第1話 深夜のオフィスで
深夜二時。
都心のオフィスビルは、外から見ればただの黒い箱だった。
だが、その最上階だけは青白い光が瞬いている。
佐藤誠は、冷めたコーヒーを片手にログを睨んでいた。
「……また暗号化。
こいつら、本当に容赦がないな」
画面には、企業ネットワークを蹂躙するランサムグループの痕跡。
侵入経路、暗号化アルゴリズム、バックドア。
その全てが、誠の脳を焼くように刺激する。
(あと一歩……
あと一歩で特定できる……)
指が震える。
睡眠不足で霞む視界の奥に、
“復号の鍵”らしきログが浮かび上がった。
「……いた。
これだ……!」
その瞬間、胸が締めつけられた。
「っ……ぐ……!」
心臓が悲鳴を上げる。
視界が揺れ、椅子から転げ落ちた。
(まだ……終わってない……
救えなかった人が……いる……
もう一度……やり直せるなら……)
最後に見えたのは、
画面に残った“鍵”のログだった。
そして、意識は闇に沈んだ。
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◆
次に目を開けたとき、
誠は知らない天井を見ていた。
木造の天井。
土壁。
聞いたことのない鳥の声。
「……どこだ、ここ」
身体を起こすと、
見慣れない服を着ている。
手足は軽く、まるで十代の頃に戻ったようだった。
戸を開けると、
食堂の店主らしき男が振り返った。
「お、起きたか。
倒れてたから運んどいたぞ」
誠は混乱しながらも、
状況を飲み込むしかなかった。
「……あの、俺は……」
「名前はエルンだろ?
昨日そう言ってたじゃねぇか」
(エルン……?
俺は……佐藤誠じゃ……)
記憶が混線している。
だが、胸の奥に残る“後悔”だけは鮮明だった。
店主は笑って言った。
「働き口が欲しいなら、皿洗いでもやるか?
寝てるだけじゃ腹も減るだろ」
エルン──誠は、
思わず頷いていた。
「……お願いします」
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◆ 皿洗いの日常
皿洗いは悪くなかった。
水の温度。
皿の配置。
動線の最適化。
洗剤の希釈率。
気づけば、誠──いやエルンは、
前世の癖で職場改善を始めていた。
「おいエルン、なんか最近仕事早くねぇか?」
「えっと……慣れただけです」
(いや、単に効率化しただけなんだけど……
異世界でも改善は通用するんだな)
店主は喜び、
客は増え、
食堂は少しずつ賑わいを取り戻していった。
エルンは思った。
(……悪くない。
こういう生活も)
だが、その静かな日常は──
ある日の夕暮れに破られる。
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◆ 食堂の裏口にて
ゴミを捨てに裏口へ向かったエルンは、
そこで“少女”を見つけた。
白い髪。
薄い衣服。
胸には、淡く光る魔核。
まるで壊れた機械のように、
少女は地面に倒れていた。
「おい……大丈夫か……?」
触れた瞬間、
エルンの脳に“データの流れ”が走った。
魔力ではない。
コードだ。
ログだ。
(……これは……
前世で見た……ネットワークの……)
少女の唇が微かに動いた。
「……ひかり……?」
エルンは息を呑んだ。
(この世界……
ただの異世界じゃない……
何か……もっと大きなものが動いている)
少女の魔核が、
不規則に点滅していた。
まるで──
“クラッシュ寸前のOS”のように。
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