第十話 盗賊団
さて、俺達一行(俺、リア、おっさん。子分は置いてきた)は現在、盗賊団のアジトの前に居る。
クレイアの北西の山岳地帯。
森が鬱蒼と生い茂り、あちこちに天然の洞窟がある。
確かに隠れ家にはもって来いだ。
「ここが奴らのアジトだ」
何の変哲の無い岩場だが、巧妙に隠された入り口があるらしい。
成る程、これだけ周りに洞窟があれば人はまずそこを調べる。
そしてひたすら歩き回って全部ハズレとなれば、
こんな目立たない入り口など気にも留めずスルーしてしまうだろう。
"ここには無い"という先入観が入ってしまうわけだ。
やはり人の心理に精通しているというのは事実らしい。
「盗賊なんて大概は顔を隠してる。街では素でぶらついてたって捕まりゃしねえ」
まあ自分の隣を堂々と歩いてる人が盗賊だ、
なんて思う人間は居ないだろう。居たら疑心暗鬼のレベルだ。
アジトさえ隠して普段は街で生活してれば生活感も消す事が出来る。
活動時だけ集まればいいのだから出入りしている所を見られる危険も少ない。
上手い事やっているものだ。
「さて、見張りは恐らく岩戸の内側だ。魔法による探知もあるだろ。どうする?」
ニヤ、っと口角を上げ、お手並み拝見とばかりに聞いてくるおっさん。
まあ、魔法は俺がどうにでも出来る。
当初の予定通りでもいいんだが…
「おっさん、人質とか、傷つけられたら困るようなものはあるか?」
「いや、宝石類以外ねえよ」
成る程、それなら多少暴れても大丈夫だな。
見張りなら人数も少ないだろう。
魔法で連絡を妨害し、素早く倒す。
これで行こう。
「分かったのじゃ。まずはユウじゃな」
リアが信頼に満ちた顔で言う。一応初の対人戦なんだが…まあ大丈夫だろう。
俺の魔法、戦闘技術がどれ程有効なのか、ここで試させてもらう。
まずは、自前の魔導書を収納魔法から取り出して、『ジャミング』の魔法を発動。
探知や魔法による通信の妨害に特化した魔法だ。
収納魔法は容量に限りがあるが、魔導書と武器ぐらいなら収納出来る。
それ以外の物品はリア任せ。
「さて、行くぞ!」
………………
…………
……
結論から言おう。拍子抜けした。
いや、俺はまともな戦闘は初めてだったし、最初こそ立ち回りに苦労した。
が、そこは異常な才能がある。
トントンと戦闘レベルは上がり、軽く倒せるようになった。
ある程度コツが掴めたので殲滅を優先し始めたら早かった。
エンカウントすれば俺とリアの魔法で見敵必殺。
いや、殺してはいないが、魔法で拘束してある。
リアの闇の精霊術による拘束だ。
その道の専門家でも解除には三日はかかると言っていた。
倒した連中は拘束したままリアの影にぶち込む。便利だなあ。
途中で見つけた財宝も片っ端からリアの影にぶち込む。あとで選定しよう。
魔術師が数人居たが、リアが射抜くか俺が接近して斬るか、
どちらが早いかで競争する事になったので的になってもらった。
そして、恐らくRPGで言えば序盤のボスであろう、盗賊団頭領とエンカウント。
…5秒で終わった。
部屋に入って早々に相手が奇襲をかけて来た。
躊躇する暇も無く、動物相手の時のように反射的に剣を一閃。これで終わり。
ジメジメした暗い洞窟に響く『ゴトリ』という鈍い音と、撒き散らされる鮮血。
松明に照らされる床には男の首が転がっていて、
自分が斬られた事に気付いていないような表情をしていた。
あまりにあっけない幕切れに、初めて人を殺した感覚を感じる暇も無かった。
正直、ありがたいようなそうでないような。
人では無いが動物を狩り続けていたため、殺すという行為に慣れていたのかも知れない。
この時ばかりは己の才能に感謝した。正確には慣れる才に。
「俺が苦労してたのは一体…」
おっさんが心底呆れた表情で呟く。
依頼ではCランクとなっていたが、
アジトの見つけ難さと集団である事を考慮したCだったらしく、
強さで言えばD、下手をすればE相当の力しか無かった。
こちとら魔法に関してはかなりの物がある。
俺の総合魔法攻撃はB-。リアに至ってはS。
正直これで勝てないほうがどうかしている。
つまり、色々小細工して逃れていたのは、
