一人称について考えたことはありますか?
エッセイのタイトルとはズレた内容かもしれませんが、メモ程度に残します。
ふと疑問になりました。
「このキャラはなぜこの一人称なんだろう?」
一人称とは「僕」「私」「俺」など、自分を表す言葉です。
私は今まで、キャラクターを作るとき、一人称については深く考えていませんでした。
「何となく似合いそう」「この人ならこう言いそう」とか、曖昧だったのです。
ですがある時気付きました。
「一人称には、キャラクターの人生観が含まれるのではないか。」
なぜそう思ったのか。
それは、自分がそうだったからです。
私は、自分の名前を自分で呼ぶのが恥ずかしいと感じます。
私が小学校に入学した頃、まだ私は自分の事を名前で呼んでいました。しかし、周りの友達が「俺」「私」と言っているのを見て、とてつもなく恥ずかしく思えました。
今でも強く記憶しているくらい恥ずかしかったのです。
それ以来、自分の事を名前で呼ぶことは無くなりました。
こんな風に、私が自分の事を名前で呼べないのは、過去の経験に基づいたものです。
逆に言えば、恥ずかしいと思う経験が無ければ「〇〇的には~」みたいなおふざけも出来たでしょう。
キャラクターも同じです。
例えば、周りに男の子しかいない環境で育った女の子は、「一人称は『俺』か『僕』が普通なんだ」と思うかもしれません。
または、憧れの師匠が「我」と言っているのを見て、「カッコいい!」とマネをしたから「我」と言っているのかもしれません。
世間知らずの妖精さんは、未だに自分の事を名前で呼んでいるかもしれませんし、人間がそうしているのを見てマネしているかもしれません。
こんな風に、一人称一つを取っても、キャラクターに深みのある個性を付けられます。
もちろん、全員考えろという事ではありませんが、自分のキャラを見つめ「なぜこの子はこの一人称を使うんだろう」と考えてみると、新たな物語の切り口になると思いますよ。
ーー余談ーーーーーー
本文内では、さも突然気付いた様な書き方をしました(関係のない話だったので省きました)が、考え始めたきっかけは、とあるゲームのユーザーアンケートでした。
ユーザーアンケートに「好きな一人称はなんですか?」という質問があったのです。
好きなキャラを思い浮かべ、共通の一人称があったかと考えていましたが、「いやいや、一人称含めてそのキャラが好きなんだ。」と気付き、「特になし」と回答しました。
何故なら、好きなキャラが別の一人称だったら、その子「らしくない」ので好きになっていなかったと思うからです。一人称含めてそのキャラ「らしさ」。
キャラ「らしさ」を作っているのはキャラクターの経験や周りの環境。ならば、一人称だって経験や周りの環境の影響を受けているはず。私だってそうだった...
と思考していきました。
その結果、推しキャラが更に大好きになりましたとさ。




