第十一話 愚者
俺達は今クレイアの街を散策している。
バルドさんに色々と説明して貰いながら、
露天巡りの真っ最中だ。
以下、道中の会話。
「ユウ!次はアレが食べたい!」
「お、美味そうだな」
「あれはムルック肉の串焼きだな。専用のタレを塗って焼くんだ。美味いぞ」
「焼き鳥みたいなもんか。お、変わった果物だな」
「ピピカの実か。この変じゃ珍しいな。南方の果物だ。甘くて美味いぞ」
「梨のような見た目でバナナに似た味か。うまうま」
「あ…」
「ん?お、綺麗な髪飾りだな。欲しいのか?」
「い、いや、高いしいいのじゃ」
「惚れた女にアクセサリーの一つぐらい買わせろって。オヤジ、これくれ」
「なっ!?ほ、惚れ…///」
「ほう。言うねえ。若いってのはいいな。あいよ、1000リラだ」
「ほい、1000リラ。これでよし、と。よく似合ってるぞ」
「そ、そうか?えへへ…///」
「ん?おう、タピオカじゃねえか。珍しいもん売ってるな」
「タピオカ?…絶対違うだろ。バナナだろこれ」
「バナナ?なんだそりゃ。とりあえず食ってみろ」
「むぐむぐ………リンゴ味?」
「この辺じゃ殆ど売ってないんだがな」
「ユウーーー!」
「はいはい、今行くよ」
………………
…………
……
なんか、色々とカルチャーショック。
ヤックデカル…げふんげふん。
あと、リアの機嫌がいい。俺も嬉しい。
それを見ておっさんがニコニコしてる。
これがこのパーティーの日常になるのかな。
旅っていいなあ。
その他気になる点と言えば…周りの視線かねえ…
そりゃあだって絶世の美少女だもんなあ、リア。
ナンパが来る度にリアが怒気を放つため恐々としている。
流石に天下の往来で殺人事件というか一般人消失事件は不味いぞ。
「魔法関連や図書館は時間かかるから後にするとして、武器屋にでも行くか?」
おっさんがこの後の予定を聞いてくる。
ふむ…どういう武器があるのかはおっさんに聞くか図書館に行けばいいし…
あとは錬金で作れるんだよな…
「いや、武器屋はいい。金勿体無い。
やっぱり図書館に行ってみるよ。おっさんはどうする?」
いや、何かおっさんに読書って似合わない気がして。
武器屋巡りでもするのかと。
「俺も行こう。武器や戦闘関連の本なら補足も出来る」
なんという万能オヤジ。
次の目的地を図書館に定めた俺達は、町の中心街へと向かって歩き出す。
少し歩くと公園が見えてきた。大きな噴水のある公園だ。
丁度噴水が街の中心になる。
自然も沢山残っており、春になれば花見も出来るかもな。
ビルが立ち並ぶ地球の現代都市よりも、
こういう町並みの方が俺は好きだな。
あの神じゃないが、命の輝きがある。
人も結構居るし、カップルも見受けられる。
…後でリアとデートしてみたいな、うん。
公園の外周部を歩いていると、図書館が見えてきた。
かなりの規模で、蔵書も多い。
読書スペースも広く取ってあるらしく、
館内でなら一部を除き自由に読む事が出来る。
とりあえず目的の書物を探すため、無数の本棚へと歩き出した。
………………
…………
……
「「………」」
「ふむ…これとこれとこれは使えるな。これはヒントになる。この本ははずれか」
現在図書館。
正確にはそこの読書スペース。
机の上には様々な本が積み上げられている。
今俺は、図書館中の目ぼしい本を片っ端から取って来て読んでいる。
今32冊目。
ペラペラと紙が捲れる音が響く。秒速5枚ほどで。
ふと気が付いて顔を上げると、リアとおっさんがポカンとした顔で俺を見ていた。
「ん?どうかした?」
読書のためにずらした眼鏡を持ち上げながら聞く。
度が合ってないな…視力も上がってる…というか回復してる。
後で練成し直すか。
「いや、ユウ、お主それで読めておるのか?」
ん?普通に読めてるけど?
