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奈落の底で拾った【略奪】スキルが、絶滅寸前の人類を救う切り札だった件  作者: 水原伊織


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11.虚無の執行者(アビス・イレイザー)――理の上書きすら消し飛ばす真の神殺し

アスモデウスを粉砕した衝撃で、玉座の間の背後に隠されていた巨大な石門が剥き出しになった。ユーシスがその門を【事象抹消】で塵に還すと、そこには王都の喧騒が嘘のように静まり返った、一面の星空を仰ぐ「天空の庭園」が広がっていた。


庭園の中央。かつての王国の守護神を模した彫像の前に、一人の男が背を向けて立っている。


「……遅かったな、ユーシス。貴様ならもっと早く、私の領域に辿り着くと思っていた」


聞き覚えのある、低く、重厚な声。

男がゆっくりと振り返った瞬間、ユーシスの背筋に冷たい戦慄が走った。


「……団長、ゼノス……。死んだはずじゃなかったのか」


そこに立っていたのは、かつて人類最強の盾と呼ばれ、ユーシスが最も尊敬していた聖教騎士団の元団長、ゼノスだった。数週間前、撤退戦の最中に「殿しんがり」という名の死刑宣告をユーシスに突きつけ、自らは英雄として戦死したと報じられていた男。


「死んだ? ……ああ、そうだ。正義に殉じる『英雄』としての私は、あの日、貴様を捨てた瞬間に死んだよ」


ゼノスが薄笑いを浮かべると、彼の纏う純白の鎧が、内側から溢れ出す濃密な魔力によってドロリと黒く変色していく。その圧力は、これまでの魔将たちとは比較にならない。


「正義だけでは、この絶望アビスガルドを統べることはできん。私は魔王の座に座ることで、この世界を再定義することを選んだ。……ユーシス、貴様を『殿』に選んだのは、貴様が誰よりも絶望を糧にする素質があったからだ。感謝してほしいものだな」


「……感謝だと?」


ユーシスの右目、魔眼が漆黒の炎を上げる。

【零式・極】が周囲の空気を喰らい、空間そのものを歪ませ始めた。


「あんたを信じて、あの地獄で剣を振り続けた。……その結果が、これか。正義の英雄が、地獄の王に収まりたかっただけかよ」


「ユーシス、危ないわ! こいつ、魔力の質がこれまでの奴らとは違う……! 概念が……世界そのものが、この男に跪いている!」


レイリアが杖を握り直し、最大級の障壁を展開する。だが、ゼノスが指を一本立てるだけで、その障壁に無数の亀裂が入った。


『──警告:個体名「ゼノス」。

 状態:【アビス・オーバーロード(深淵の統治者)】。

 世界の因果関係を上書きする権能を保持しています。』


「ユーシス。貴様が手に入れた『概念破壊』、実に素晴らしい。だが、それはあくまで『既存の理を消す』だけの力。私は、この世界の理そのものだ。消される前に、新しく書き換えれば済むことだ」


ゼノスが腰の魔剣を抜き放つ。

その刃が放つ光は、ユーシスの「無」をすら呑み込もうとする、圧倒的な「存在」の輝きだった。


「来い。かつての部下よ。貴様の絶望が、私の新世界を構築する最後のピースだ」

「……黙れ。理ごと、あんたを消してやる」


ユーシスはレイリアの肩を抱き寄せ、その魔力を心臓へと直結させた。


「……書き換えるだと? なら、その筆先ごと叩き折ってやるよ。ゼノス」


ユーシスの右目、漆黒の魔眼が限界を超えて発火した。溢れ出す魔力はもはや光ですらなく、周囲の色彩を強引に奪い去る「無」の波動。


『──警告:個体名「ユーシス」。精神・肉体のリミッターを完全排除。

 最終覚醒形態:【虚無の執行者アビス・イレイザー】へ移行します。

 全事象の消去速度、ミリ秒単位からナノ秒単位へ加速。』


「抜かせ。この世界のルールは、私の言葉だ。……『停滞せよ』」


ゼノスが魔剣を振るう。

その瞬間、ユーシスの周囲の「時間」という概念が上書きされ、一歩踏み出す動作すら永遠に続くかのような遅延に囚われた。


だが。


パリンッ!


「な……ッ!? 私の『時間操作』を、認識する前に消しただと!?」


ユーシスの刃が、ゼノスの言葉が理として定着するよりも速く、その「因果」を斬り裂いた。

加速。いや、加速などという言葉では生ぬるい。

ユーシスは、ゼノスが「攻撃しようとする未来」そのものを片っ端から抹消し、現実いまを塗り潰していく。


「レイリア、魔力を絞り出せ! 思考を止めるな!」

「……ええ! あなたが見る先、すべてを凍らせてあげるわ!」


レイリアがユーシスの影に溶け込み、二人の魔力が螺旋を描いて昇天する。

【深淵共鳴】は最終段階を超え、二人は一対の「概念破壊の嵐」と化した。


ドォォォォォンッ!!


庭園が、空が、星が、二人の衝突のたびに削り取られていく。

ゼノスが『再生』と書き換えれば、ユーシスが即座に『消滅』を上書きする。

ナノ秒の間に数千回の「世界の再定義」が繰り返される、神々の領域のスピードバトル。


「ぐっ……おのれ、これほどの……これほどの執念が、この私の理を凌駕するというのか!」


ゼノスの鎧が、ユーシスの【魔眼】の視線に触れた端からボロボロと崩れていく。

「そこに在る」という概念を、ユーシスの視線が一方的に拒絶し続けているのだ。


「ゼノス、あんたの言う『新しい世界』に、俺たちの居場所はなかった。……なら、あんたの存在場所も、この世界には残さない」


ユーシスの背後に、巨大な深淵の顎が顕現した。

それは魔将たちを喰らい、絶望を飲み込み続けた【零式・極】の真の姿。


「【事象抹消】――全方位・同時多重展開」


一閃。

ゼノスが『防御』を定義するよりも速く、彼の存在を構成するすべての「情報」を、ユーシスが全方位から同時に消去した。


「ア……ガ、あ……あああああああッ!!」


ゼノスの叫びが、音という概念ごと消える。

人類最強の盾、新世界の王、魔王ゼノス。

そのすべてが、一振りの黒剣の前に、ただの「無駄なデータ」としてゴミのように消し飛ばされた。


『──目標:個体名「ゼノス」、完全消滅を確認。

 アビスガルドの「支配権」を再定義します。

 個体名:ユーシスを、新世界の【特異点】として登録完了。』


静寂が戻った天空の庭園。

ゼノスが立っていた場所には、もう塵一つ残っていない。

ただ、夜風に吹かれるユーシスと、彼を後ろから支えるレイリアの体温だけが、この世界に唯一残された「確かな現実」だった。


「……終わったのね、ユーシス」


「ああ。……いや、これからだ。このクソみたいな地獄を、俺たちの好きに作り替えるのはな」


ユーシスは魔剣を鞘へ戻し、レイリアの手を強く握り直した。

二人の前には、雲海の下に広がる広大なアビスガルドの夜景が、ただ静かに、その新しい主を待っていた。

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