り込まれた大規模な転移魔法陣をセットする必要がある。
これの代わりに、予めギルド支部に用意された汎用魔法陣を術式に登録する事で、
わざわざ術式やそれを設置する場所を用意しなくて済むのだ。
つまり、片道で一日程度の距離なら、転移で帰れば日帰り出来てしまう。
リアの影にベッド等も仕舞ってあるから、外ではこれを使えばいい。
馬車内でベッドというのも微妙にシュールな気もするが。
「旅をしながら夜は暖かいベッドで寝れるというのはどういう事なんじゃろうな」
リアの言葉に皆が苦笑を浮かべる。
確かに嬉しい事ではあるが、旅もへったくれも無い気もする。
食事も道具が揃っているのでちゃんとした物が食べられる。火や水は魔法がある。
食材も影に入れておけば腐らないからなあ。冷凍庫のようなものだ。
まあ、流石に大人数を転移させるのはかなり疲れるので、あまり頻繁にも使えないが。
ゲームなどでは魔力さえあれば魔法はいくらでも使えるが、
現実では体力、精神力、脳への負担など色々制限が付き纏うものだ。
優先的に術式の改善をして行こう。
「それじゃ、俺は研究を始める」
それだけ言って、馬車の隅に机を出し、
ゲートの術式が書かれた魔導書やボールペンなどを並べる。
この世界の魔導書というのは、無ければ魔法が使えない、というものではない。
魔力とイメージさえあれば一応は使える。
しかしそれには多大な才能や魔力、労力が必要だし、効率も悪い。
そこで、魔法を発動しやすくするために、術式や杖を用意するのだ。
杖は魔力を増幅し、魔法を安定させる役割を持つ。
かなり強力な杖なら、下級魔術が中級程度の威力を持つほどになる。
生産方法が特殊で、レベルの高いものは量産が利かないのがネックか。
そして、詠唱というのがイメージを補助するためのもの。
例えば炎を出す魔法を使う時、頭の中だけで炎をイメージするより、
実際に「炎よ、燃え上がれ」などといった言葉を加えた方がイメージはしやすい。
言霊によって発動を安定させるという意味もある。
魔法というのは魔力を使って自然現象に干渉するものだ。
例えば光の魔法なら、太陽光などの周囲にある光に干渉する。
この時の干渉の仕方や注がれた魔力によって術の威力が変わるのだ。
決して、何も無い所から生まれる訳ではない。
例え光子を消し去った闇の空間を用意しても、その空間の外にある光に干渉すればいい。
光の魔法を使わせないためには、この世から光を消し去るしかない。
逆に言えば、自然に存在するだけの自然現象では、魔力によって補強された術は破れない。
魔法の氷をただのお湯で溶かしづらいのはそういう事だ。
リアの精霊術の場合は多少毛色が違うが、似たようなものだ。
リアの場合闇自体が体の一部なので自由に操れるのだが、
人に危害を加えたり何らかの効果を発動しようと思えば、
魔力による補強、強化、変化を行う必要がある。
基本的に体の一部を動かすにも関わらず、魔力がどうたら言われるのはこのためだ。
あと、始動キーというものがある。
テクマクマヤコンとかいうアレだ。
あれは設定し詠唱する事で、頭の中で魔法を発動するためのスイッチを入れるもの。
ようは、始動キー詠唱後は余計な雑念が入りにくくなる。
魔法初心者や得意でない者はこれを使う事も多い。
慣れれば必要無いが。
最後に、術式。
魔法とは科学でいう数式のようなもの。
魔法を発動するための公式が、術式である。
その公式に数値、つまり魔術言語やルーン、魔術的意味を含んだものなどを代入する事で、
解、つまり魔法が発動する。
代入するものはその魔法の発動に必要な情報。
例えば、ゲートの魔法なら入り口と出口の空間座標など。
それらの情報さえ入れればいいように用意された公式。
それが、魔術術式である。
そしてそれらを書き留めたのが、魔導書だ。
勿論、ちゃんとした術式があるほうが発動は容易。
公式知らずに計算する場合と、公式を知って計算する場合。
後者の方が楽に決まっている。
で、数学でも公式は常に改良されていくように、
魔法の術式も常に改良が必要。
勿論足し算引き算のように簡単なものや、よく使われるものは研究され尽くしている。
あとは自分に合った術式に調整するぐらいのものだろう。
だが、ゲートの魔法は前例が無い。
つまり、術式も自分で0から組まなければいけない。
いくら才能と知識があっても、こればっかりは簡単には行かない。
ひたすら、研究あるのみ。
暫くは魔法の研究と研鑽に時間を費やそう。
そんな事を頭の隅で考えながら、
俺はひたすらペンを動かす。
既に書いてある術式の一部を指でなぞって錬金で消し、
そこにまた違う術式を書き加える。
各所の修正が終われば魔力を軽く通して淀みや途切れが無いかテスト。
そしてまた修正。
ひたすらそれを繰り返す。
無心に作業をしていると、どんどん楽しくなってくる。
未知の技術に触れ、しかも面白いようにそれを吸収していく自分がいる。
