2.絶望の砦に走る紫黒の雷光
「──結界が、持たない……っ!」
レイリアは、震える手で杖を握りしめていた。
アビスガルドの闇に包まれた『薄暮の砦』。そこを埋め尽くすのは、数千もの飢えた悪魔の群れだ。
彼女の視界が絶望に染まったその時、戦場の外縁から、一条の紫黒色の雷光が走った。
その雷光は、鈍色の空を裂き、大地を震わせる轟音とともに戦場を横断した。
「なっ……!?」
レイリアの瞳が驚愕に揺れる。
砦を幾重にも包囲していた下級悪魔の群れが、その一条の光が通り抜けただけで、まるで熱したナイフを通したバターのように一瞬で蒸発したのだ。
土煙の中から現れたのは、一人の男。
漆黒の軽鎧に身を包み、右手に握られた「折れたはずの剣」からは、禍々しくも美しい紫黒色の魔力が炎のように立ち昇っている。
「……ユーシス?」
レイリアの口から、信じられないといった呟きが漏れた。
かつての彼は、魔力を持たないただの兵士だったはずだ。だが、今そこに立つ男から放たれるプレッシャーは、この場を支配する魔将すらも凌駕している。
「グルアァァッ!」
異変を察知した中級魔将──巨躯を誇る『剛力鬼』が、咆哮とともにユーシスへ襲いかかった。
丸太のような腕が振り下ろされ、地面が爆ぜる。
しかし、そこにはもうユーシスの姿はなかった。
「遅いな」
冷徹な声が、魔将の背後から響く。
ユーシスは剣に風の魔力を纏わせ、目にも止まらぬ速さで背後を取っていた。
「【魔導武装】──零式」
彼が剣を一閃させると、紫黒色の斬撃が空間そのものを切り裂くように奔った。
魔将の強固な皮膚は紙細工のように切り裂かれ、その断面から溢れ出した膨大な魔力が、まるで意思を持っているかのようにユーシスの剣へと吸い込まれていく。
『魔力を吸収……属性:【氷結】をストックしました』
無機質なシステムメッセージが響くと同時に、ユーシスの剣が今度は青白く輝き始めた。
「レイリア、伏せろ!」
ユーシスの叫びに応じ、彼女が反射的に身を低くした瞬間。
彼が剣を大きく薙ぎ払うと、砦を取り囲んでいた数千の悪魔たちが、その足元から一気に凍結し、砕け散った。
たった一振りの剣が、戦場すべての温度を奪い去ったのだ。
静寂が訪れる。
氷の破片がキラキラと舞い落ちる中、ユーシスはゆっくりと砦の階段を上り、レイリアの元へと歩み寄った。
「怪我はないか、レイリア」
差し伸べられたその手は、かつてと変わらぬ力強さを持っていた。
だが、その瞳に宿る紫黒色の光は、アビスガルドの絶望をすべて飲み込もうとするかのように、鋭く、深く輝いていた。




