名前をつけようと思った日
村の名前
夕方の光が、森をやわらかく包んでいた。
鍛冶場の骨組みは形になり、畑は広がり、外周の流れも安定している。
丸い机を囲む人数も、もう片手では足りない。
俺はその光景を見渡して、静かに口を開いた。
「……そろそろ、名前をつけないか」
みんなの視線が集まる。
ルナが少女形態のまま、少しだけ首を傾げる。
「急ね」
「でも自然だ」
俺は家を見る。
森に包まれた中心の建物。
精霊の小窓。
笑い声。
鍛冶の音。
畑を渡る風。
「もう“あの村”じゃ足りない」
レイナの耳がぴくりと動く。
「名前、いる」
短い肯定。
エリシアが静かに微笑む。
「どういう名を望みますか」
俺は少し考える。
最初にここへ来た日のことを思い出す。
何もなかった。
でも、精霊は多かった。
森は拒まなかった。
月はいつも見ていた。
丸い土精霊がぴょんと跳ねる。
芽吹き精霊がころころ転がる。
「この場所は、村っていうより――」
言葉を選ぶ。
「森そのものだ」
ルナの赤い瞳がやわらぐ。
「精霊が集まって、森が守って」
バルドが腕を組む。
「確かに、森の中の村だな」
俺は頷く。
「だから……精霊の森、でどうだ」
風が通る。
木々がざわめく。
一瞬だけ、精霊たちが光を強めた。
レイナが短く言う。
「いい」
エリシアが目を細める。
「森が名を受け入れています」
ルナが小さく笑う。
「あなたらしい」
バルドが豪快に笑う。
「覚えやすいし、格好いい!」
丸い土精霊が机の上でぴょんぴょん跳ねる。
芽吹き精霊が転がりながら光る。
満場一致だった。
俺はゆっくり息を吐く。
「今日からここは、精霊の森だ」
声に出すと、胸の奥にすっと収まる。
畑がある。
家がある。
役割がある。
仲間がいる。
そして、名前がある。
レイナが外周を見渡す。
ルナが月を見上げる。
エリシアが森に手を触れる。
バルドが柱を軽く叩く。
森は変わらず、やわらかい。
でも確かに、ここは特別だ。
精霊の森は――
ここから、本当に始まる。




