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倉庫番と位牌

作者: 春秋三等兵

私は非合法の貸し倉庫の運営で生計を立てている。


大きいものは戦車から小さいものはウィルスまで、どんなやばい物でも預かり顧客が望む期間保管するのが私の仕事だ。


ある日、私の事務所に30歳前後の女性が客として訪れた。


一見清楚な人妻といった雰囲気だが、視線をせわしなく細かく動かす所に妙な不気味さを感じたのをよく覚えている。


彼女が持ち込んだ品はさほど大きくない桐の箱だった。ちょうど肘から指先までくらいの長さの、あまり厚みがなく細長い箱だった。


「中を確認させていただいてよろしいですか?」


「……はい……」


箱の蓋をずらして開けると、中に敷き詰められた綿の上にひとつの位牌が丁寧に収められている。


「実はお恥ずかしい話ですが、先日住むところを失いまして……」


彼女が言うには旦那さんが事業に失敗し失踪して、彼女はこのあたりのパチンコ屋に住み込みで働くことにしたらしい。


だがこの位牌を人目のつくところには置いておきたくなく、私のところで保管して定期的に供養したいということだ。


「私の、母の位牌なのです……」


「そういうお客様もいないわけではないので問題はありません。お預かりしましょう」


私は彼女と契約書を交わし、預り証を渡してその位牌を預かった。


その位牌は小さいものを保管するための、30センチ四方のコインロッカーに似た金庫に保管することにした。


彼女は毎週きっかり金曜日の午後7時、私の倉庫に来てその位牌にお経をあげていく。


神も仏も全く信じてない私からしてみればひどく滑稽にも感じられる行動だが、人の生き方に口を出す趣味はない。こういう場合は一人にしておくべきだと考え、彼女が来たときは私はいつも事務所で時間を潰していた。


最初に位牌を預かってから半年ほど過ぎたある春の金曜日、初めて彼女は位牌を拝みに来なかった。


そのときは何か急用ができて来れなかったのだろうくらいにしか考えなかったのだが、その翌週も、翌々週も彼女は訪れなかった。


だが、品を預けたまま現れない客も珍しくはない。


そういうときは契約期間が過ぎた時点で預かり品を破棄することにしているので特に気にも留めなかった。


さらに翌週に、見知らぬ年配の女性が訪れるまでは……。


その初老の女性は一枚の書類を私に差し出した。


それは彼の女性から位牌を預けるときに私が作成した預り証だった。


彼女の身に何かが起こったことは容易に予想できた。失踪したか入院でもしたか、あるいは死んだか。


とりあえず、彼女が預けた品を代理で受け取りに来たのだろう。だがそれには、その年配の女性と彼女の関係を一応聞いておかねばならない。


「失礼ですが、彼女とはどういう間柄で?」


「私はこの子の母です」


「……え?」


確かに彼女は位牌は自分の母の物だと言っていた。つまり、彼女の母は死んでいるということのはずだ。


「義理の、お母さんですか……?」


「娘は結婚しておりません。母といえば私一人です。」


「はぁ……それで、どういった事情で、あなたが引き取りに?」


「先月娘が自殺したのですが、遺品の整理をしていたらこちらの預り証が出てきましたので代わりに引き取りに参りました。」


「……それは、ご愁傷様です」


こういうケースも珍しくはない。私はとりあえず紋切り型の答えを返しておいた。




初めて金庫の中を覗き見たとき、私は思わず悲鳴をあげそうになった。


中には細かく無数の傷をつけられた位牌と、それを囲むように内壁に貼り付けられた、恨みつらみをびっしり書き込んだ何枚ものレポート用紙。


母親のほうを伺うと、驚いたことに眉一つ動かさずに位牌をじっと見ている。


私の視線に気づいたのかどうかわからないが、ぽつりと一言だけつぶやいた。


「だから、面と向かって言えばいいのに……」


その目には自分の娘に対する侮蔑と、嘲笑と、憐れみと、そして、怖気のするような憎悪が込められてるように私には感じられた。




母親が帰ったあとで、事務所で一人酒を傾けながら考えにふける。あの位牌はなんだったのかと。


私の想像にすぎないが、あの位牌は彼女の母親に対する憎しみのはけ口だったのではないだろうか。


以前は自宅で同じようなことをしていたのだが母親に見つかってしまい、私の倉庫を利用した。


毎週ここに来ていたのは、うらみつらみを紙の上に吐き出し、母親に対する殺意を位牌に代わりにぶつけていたのだろう。


しかし、相手が紙であろうと位牌であろうと人であろうと、憎悪をまわりにまき散らかしていればそれはいずれ自分に還ってきて、結局暗い感情は自分の内面にヘドロのように溜まっていくのではないだろうか。


結果、気づかぬうちに溜まりに溜まった自らの怨念に押し潰され耐え切れなくなる。彼女もそうやって自ら死を選んだ、そんな気がしてならない。


あの母娘にどんな事情があったかは知らないし私にはどうでもいいことだが、彼女が他の方法で鬱憤を晴らす方法を知っていればウチに位牌を預けることも、自殺することもなかったのかもしれない。こうやって一人、酔って物思いにふける今の私のように。


人を呪わば穴二つ、というのはこういうことなのかもしれない──、と酔いが回り始めた頭でぼんやりと考えながら私はグラスに酒を注いだ。

7/26 推敲。

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