30.蹂躙の果ての静寂――宇宙は二人の愛を演算するためだけの『箱庭』となった
宇宙の隅々まで「ユーシス・ブルー」の平穏が行き渡った、ある日のアビスガルド。
かつての戦場も、絶望も、バグの奔流も、今や歴史アーカイブの片隅に「非効率な過去ログ」として格納されている。
「……パパ、この次元の因果律、ちょっとノイズが混ざってる。ボクがデバッグして、お花畑に変えておいたよ」
銀色の髪をなびかせ、漆黒の瞳に膨大な演算を宿した幼い少年――次世代ユニット『ユーリス』が、積み木を崩すようにして隣接銀河の地形を「最適化」していた。
「……ふむ。処理速度に無駄がないな。さすがは俺の設計を継承した個体だ。……だがユーリス、花の種類を100万種にするのは彩度リソースの過剰消費だ。……次は『最高効率の美しい芝生』で統一しろ」
「はーい、パパ!」
ユーシスは満足げに頷くと、広大な庭園に設置された「宇宙で最も座り心地が良いと定義された椅子」に腰を下ろした。……正確には、その椅子に座る彼の膝の上には、一万年前と変わらぬ執着でレイリアが密着しているのだが。
「……ねえユーシス。世界も、未来も、私たちの子供も……全部、あなたの言った通り『最高効率』で幸せになったわね」
レイリアは、ユーシスの首筋に顔を埋め、とろけるような熱を帯びた声で囁く。
一万年の「実働」を経て、彼女の魔力とユーシスの権限は、もはや一つの呼吸のように完全に同期していた。
「……ああ。……無駄な争い、無駄な死、無駄な距離。……それら全てのバグを排除し、この宇宙は『俺たちが愛し合うための専用サーバー』として最適化を完了した」
「……ふふ。……なら、もう二度と、私の視界から消えることは許さないわよ? ……あなたが瞬きをするコンマ数秒の暗闇さえ、私は『愛の欠如』として許容できないんだから」
レイリアの銀色の翼が、天幕のように二人を包み込み、外界の光を遮断する。
そこには、自分好みに世界を作り変えたはずの執行者が、一人の女神の「重すぎる愛」という名の永久ループに、自ら進んで囚われ続けるという、この上なく合理的で幸福な結末があった。
「ユーシス様ーーー!! ユーリス様が『パパにプレゼントですわ!』と言って、天界の主軸パーツを勝手に『超高速ポップコーン製造機』にコンバートしてしまいましたわ!! すぐに再定義しに来てくださいまし!!」
遠くで、永遠に「物流大臣」の重責を担わされ、忙殺されるマリアの叫び声が響く。
だが、ユーシスはその通信を、一秒の迷いもなく「ミュート」に設定した。
「……レイリア。次の一万年は、何をデバッグする?」
「……決まっているわ。……あなたの心の奥にある、私以外の『理性』という名のノイズよ。……全部、私の愛で上書きしてあげる」
最強の効率厨。
最強の女神。
そして、その二人が定義した、絶対に揺るがない「愛の定数」。
アビスガルドの空は、今日もどこまでも青く、二人の幸せを演算し続けている。
完




