26.理の調停者(プロト・タイプ)の激昂――パステルピンクの機兵と、宇宙の強制初期化(フォーマット)
機神兵団を「全自動使用人」に書き換えてから数日。
王都アビスガルドの光景は、もはや世界の誰一人として予測できなかった領域へと突入していた。
「……ユーシス、見て! この子、ピンク色にしてフリルを付けたら、凄く『効率的』に可愛くなったわ!」
レイリアが自慢げに指差したのは、かつて世界を初期化しようとした殺戮兵器――重装機神・テオス。
今やその強固な装甲はパステルピンクに塗装され、頭部には巨大なリボン、関節部にはレースが施されている。さらに、レイリアの「お世話」への執着がバグを引き起こし、機神の音声パッチが全て「萌えボイス」に置換されていた。
『――マスター・レイリア。お掃除完了ですぅ☆ 汚れは一括デバッグ(消去)しましたぁ!』
「……レイリア。外装の変更は勝手だが、その『☆』の演出は演算リソースの無駄遣い(非効率)だろう」
ユーシスが呆れたように呟くが、その背後では、さらなる「非効率な問題」が山積みになっていた。
「ユーシス様! 王都の正門前に、周辺諸国の王族と勇者たちが、総勢一万人ほど押し寄せておりますわ!」
マリアがひっくり返った声で駆け込んでくる。
機神兵による「24時間、指一本動かさずに神話級のサービスが受けられる」という噂が大陸全土を駆け抜け、アビスガルドは今や全人類が渇望する「究極の移住先」と化していたのだ。
「聖剣の勇者が『自分を機神兵の弟子にしてくれ』と泣きついていますし、隣国の王は『国を差し出すから、あのピンクの機械に肩を揉ませろ』と城門を叩いておりますわ! どうしますの!?」
「……フン。他国のリソースを受け入れるのは、現在の食糧自給率から見て非効率だ。だが……」
ユーシスは、エプロンをつけた機神兵が「最高効率の揉みほぐし」で民を骨抜きにしている光景を見下ろした。
「……勇者や王族を『高効率な労働力(素材集め要員)』として再定義できるなら、受け入れのメリットはある。機神兵たちに命じろ。移住希望者は全員、アビスの底で『素材10万個ノック』を完遂した者から順に許可するとな」
「……それ、ただの強制労働じゃないですか……」
マリアのツッコミも虚しく、アビスガルドは「ファンシーな機神が支配する、世界で最も過酷で、最も快適な地獄の楽園」へと変貌を遂げていった。
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王都アビスガルドの全域に、耳を刺すような高周波の電子音が響き渡った。
ピンク色のリボンをつけた機神兵たちが一斉に機能を停止し、そのモノアイから「ユーシス・ブルー」の輝きが消え、砂嵐のようなノイズが走る。
『――計測不能な侮辱を確認。
部下を家政婦にし、あろうことかパステルカラーでデコレーションするなど……。
もはや「効率」への冒涜です。……いい加減に、ふざけるのも大概になさい』
空の裂け目から、これまでの母艦が玩具に見えるほどの巨大な「白い球体」が降臨した。
それは機械というより、幾何学的な純粋知性そのもの。外宇宙の本体、理の調停者・原典である。
「……フン。ようやく出てきたか。管理画面の奥で震えているのは非効率だと思っていたところだ」
ユーシスは【零式・極】を抜き放ち、王都を威圧する白い球体を見上げる。その横では、お気に入りの「ピンクの機兵」をフリーズさせられたレイリアが、静かに、だが確実にブチギレていた。
「私のリボンと色を侮辱したわね……。それに、ユーシスとの『平和な家事代行生活』を邪魔するなんて……万死、いや、一括削除に値するわ」
『……黙りなさい。あなたたちの存在こそが、この宇宙の最大のバグ。
もはや再定義の余地はありません。宇宙の全リソースを用いて、この座標ごと「なかったこと」にします』
白い球体が発火するように輝き、アビスガルドの周囲の空間が、物理的に「消しゴムで消される」ように白く塗りつぶされ始めた。
それは攻撃ではなく、宇宙の保存データからの「抹消」。
「ユーシス様! 世界の境界線が消えていますわ! このままでは私たち、物語ごと消滅してしまいます!」
マリアが絶叫する中、ユーシスは不敵に口角を上げた。
「……抹消か。ハッ、俺に向かって『データの消去』を挑むとは、笑わせてくれる。……レイリア、お前の魔力を俺の剣に全て注ぎ込め。……マリア、お前は天界の『バックアップ・サーバー』を全開放しろ」
「ええ……! あなたの望む通りに、私の全てを混ぜてあげる!」
「……もうどうにでもなれですわ! 宇宙の理を書き換えて差し上げなさい!」
ユーシスの魔剣が、レイリアの執着(魔力)とマリアの権限(聖気)を吸い込み、現実世界には存在し得ない「虚無の黒」を纏い始める。
「……管理者よ。……俺というバグが、お前のOSそのものを物理的にブチ抜く瞬間を拝ませてやる」
ユーシスが空へと跳躍する。
「効率の神」と「効率を超えたバグ」による、宇宙の存亡を賭けたデバッグ戦が幕を開けた。