弱さが露呈して即潰されるのを防ぐため、という事だった。
まあ情報があったとはいえ、これで15000リラは破格の報酬だ。
で、今回一番驚いた事。
―数分前―
「そらあああああああああ!」
おっさんが途中で俺が渡した斧を一閃すると、
十数人の盗賊が細切れに吹っ飛んでいく。
この人、物凄い怪力だ。
強い。単純に強い。
何でそんなに強いのに金が無いのかと聞けば、
この盗賊団に束でかかられて身包み剥がされたらしい。
ギルドカードもパクられたが金が無く再発行出来ず。
で、クレイアであの四人に拾われ、恩返しも兼ねて強盗稼業に精を出し。
明日の食費を頑張って稼いでいたんだそうだ。
路頭に迷った原因はこいつらか。道理でこの盗賊団に拘る訳だ。
「あった!あったぞ!」
父の形見である斧を取られたのが一番我慢ならなかったらしく、
それを取り返すという目的もあったらしい。
見せて貰ったが、成る程かなり上質の斧だ。
その上損傷防止の魔法がかかっており、
ちょっとやそっと乱暴に扱った程度では欠けもしない。
おっさんの怪力にぴったりの斧だな。
先ほどの斧もあげた。錬金で作ったものだからタダだし。
斧の二刀流。とんでもないバーサーカーが出来上がってしまった。
「これでやっと親父の墓参りに行ける。ありがとうな、兄ちゃん」
人懐っこい笑顔を浮かべるおっさんは本当に嬉しそうだった。
そうか、親か…身内話を持ち出されちゃ文句は言えんな。
自分の過去が過去なだけに、俺はそういうのに弱い。
というか言ってくれれば最初から協力したのに。
おっさんに言うと、「情に訴えるような真似はしたくなかった」だそうだ。
いや、やっぱあんた盗賊向いて無いわ。
「さて、それじゃ街に…ん?ぬおっ!?」
「盗賊、覚悟!!!」
アジトから出ると、いきなり女性が斬りかかって来た。
おっさんが慌てて俺の渡した方の斧で受けると、
頑丈に作ってあったはずの斧が中ほどまで砕かれた。
いきなりのピンチに流石のおっさんも冷や汗を垂らす。
相手を見ればかなりの美人だった。本当にこの世界は美形が多いのか?
紅く輝くポニーテルと瞳。
機能性だけでなく衣装としてのデザインも考えられた造りの鎧。
軽鎧と篭手、脛当てという軽装。
その上から旅人らしきフード付きのローブを着ていおり、
手には飾り気の少ないが綺麗な刀身の、一目でいいものだと分かる剣が握られている。
キリっとした表情はかなり整っており、十中八九美人と呼ばれる部類だろう。
年齢は大体18、9か。サイズはC〜D。何とは言わない。
「「なっ!?」」
色んな意味の驚きでハモる俺達。
女性の方も驚いているあたり、かなり自信があったのだろう。
「ふ、こそ泥のくせにいい武器を使っている…だが!」
自分が作った武器が評価されたのは嬉しいが、
流石にこれ以上続けると怪我をしそうなので慌てて止める。
「ストップ!ストーーップ!」
大きく手を振って間に割って入ると、
怪訝な表情な顔をしながら刃を向けてくる。
とりあえず、誤解を解く事にしよう。
………………
…………
……
「済まなかった!」
「いや、もういいって」
事情を説明してリアの影から盗賊団頭領の首を取り出すと、
物凄い勢いで謝り倒してきた。
互いに怪我もなく済んだので特に怒ってはいないのだが、
なかなか済まなそうな態度を解いてくれない。
「しかし、斧を壊してしまった…」
斧は俺が錬金で作っただけなので、またすぐ作れる。
気にする必要は無いと伝えると、
驚いたようにした後もう一度すまない、と謝り、
やっと態度を戻してくれた。
「私はレイア。アルク王国近衛騎士隊第二位、レイア・ローレンスだ」
…物凄いお偉いさんでした。
第二位。近衛騎士隊で二番目に強いという事だ。
近衛騎士隊は王国騎士団から選りすぐられた精鋭で構成されている、
王族の護衛のための部隊。
…つまり、王国の正規軍で二番目に強いという事になる。
そんな彼女の攻撃を受けきったおっさんの実力って一体…
「あ?レイア・ローレンス?第一王女の専属騎士じゃねえか」
まじか。待てよ?専属騎士である彼女がここに居るということは、だ。
彼女が仕えている王女様もこの近くに居るという事か?
