第十五話 錬金術
「おーい、ユウ!準備出来たぞ!」
公園でリアを愛でながら待っていると、
おっさんの声が聞こえてくる。
準備を終えた皆が合流してきた。
「それで、これからどうするんだ?」
代表してレイアが聞いてくる。
最近俺以外のメンバーでのリーダーがレイアになりつつある。
代表して意見を言ったり対応を行う事が多いだけだが。
年長組みであるリアやおっさんは、任せるといわんばかりに聞き役に徹している。
アリシアもレイアを信用して任せているらしく、
打ち合わせは大概俺とレイアで話し合い、
そこに他の三人が意見を言う、という形で落ち着いている。
「とりあえずは、二人の目的に合わせて動こうと思う」
研究するなら落ち着いた場所がいいが、それは後回し。
俺とリアはいくらでも時間があるし、
おっさんは任せると言ってくれている。
…考えるのが面倒とかじゃないよな?信じるぞ?
ゴホン。
二人は見聞を広めるのが目的だ。
旅を始めて三ヶ月は経っているが、
最初の一ヶ月は旅に慣れるため、
次の一ヶ月は当面の活動資金を稼ぐために動いていたらしく、
王都周辺からここクレイア周辺への、
狭い範囲しか行っていないらしい。
というか、これから本格的に回るつもりだったそうだ。
正直研究は俺の頭さえあれば何処でも出来る。
ゲートか転移魔法さえ使えるようになれば家には何時でも帰れるしな。
二人の目的地へ俺達が同行する形になる。
ルートとしては、三つ。
一つ、ここから東へ向かい、まずは国内を回る。
二つ、ここから東へ向かい、山脈を越えてゲルム帝国を目指す。
三つ、ここから南へ向かい、アンバス王国を目指す。
まず二つめは、あまり現実的では無い。
なにせゲルムへ行こうと思えば、山脈を越えなければいけない。
勿論街道も通っているが、険しい道のりになるのは確実だ。
旅慣れしているのがおっさん一人の状況では、少し荷が重い。
個々の能力は高いので行けない事は無いが、
何も今無理にゲルムを目指す必要は無いだろう。
この意見には他の皆も賛同し、ゲルム行きは却下された。
で、同じ国境越えでもアンバスは幾らか楽だ。
途中山岳地帯や森、国境のガルディア河など障害は多いが、
それは他のルートも同じ。
街道がちゃんと通っているので大丈夫だろう。
問題があるとすれば、国内の見聞が不十分な状態で他国へ行くのか、というものだ。
俺がそれを指摘すると、皆も確かにと賛同してくれた。
やはりまずは国内の民の暮らしを実際に見て、
自分の国の現状をよく知ってからの方がいいだろう。
他国との比較で優れている部分、劣っている部分、
単純な優劣ではない違いなどを知る事も出来る。
そう考えれば、国内をまず回るのもいいだろう。
長期に亘って俺達と共に旅をするなら、
一度王都に戻って報告しておくのもアリだ。
俺も国内の図書館や王都の王立中央図書館の蔵書に対する興味もある。
旅慣れしていないのが殆どな訳だし、
勝手知ったる自国内で、基盤を整えながら主要都市を回るのもいいかも知れない。
俺が状況や意見を纏めると、
皆も国内を回る事に賛同してくれた。
というかこのメンバー、反対意見が殆ど出ないんだが。
「それはユウの判断がしっかりしておるからじゃ。反対の余地が無いんじゃよ」
何故か自分が誇らしそうに言うリア。
まあパーティーのブレーン(自称)だし、