次々とアイディアを浮かべてはテストし、また修正。
未知の技術を自分のものとし、それを研究、改良していく。
本当に楽しい。こういう時、やはり俺は根っからの研究者なんだと再確認する。
「一心不乱、ですわね」
アリシアが俺の様子を見てあらあら、というように呟いた。
レイアが感心したように頷く。
リアも流石じゃのなどと言っている。
おっさんはちょっと覗いて頭が痛くなったようだ。
「俺も別に馬鹿って訳じゃないと思うんだがなぁ…」
おっさんがそう呟いて額に手を当てている。
流石に普通の人が見れば頭が痛くなるか。
それに俺の書く術式は俺特製だ。
あらゆる図形、数字、アルファベット、漢字、カタカナ、ひらがな、
ドイツ語、フランス語、イタリア語、ハングル、象形文字、ギリシャ文字、
ルーン、こちらの世界の魔術言語、各国の言語。
もの凄い種類の言語、記号を使って複雑に組まれている。
魔法陣一つでも、込められた情報量は同サイズの魔法陣の数十倍〜百数十倍を誇るだろう。
そんな量の情報を、ガリガリと物凄いペースで常に書き換え続けているのだ。
逆に簡単に理解されたらこっちが傷つく。
「アレはもはや人の業ではないじゃろうな」
俺の世界の技術からすれば大した事は無いんだけどなあ。
人が一度に処理出来る情報量は限界があるし。
まあ速度は相当な物だとは思うが。それでもまだ足りない。
特に新型錬金術に必要な処理能力は半端じゃない。
今のままでは幾ら術式を改善しても、単純な金属物質の生成以外は不可能だろう。
やはりコンピュータの作成は必須だな。
どうせなら量子コンピュータを造りたいが…
この世界の技術では無理があるか?
いや、部品などは錬金を使えば精密に作れるし…
いやいや待て、どうせなら魔法と科学を融合させたコンピュータを…
「完全に自分の世界に入っているな。暫くは帰ってこないだろう」
レイアの意見に同意した四人は、それぞれ思い思いに行動する。
「〜♪」
小さく鼻唄を歌いながら斧を手入れするバルド。
大事にしている斧の手入れは彼の日課らしく、
夕が渡した斧も大事に使っているようだ。
夕本人は錬金出来るので雑でも構わないと言ったのだが、
貰った物を大事にするのは心構えの問題だ、
と言ったバルドの言葉にちょっと感動した事もあった。
「………」
レイアも剣の手入れをしている。
しかしこちらは無言。精神を落ち着け、集中して手入れしている。
本人曰く、精神統一も兼ねているそうだ。武士のようである。
専属騎士のための剣は、完全な特注品。
それを任命の儀の際、王族から直接渡されるのだ。
アリシアを守ると決めた時、アリシアから戴いた剣。
だからこそ、彼女はとても大事にしている。
守るために磨かれた剣には彼女の誇りが込められているのだろう。
「別に、ユウと仲良くするのは構わんぞ?ちゃんと話し合ってあるからの」
「そう、なのですか?ふふふ、なら、期待しても、いいのでしょうか」
「あやつの目は好意的じゃったし、
どうやらストライクゾーンはかなり広いようじゃからの」
全く、あの天然女たらしめ。
などとユウが聞けば心外だと言うような会話をしているのは、リアとアリシア。
四人の中でも博識な二人は、色々と話が合うようだ。
アリシアが精霊との語らいに慣れているというのもあるだろう。
おっとりした口調は話していて心安らぐとも言える。
そういった口調やその能力などもあり、癒しの姫君などと呼ばれる事もあるそうな。
リアもアリシアの人柄は気に入っているようで、よく話しかけている。
…ただ、今リアが話しているのはある意味とんでもない内容だが。
「ふむ。………(ガリガリガリ)」
そして我等が夕は楽しげな様子で一心にペンを動かしている。
リア達の話題に気づいていない辺り、
周りの情報は完全にシャットアウトしているようだ。
「わふっ♪(風邪が気持ちいいね〜)」
「くぅ〜♪(私達が居たとこより暖かいね〜)」
馬車を割りと速めの速度で引っ張っている二匹は、
気持ちよさそうに鳴いている。
馬車を引く程度、この二匹にとっては朝飯前のようだ。
主人と会話出来ないのが少々不満なようだが。
こういった光景が、このパーティーの日常のようだ。
何にせよ、今日も今日とて平和な夕一行。
暫くは暢気な旅が続きそうだ。
探求者は、旅路を往く。
感想にあったので、この世界の魔法の解説も兼ねて書いてみました。
まだ説明不足な部分があるかも知れませんが…
要するに、太陽の光も含めて、周囲の光ちゃんと使ってたよ、という事です。
まあ、ある意味魔力の問題ですね。性質を強めるのは魔力ですから。
しかし、やはり自分では伝わってると思っても、
上手く伝えれてない事があるもんですねえ。
これでも気を付けてるんですけど。
これからも、何か気になった事がありましたどんどんお聞きください。
それでは、また次回、お会いしましょう。