「アリシア王女は今は街だ。お忍びなので、内密に頼む」
聞けば、彼女が身に着けていた認識阻害のブローチが盗賊に奪われたらしい。
それがさっき俺達が潰した盗賊団だと知り、
単身取り返しに来たんだそうだ。
認識阻害とは文字通り、
魔法がかかっている対象の外部からの認識を操作するもの。
そのブローチは、アリシア王女が普通の街娘に見える魔法がかかっていたらしい。
まあお忍びで来てるんだから当然と言えば当然の措置だが、
それを奪われていては元も子もない。
「ふむ、どれどれ…ああ、これかの?」
リアが影から何やら複雑な刻印の施されたブローチを取り出すと、
レイアが嬉しそうに肯定して来たので、返す事にする。
入れ違いにならなくてよかったな。
「ん?これは…」
ちゃんと取り返せて安堵していた彼女だが、
ブローチを見て表情を曇らせる。
聞けば、魔術刻印が施されていた所が欠けているらしい。
刻印自体は一般人でも形さえ分かれば刻める。
左右対称となっている左側が欠けているだけなので、
右側の刻印を反転させて刻めばいい。
だが、素材がかなり特殊なものらしく、形自体にも魔術的な意味がある。
ただ継ぎ接ぎするだけでは駄目なんだそうだ。
…いや、この程度なら。
「貸してみろ。あー、うん、大丈夫だろ」
一息に、練成。同時に刻印も刻んでしまう。
周りの刻印を参考に魔力を編み込みながら、刻印を練金で彫っていく。
左右対称なのでそれを参考にすればいい。
俺の魔力色である黒い魔力光が発生し、一瞬でブローチの形が修復される。
ついでに細かい傷も消してやろう。
「多少素材が薄くなったけどこれで大丈夫だろ。ほら」
そう言って渡してやると、一瞬驚いたような顔を見せ、
そして今度こそ本当に嬉しそうに、ありがとう、と言ってきた。
…この人の笑顔もやばい。女性の笑顔はどうしてああも破壊力があるのだろうか。
というか、俺はこんなに女好きだったか?
いや、そんな事は無いはずだ。ただ、女性に対する免疫が無いだけだ。
そんな事を悶々と考えていると、リアがむすっとし始めた。
おっさんは俺達の様子を見てニコニコしている。
待て、なんか流れがおかしい。
「別に他の女を見るなとは言わんがのぅ…」
「こんな可愛い嬢ちゃん連れててまだ目移りするたぁ、お前も男だな」
「ありがとう…これで姫様に顔向け出来る…」
誰か、収拾をプリーズ…
………………
…………
……
街が視界に映った頃、ようやくカオス空間を脱した俺は、
おっさんの名前を聞いてなかった事を思い出した。
こんだけ一緒に行動しておいて今更な気もしないでもないが、聞いておこう。
「ん?ああ、言ってなかったか。俺はバルド。バルド・セガールだ」
おう、名は体を表すとはよく言ったものだな。
おっさんらしいごつい名前だ。
「それでは私はこれで失礼する。この借りはいつか必ず…」
街に入ると、レイアが声を掛けて来た。
少し申し訳無さそうな表情をしている。
今この場で恩返しが出来ないのが心残りらしい。
「気にしないでいいから、早く姫様の所に行ってやれ。心配してると思うぞ」
俺の言葉に、レイアはもう一度ありがとう、と礼を言い、帰っていった。
騎士然とした真面目そうな人だったし、
次に会ったら本気で礼をして来そうだ。
なんとなくまた会うんだろうな、主に俺の悪運的なタイミングで。
例えばピンチの時に現れて「借りを返しに来たぞ!」的な。
…流石にそんな超絶ご都合展開は無い…か?