そう言って貰えるのはありがたい。
…というか、このメンバーだと俺の才能が霞む霞む。
前衛最強のおっさんに後衛最強のリアに高機動を誇るレイアにサポート無双のアリシア。
…正直、戦闘では俺要らん子。
事実図書館に引きこもってたし。
戦闘技術も上げないとなあ。暫くは俺一人でやってみるか。
「それで、移動手段はどうする?」
再びレイアが代表して問いかけてくる。
ふむ。今回目指す場所は王都。
俺が行った事のある場所ならゲートが使えるが、
クレイアと家のある森ぐらいしか行った事が無いので無理。
それに、旅に慣れるためにも、経験値を稼ぐためにも、
通常の手段で移動した方がいいだろう。
その方がゲートを開ける範囲も増える。
まあ、そもそもゲートはまだ拳大の物がギリギリ開けるかどうか、というレベルだ。
流石にここに居る全員を運ぶのは不可能だろう。
何より、そんなに急ぐ旅でも無い。
そんなわけで選択肢は四つ。
徒歩か、馬車か、船か、その他か。
まず、船だが、今回目指す王都は確かに海に近いといえば近い。
それでも海に面しているわけではなく、内陸に位置する。
船で移動するとなれば金もかかるし、
冒険者として旅するなら徒歩や馬車の方がいいだろう。
急ぎでもなければわざわざ海路を使う必要性は低い。
この意見には皆も賛同してくれた。
次に、その他。
つまり、竜とかグリフォンとか、
背に乗れるような魔獣等を使った、空路。
もしくは、馬車を使わず直接馬等に騎乗するか。
一応、竜籠とかいうのもある。文字通り籠に乗って飛竜に運んで貰うのだ。
これらはファンタジーの醍醐味ではあるし、一度やってみたい。
が、これもわざわざ用意してまで使う必要性は無い。
それに個人なら兎も角、パーティーの移動には適さないだろう。
大きな竜とかなら5人ぐらい乗せられるだろうが、
大概は二人程度が限界である。
そういったものへの騎乗に慣れている者もこの中には居ない。
馬程度なら騎士であるレイアや、王女であるアリシアは慣れているが、
それなら馬車の方がいい。
という訳で、この案も今回は却下。
で、次が徒歩。
冒険者として行動するなら徒歩がいいだろうが、
それは狭い範囲での話。
俺達はこれから大陸の中間から北の端近くまで移動しなくてはならない。
この大陸は地球で言えば中国からオーストラリアぐらいまでの大きさがある。
太平洋にすっぽり収まるレベルだ。
赤道から北海道辺りまで北上するのをイメージして欲しい。
それだけの距離を徒歩で、というのはきつい。
途中山岳地帯もあるし、アリシアやレイアの体力の問題もある。
リアは精霊なので殆ど疲れないが。
というか長距離移動の時は浮いている。ホバーみたいなものだ。
そのため、この案も却下。
で、馬車。
これなら時間はかかるがそれなりのスピードで移動出来るし、楽。
空路ならすぐに着くが、
慣れない魔獣に乗って飛ぶよりも、こちらの方がよっぽど楽だろう。
野宿するにもテント代わりになるし、
頑丈なものなら襲われた時の盾にもなる。
というわけで、今回は馬車を使って移動する事にする。
問題は、どうやって馬や馬車を調達するか、だ。
長く使われてきた移動手段なだけあって、その種類は豊富。
馬ならば、ただの馬、調練した馬、小さい魔獣、大きい魔獣、
強力な力を持った魔獣など。
勿論後者ほど値も張る。
馬車なら、短距離用の移動専用馬車、長距離用の移動専用馬車、
