月は、長い時間を知っている
少しだけ、静かな夜の話です。
満月だった。
空に浮かぶ月が、やけに大きい。
小屋の外で焚き火の後始末をしていると、背後から気配がした。
「ハル」
振り返る。
そこにいたのは――
大人の姿のルナだった。
子ども形態でも少女形態でもない。
月光をまとった、静かな姿。
長い銀髪が風に揺れる。
赤い瞳が、深い。
「今日は、それか」
「満月だから」
声も少し低い。
落ち着いている。
俺は焚き火の残り火を踏み消す。
「レイナは?」
「森の縁。見回り」
そう言って、ルナは隣に立った。
少し近い。
でも、不思議と違和感はない。
月明かりが畑を照らす。
芽吹き精霊が、ころんと転がっている。
丸い土精霊は小屋の壁にくっついている。
「順調ね」
ルナが言う。
「まあな」
「あなたは、焦らない」
「焦っても仕方ない」
ルナは少し笑う。
「普通の人間は焦るわ」
「俺は普通じゃないのか?」
彼女は答えない。
ただ、俺を見る。
その視線は、観察者のものではない。
もっと、深い。
「ハル」
「なんだ」
「あなたの命は、揺れない」
唐突だ。
「揺れる?」
「ヴァンパイアは、命の波を見る」
月が雲から顔を出す。
彼女の赤い瞳が、さらに濃くなる。
「人間は短い。だから、不安定」
俺は肩をすくめる。
「三十年で死んだぞ」
「それは前の話」
ルナは一歩近づく。
「今のあなたは違う」
俺は畑を見る。
川を見る。
小屋を見る。
「……そんなに変か?」
「ええ」
迷いなく。
「あなたは、長い」
その言葉に、少しだけ胸がざわつく。
「長いって」
「すぐには消えない」
静かな断言。
俺は笑う。
「死なないわけじゃない」
「もちろん」
ルナの表情が、ほんの少しだけ揺れる。
「でも、私と同じ時間を少し歩ける」
それは、彼女にとって大きな意味だ。
長命種は、見送る側だ。
人間は、消える側だ。
でも俺は違う、と彼女は言う。
「……それで安心してるのか?」
ルナは少しだけ目を細めた。
「ずるい質問」
沈黙。
森は静かだ。
レイナの気配が遠くにある。
月が、村を包む。
「ここは、残る」
ルナがぽつりと呟く。
「あなたがいる限り」
俺は空を見上げる。
ただの村だ。
豆腐ハウス。
小さな畑。
精霊。
でも。
「残るなら、悪くない」
ルナは微笑む。
大人の笑み。
でもどこか、安心したような。
「私は、しばらくここにいる」
「もう住んでるだろ」
「そうね」
月明かりが二人の影を伸ばす。
子ども形態の彼女は可愛い。
少女形態の彼女は知的。
でも今は違う。
時間を知る存在。
俺は思う。
どうやらこの村は――
俺が思っているより、長く続くらしい。
ルナ大人形態回でした。
物語の“時間軸”が少し動きました。
次は村の改築か、外の気配を少し入れるか、
物語を一段進められます。