いや、俺の運気F--だしなあ。何か-が一個増えてるし。
悪運A+だし。こっちは何故か上がってるし。
悪運上げるなら普通に運気上げて欲しい。
なぜ一回面倒に巻き込まれねば発揮されない悪運の方が上がるのか。
「はい、完了報告受理しました。こちらが報酬と回収財宝の1割、計3万リラです」
頭の片隅で神の悪戯(比喩では無くまんまそうだから性質が悪い)に対し愚痴を零しつつ。
ギルドに着いた俺達は完了報告と報酬の受け取りを行った。
財宝は使えそうな物、
(と言っても装備品は特に無かったので、金貨などの金銭だが)を懐に入れ、
残りは全て回収してもらい、その場で総額を計算。
その1割を回収報酬として受け取った。
これで一気に所持金が4万リラを超えてしまった。
二人でも一月以上の宿代だ。
とりあえずバルドさんに情報料として3万リラ渡す。
「なっ!?こんなにいいのか!?」
「元々バルドさんの情報無ければ行って無かっただろうし。1万も手に入れば十分だよ」
二ヶ月分の宿代だ。
これをどう使うかはバルドさん次第だが、
これだけあればいくらでもやり直しが利くだろう。
斧も取り戻したし。
というかぼろナイフだけで今までよく盗賊やれてたな。
人って刃物には無条件で恐怖を覚えるものなんだな。
「…なあ、兄ちゃん。俺も仲間に入れてくれねえか?」
真剣な表情で放たれたバルドさんの言葉に今度はこっちが驚いた。
流石に仲間に入れてくれ、などと言われるとは思っていなかった。
「俺は生活するために冒険者になった。特に目的なんて無い。兄ちゃん達には恩もある。
兄ちゃん達は目的があって旅してるんだろ?俺にも協力させてくれねえか?」
そう言ってくれるのは有難いんだが…
リアの方に目を向けると、任せるという返事が返ってきた。
「お主は下手をすればわらわより頭がいい。お主に任せれば間違いあるまいて」
わらわはお主に付き従うのみ、じゃしの。
と顔を赤くしながら言ってくれる。
だからそういう事を言うな。理性落ちそうになるから。
とにかく、バルドさんが居れば戦力になるのは確かだ。
怪力もあるし、しっかりした前衛が手に入るという意味でも魅力的。
冒険者としての見識もあるし、模擬戦の相手をして貰えるかも知れない。
人柄もいい。面倒見のいいオヤジって感じの人だ。
…断る理由は無い、か。
「…分かりました。これからよろしくお願いします。バルドさん」
「おう!よろしく頼むぜ!ユウ!」
こうして、また一人仲間が増えた。
えらく速いペースで仲間が増えてる気もするが、
まあこれも旅の醍醐味だろう。
手帳の事を説明し(適当に家宝、という事にした)、登録。
何かの役に立つかも知れないので子分4人も登録し、
バルドさんが6000リラずつ渡すと、泣きながら喜んでくれた。
よほど生活が苦しかったらしい。
「さて、それじゃあ改めて、街を見て回るか」
新たな仲間を手に入れ、歩き出す。
少しずつ手帳が埋まって行く事を、俺はただただ喜んだ。
人を殺した感覚を、頭の隅に追いやって。
探求者は、初めて人を殺した。
さて、レイアさん登場。
CVイメージはFate/stay nightのセイバー、
ゼロ魔のアンリエッタなどで有名な川澄綾子さんをイメージ。
騎士然としているがまだ若い、というイメージですね。
そして主人公より年下は初登場。
その主人公は盗賊団の頭領の首を飛ばしてしまいました。
彼の心はどうなるのでしょうか。
…作者バッドエンド嫌いなんで欝展開はあまり入れませんけどね。
では、また次回お会いしましょう。