行商などの使うある程度機能性のある馬車、冒険者向けの頑丈な馬車、
金持ちや権力者向けの頑丈かつ機能性の高い馬車、
さらには上位の馬車。
これも、後者ほど値が張る。
資金が限られる現状では大した物は買えない。
だが、そこは俺に案がある。
皆が馬車での移動に異論が無いのを確認し、
一旦街の外へと出る。
「ユウ、考えがあるのは分かっているが、どうするつもりなんだ?」
やはりアリシアの体力が心配なのか、レイアが聞いて来る。
まあ、ぶっつけ本番ではあるが大丈夫だろう。
理論も出来ている。
術式も試験段階だが完成。
俺の技量的にも不可能じゃない。
術自体は今まで何度も使ってきている。
今回使うのはそれを改良しただけ。危険も心配も無い。
それじゃ、行きますか。
まずは馬車だ。
「まあ見てろ」
―キュッ―
俺特製の魔法陣が描かれた手袋を、手に嵌める。
独特の摩擦音が鳴り、しっかりと手に馴染むのを確かめる。
体の奥底から魔力を引き出し、全身へと淀みなく巡らせる。
もう何度も行ってきた事だ。とうに"慣れ"ている。
予め用意していた1mほどの紙を地面に広げ、その上に立つ。
紙にも複雑な魔法陣や魔術文字が大量に書き込まれている。
数種類の魔法陣が重なり合い、書かれている字は数字、アルファベット、漢字。
そう、俺の世界の文字。
文字の表す意味さえ合っていれば、魔法陣に書く文字は何でもいい。
勿論、使う術式や現象に応じた文字を研究する必要があるが、そこは才能でカバー。
それに複数の言語からなる文字を使えば、それだけで情報量を増やせる。
A〜Zだけより、数字や漢字を足した方が、沢山の、そして複雑な意味を表せられる。
一つ一つの文字に意味があり。
一つ一つの文章に意味があり。
一つ一つの図形に意味があり。
一つ一つの図形と文字の組み合わせに意味があり。
それらが重なり合った図形にさらに意味があり。
そしてその無数の"意味"が影響し合い、更なる"意味"を生む。
複雑な魔法陣は、ただ一つの魔術を行使するために。
「…すぅ…はっ!」
―パンッ―
俺が両手のひらを叩き合わせて魔力を放出すると、
手袋の魔法陣が俺の魔力色である黒い魔力光を放つ。
そして同時に足元の魔法陣も黒く輝き、
3mほど前の地面にさらに魔法陣が描かれる。
俺の右手側にも魔法陣が。
足元の魔法陣で発動し、俺の右手側から材料を取り出して、
足元の魔法陣で処理、制御。
雷が迸るように黒い魔力が溢れ、
右手側の地面がどんどん削り取られていく。
そして今度は俺の前方の魔法陣が浮かび上がっている場所で、
黒い魔力が雷のように迸る。
バチバチという独特の音を鳴らし、
魔法陣の浮かんだ地面の上に、金属の塊が構築されていく。
バチバチと甲高い音を立てて放電しているのは、
原子内の電子の配列変換によって余剰した電子が大気中に放出されている為だ。
俺の額には汗が滲み、脳がフル回転で術を制御する。
必死に魔法を発動し続ける事数分。
俺の目の前には、大きな馬車が一台、生成されていた。
「…ふう」
一息ついて、後ろのみんなに振り返る。
すると、みんなは呆然と目の前の馬車を見つめていた。
それもそうだろう。俺は今確実に、この世界の"限界"を超えてみせたのだから。
「す、凄い!凄いぞこれは!」
「凄いのじゃ!ここまで見事な錬金は初めてじゃ!
