22.楽園のシャットダウン――人口爆発(バースト)と、深淵からのノイズオーバーフロー
「……チッ。計算外だな。生存本能のバースト(爆発)か」
全自動魔導要塞アビスガルドの玉座で、ユーシスは苦々しくディスプレイを睨みつけた。
効率を極めすぎた結果、皮肉な副作用が発生していた。
『──王都人口統計レポート:
出生率:前月比800%増。
主な死因:なし(全自動医療による死亡率ゼロ)。
主な活動内容:【繁殖】に90%以上のリソースを投入中。』
「……労働をデバッグし、娯楽を最大化した結果、人類がやるべきことは『それ』だけになったわけか」
王都の街角では、かつて剣を振るっていた戦士も、魔導を究めた賢者も、今はただ愛を語り、命を増やすことに没頭している。
だが、爆発的な人口増加は、ユーシスが敷いた「永久機関(に見えたもの)」さえも食いつぶし始めていた。
『──警告:王都全域のエネルギー・リソース。
生活魔力の消費速度が、アーティファクトの自己生成速度を凌駕。
備蓄素材の枯渇まで……残り72時間。』
「……非効率だ。ただ増えるだけの個体群は、もはやシステムを維持するための資産ではなく、システムを食い破る『バグ』に等しい」
ユーシスが立ち上がろうとするが、その腰には相変わらずレイリアが、とろけるような笑みを浮かべて絡みついている。
「いいじゃない、ユーシス。人間たちが幸せに増えるのは、あなたの慈悲の結果よ。……ねえ、私たちも負けないくらい、もっと濃密な『再定義』をしましょう?」
「……レイリア、離れろ。これ以上の人口増加と資源消費は、世界の物理的崩壊を招く。……一度、この『ぬるま湯』をリセットする」
ユーシスは容赦なくレイリアの腕をほどくと、王都の心臓部──【構造再定義・核】へとアクセスした。
「全自動、および全リソースの無償提供を……一時停止する」
『──承認。
【全自動魔導要塞アビスガルド】、機能をスリープモードへ移行。
街灯の消灯、および自動配給システムの停止を開始します。』
カシュンッ……という、巨大な機械が止まるような音が王都に響き渡った。
無限に食糧を吐き出していた聖杯のレプリカが光を失い、自動で動いていた絨毯がただの布切れに戻る。
「えっ、何!? 動かないぞ!」
「おい、メシが出てこない! 冗談だろ!?」
王都の至る所で、快楽に溺れていた民たちの悲鳴が上がる。
ユーシスは冷徹な瞳で、窓の外の混乱を見下ろした。
----
王都中央に穿たれた穴──【万象剥離の獄底】。
そこから、かつてユーシスが効率的に「素材」へと変えたはずの怨念が、バグの奔流となって地上へと溢れ出した。
「ギギ……ガガガ……『効率』……『抹消』……許サナイ……」
這い出してきたのは、形状を保てないほどに歪んだ地獄の軍勢。
一度ユーシスに解体されたことで、彼らは「死」という概念すら剥離され、ただ破壊を繰り返すだけの**【未定義の亡者】**へと進化(バグ化)していた。
「……フン。死ぬことすら効率的にできないのか。低俗なコードだな」
ユーシスが玉座から立ち上がり、腰の【零式・極】に手をかける。
王都の街角では、昨日まで愛を囁き合っていた民たちが、武器の使い方も忘れて逃げ惑っていた。全自動に頼りすぎたツケが、最悪のタイミングで回ってきたのだ。
「ユーシス、危ないわ! こいつら、私の凍結魔法を『存在しない属性』として透過してくる!」
レイリアが鋭く叫び、杖を振るう。
だが、アビスの底から湧き上がる軍勢は、世界の理そのものをバグらせながら進軍してくる。かつての地獄の軍勢とは比較にならない、文字通りの「理外の暴力」。
「レイリア、下がっていろ。……こいつらはもはや『素材』ですらない。ただの『ノイズ』だ」
ユーシスが一歩踏み出す。
彼の右目の魔眼が、アビスの底まで見通すほどの漆黒に染まった。
『──緊急事態:【万象剥離の獄底】からのオーバーフローを検知。
世界の総容量が不足しています。
このままでは、アビスガルド、天界、および現世が『一括クラッシュ』します。』
「……上等だ。クラッシュする前に、全領域を『再定義』してやる。……おい、民ども! 生きたければその辺に転がっているアーティファクトを拾え! 起動キーは『生存本能』だ!」
ユーシスの声が、かつてない覇気と共に王都に響き渡る。
全自動を止めたのは、この時のためでもあった。
戦う意志を失った種に、未来はない。
「これより、第2次アビスガルド防衛戦──否、『一括デバッグ作業』を開始する」
ユーシスが抜刀した瞬間、王都の空が真っ二つに割れ、漆黒の斬撃がアビスの門へと叩きつけられた。