ああ、そう言えばリアの前でも読書するのは初めてか。
よく考えりゃまだ出会って1週間ちょっとなんだよなあ。
「悪い、流石にそのペースじゃ補足できねえ…」
「あ、いや、後で質問に答えてくれればいいから」
幾らなんでも俺のペースについて来れるとは思っていない。
だって読書にかんするあらゆる才能片っ端から上げまくってこれなんだから。
追いつかれたら戦慄するわ。
兎に角既存の魔法、術式の組み方や意味、錬金術の理論、精霊魔法の諸々、
武術の種類、各武術の技法、入門書、武器の種類、扱い、
この世界の常識、使われている技術、機械工学のレベル、
料理のレシピ本、豪商の書いた自伝、有名な文学作品、
ありとあらゆる本を読みまくり、100冊を超えた頃には日が暮れていた。
途中、暇じゃないか?街を見て来たら?と言うと二人は出て行った。
その二人が帰ってきて、肩を叩かれた事でようやく意識が現実に戻る。
「っと、もうこんな時間か。悪いな、没頭して」
「い、いや、構わん。…改めてお主の才能は凄いな…」
引き攣った表情でリアが呟くが、何を今更だ。
おっさんは俺が読み終わった本のタワーを見て冷や汗をかいている。
まあ地球に居た頃から読書スピードは速かったからなあ。
今日の宿を見つけてきたらしいので、そこに行く事にする。
………………
…………
……
「いらっしゃーい」
気のよさそうな30中ごろと思われる女性の、
大きな声が響く。どうやらこの宿の女将らしい。
この宿も綺麗な宿で、木の質感は心を癒してくれる。
部屋は二部屋。なぜか俺とリアが同室。おっさんの陰謀を感じる。
とりあえず10日分の宿泊費を支払ったらしい。
1泊二食付き460リラ。10日×二部屋で9200リラ。
10日以上の長期滞在は割引して貰えるらしく、1割引きの8280リラ。
この世界のこのレベルの宿で一泊二食なら500リラが相場なので、かなり良心的と言える。
一階が食堂兼酒場となっており、二階に部屋がある。
二回に上がった俺達はとりあえず俺とリアの部屋に集まって色々と互いの事を話す。
おっさんはここから東の方、アルク王国の中心より少し東よりの山岳地帯、
そこの麓にある集落の出身なんだそうだ。
冒険者となって各地を旅しながら生活資金を稼ぎ、
割りのいい依頼を求めて大きい街を転々としていた。
もう少しでクレイアの街、という所であの盗賊団に襲われたらしい。
一人一人は弱かったのだが、
数の暴力と卑怯な手口でフルボッコにされたらしい。
特に魔法に対する耐性が皆無だったおっさんは、
動きを止められて魔法連射でボッコ。
気絶している隙に服以外全部取られたらしい。
ご愁傷様としか言いようが無い。
俺達も互いの身の上を話す。
悩んだが、俺の目的にも関わって来るし、
おっさんになら話しても問題無いだろうと判断。
神のことやら何やらを全て話した。
おっさんは流石に驚いたようだったが、
その直後に言ったのが、
「やっぱりユウは凄い奴だったんだな。神様候補と旅が出来るなんて自慢出来るぜ!」
と豪快に笑って見せた。
本当にいい人だ。
ともすれば頭の病院を紹介されそうな話を、あっさり信じてくれた。
おっさん曰く、「これでも長く生きてんだ。そんな大層な話、嘘だったらすぐ分かる」
だそうで。まあねえ。
本当の事しか言ってないんだし、これで信じてもらえなきゃどうしようも無い。
まあ、既に色々と見せているから、というのもあるかも知れないが。
異常な才能とか手帳とかリアとか。
「それで、これからどうするんだ?」
おっさんに当初の目的を話す。
とりあえず必要な物は今日街を見ながら買い込んだ。
宿代と合わせてあれだけあった金が、おっさんの分まですっからかんになるぐらい。
あとは当面の必要な金をギルドで稼いで、
俺が図書館の本を全部頭に叩き込むだけだ。
「…は?全部?」
「記憶の才のおかげで殆ど忘れるって事が無いしな。まだまだ伸びるし」
それを聞いたおっさんが明後日の方向を見ながら黄昏出した。
「俺なんて本一冊読むのに3日はかかるのに」とか呟いてる。
とりあえず面倒なので無視する事にする。
問題はどれぐらいの時間がかかるかなんだが…
「金はわらわとバルドで稼ごう。お主はひたすら本を読めばよい」
とリアが頼もしい事を言ってくれたので甘える事にする。
曰く、そうでもしないと暇なんだそうだ。
そりゃそうか。
「お主は様々な才能を持っておるが、一番の武器はその頭脳だと思っておる」
真剣な様子で言葉を口にするリア。
神の力など無しに、真理を目指し、
曲りなりにも神に辿り着いた頭脳。
それが神の力によってさらに伸びている。
ならば、それをひたすら研鑽するのが俺のすべき事だ、とリアは言ってくれた。
当面の行動が決まったので、今日はもう寝よう。流石に疲れた。
人殺しとか人殺しとか人殺しとか。
…いずれ経験する事だと思って思い切ったが、
やはり直ぐに慣れるというのは無理があるようだ。
自分で思っている以上に影響を受けている。
一人でこれだ。盗賊全員手に掛けなくてよかった。
いや、一人の人を殺しておいてそんな考えが浮かぶあたり、
どこか壊れているのかも知れない。あるいは壊れてしまったのか。
「…ユウ、バルドなら部屋に戻った。恐らく気付いているだろうがな」
…やっぱり二人に隠すのは無理か。
流石に過ごした年月が違う。
俺のような穴だらけのポーカーフェイスなど、見破っているようだ。
本を読むのに没頭したのも結局は誤魔化すため。
人と話して弱さが露見するのを恐れたため。
だけど、二人には俺のそんな弱さは筒抜けだったらしい。
次第に、顔が歪む。
「泣いても構わん。喚いても構わん。ただただ落ち込むのもよいじゃろう。
…ユウの闇は、わらわの闇が包んでやる」
慈愛に満ちた表情で諭してくれるリア。
彼女の優しい言葉のおかげで、ささくれだった心が少しだけ落ち着いた。
―――ありがとう。
一言呟いて、二つあるベッドの一つへと寝転がる。
腕で目を覆い、瞼を閉じる。
壊れる?上等じゃないか。神を目指した時点で、俺はもう狂っている。
人の身で神を目指した愚か者だ。
愚者は愚者らしく、踊ってみせる。
いつか、神に届くまで。
「ユウ。愛しいユウ。わらわはお主の傍におる」
唇に柔らかく暖かい感触を感じた瞬間、
目から熱いものが零れた。
探求者は、愚かに踊る。
宿屋の値段が安すぎる気がしないでもないです。
そして早速主人公の才能発揮。
しかし人を殺したショックは受け切れなかったようですね。
最後の方がクサかった感がありますが、
こういう話はクサくてなんぼだと思うので。
それでは、今回はこの辺で。また次回お会いしましょう。