それも法則を無視しておる!ユウは神へと至ったのか!?」
「な、何だって!?本当かユウ!?」
みんながきゃーきゃーと捲くし立てる。
アリシアは相変わらずのんびりしているが、
流石に目の前で起きた事には驚いているようだ。
いつも絶やさない笑みが途絶えている。
そう、俺が行ったのは、紛れも無い錬金。
しかし、それはこの世界のものとは少し毛色が違う。
基は、この世界の錬金術。
しかし、この世界の錬金では物質を作り変える事が出来ない。
金は金だし、鉄は鉄。炭素からダイアを作る事は出来るが、
そのためこの世界でのダイアの価値は低い。
金属としてはもろ過ぎるし。炭素繊維なんてものもこの世界には無い。
有毒ガス(一酸化炭素や二酸化炭素)を出す上自然にも良くない為、
この世界での炭への認識なんて、脆い、ぐらいだ。
これが、物質限界の法則。
前の世界風に言えば、原子だ。
つまり、この世界の錬金は原子を自由に制御、操作し、
物質の構造を作り変えるもの。
しかし、ここで俺は思った。
原子より小さい、電子や原子核は制御出来ないのか、と。
それが出来れば、それらの配列を変えてやれば、
まったく違う原子を作り出す事も可能なんじゃないか、と。
そして、結果から言えばそれは可能だった。
この世界では素粒子という概念が無い。
金は金という物質。鉄は鉄という物質。
それは原子の理論と同じ。
だから、錬金で原子を制御する事は出来る。
水などの化学反応物も、なんとか制御出来ていた。
この世界では単純な金属より水などの方が錬金が難しいとされている。
当然だ。金は確かに金という元素のみで出来ている。
だが、水は酸素と水素だ。
それを理解せずに無理矢理いじくっていたのだから、
難しくて当然なのである。
そんな世界では、勿論電子や陽子なんて概念は無い。
無いから、制御出来なかった。
知らないものを、イメージする事は出来なかったのである。
それは、無理矢理どうにか出来る範囲を超えていた。
しかし、俺には素粒子の概念がある。
原子核、中性子、ニュートリノ。その先の素粒子も多々発見されている。
勿論、物質を作り変えようと思えば、
元になる物質の構造、
作り出す物質の構造を理解している必要がある。
しかし、俺は量子コンピュータ、そして多次元論の研究者。
研究の過程で大概の元素の構造は覚えた。
簡単なものなら学校でも習う。
それらは、神によって一言一句まで記憶に定着してある。
つまり、
物質の構造への理解と、
物質の構造を操作する技術。
二つの世界の知識と技術を持ち寄る事で、
不可能だった事が可能となった。
万物の自由な生成。
まさに、神の領域。
俺は今、そこに一歩踏み出した。
科学と魔法。交わるはずの無かった二つを重ねる事で、
俺は真理を知り、神へと至る事が出来るのでは、と考えた。
そうして最初に挑戦したのが、錬金の根本からの改善だった。
勿論、まだまだ未完成。
膨大な情報を処理するために物凄い時間と精神力と魔力を必要とする。
才能によってかなり上がった俺の演算能力でも、
タイムラグや細かいミスが生じるほどだ。
術式が不完全だというのもある。
今使ったのはまだ試験的なもので、しかも使い捨て。
魔力を編みこんで魔術刻印として書き上げた魔法陣が、
一回の使用で消し飛んだ。
なにせ、原子を制御する魔法を、原子の構造から制御する魔法に変えるのだ。
全くの別物になると言っても過言ではなく、
それを成すにはまだまだ研究が足りない。
未だ神は遠いという事か。
みんなにも未完成だという事を伝えておく。
そうそう簡単に神に至るなんて不可能だし、
そんなに簡単なものならこんなに苦労はしない。
さて、皆には悪いが馬車の中で少し休ませてもらおう。
余りにも疲れた。脳とか精神とか魔力とか。
予想以上の消耗だ。
何時も使っている錬金の発展形だし、
慣れの才のおかげもあって大丈夫だろうと思っていたんだがな…
皆に断りを入れ、馬車に入って少し目を閉じる。
1時間ほど寝たら今度は馬を用意しないとなあ。
しんどくなるなあ、などと考えつつ、
疲れていた俺はすぐに眠りに就いた。
探求者は、万物を御する。
はい、という訳で技術チートな主人公の回でした。
もう少ししたら主人公の作った魔術の解説とかもしたいですね。
しかし、後から見返すと細かい誤字が多いですね。
勝手を勝ってと書いたり。誰に勝つんでしょうか。
それと、感想を下さった寝落ちさん、XXさん、有難う御座います。
主人公は果たして果てへと至れるのか。本人曰く「無理」らしいですけど。
リアはそのうち変化します。そのための伏線ですし。
まあすぐに幼女に戻しますけどね。(←ロリコン)
では、長くなりましたが今回はこの辺で。さようなら。