第5話
『ストロウベイリー号、格納庫に収容完了しました。これより船内に全天球モニターを展開します。そのままお掛けになってお待ち下さい』
声と同時に目の前の景色がガラリと変わり、まるで宇宙空間に浮いているような状態になった。船内全てがモニターになったというわけだ。ちょっと怖い。
そこに映し出されたのは、メドギドをバックにしたアリスイリスの艦体だった。まさに俯瞰という言葉がしっくりくるような全景である。かなり距離を取ったと思われるほどメドギドが遠くに小さく見えていた。ただし撮影用のライトを当てているかのようにくっきりとだ。
『この映像は偵察型ドローンから送られてきたものを可視化しております』
なるほど、見やすいように処理されているというわけか。納得した。
『艦長ハルト・シガラキには本来メイン艦橋にて指揮を頂くところですが、理由あって今は艦内にお招き出来ないことをお許し下さい』
「きゃ、キャプテン!?」
「いいご身分ね、ハルト」
「クッ、なんでハルトが……」
「ユリウス?」
「いや、なんでもない」
やはりどう考えてもユリウスの様子がおかしい。レイアはなんとも思わないのだろうか。今の呟きは小声ではあったがしっかりと聞き取れたし、俺より彼に近い位置にいるレイアにも聞こえたはずだ。なのに彼女は疑問すら浮かんでいないような表情である。
二人には俺の知らない繋がりでもあるということか。だとすればそれは俺にとってよくないもののような気がしてならない。
『メドギド程度のコロニーなら超高出力レーザー砲で破壊可能ですが、艦長には本艦の戦力をご覧に入れるため主砲にて粉砕いたします』
「主砲? 超高出力レーザー砲と言えば帝国のインペリアル級だけに装備されている主砲だったよな?」
「あらハルト勉強不足よ。去年からアストロ級戦艦とサテライト級巡洋艦にも順次装備され始めているわ」
アストロ級とは銀河アースガルド帝国が運用している戦艦の中では最強と言われている艦である。全長は890mなので大きさも火力もインペリアル級には遠く及ばないが、あの艦は別格なので通常は出動しない。故にアストロ級が最強というわけだ。
もっとも主力として運用されているのはサテライト級巡洋艦の方で、こちらは全長640mとアストロ級よりやや小さい。平時はこの艦一隻と運用コストがサテライト級の五分の一以下と言われるアステロイド級駆逐艦(全長390m)数隻で哨戒任務に当たっている。こと宙賊退治に限定するならアステロイド級がメインと言っても過言ではない。
『本艦の超高出力レーザー砲は帝国のものなど比べるに値しません。インペリアル級戦艦のシールド飽和まで一秒とかからないでしょう』
「シールド飽和に一秒未満だって!?」
シールド飽和とはある種のエネルギーで張られたシールドが限界強度を超えて攻撃を受けると、それ以上エネルギーを吸収できなくなり効果が低下することをいう。インペリアル級のシールドは、同艦の超高出力レーザーを受け続けても10時間以上耐えられるとされている。
しかし現実的に超高出力レーザーを10時間も照射するのは不可能であり、複数の艦で集中砲火を浴びせたとしても戦場ならばただ黙って的になっているわけがない。アリスイリスの超高出力レーザーはそんなインペリアル級の実に3万6千倍を超える出力が可能ということである。
『主砲起動シーケンススタート。出力5%に固定』
『出力5%、主砲起動シーケンススタートします』
『主砲発射シーケンススタンバイ』
『艦底主砲への隔壁閉鎖』
『艦底主砲への隔壁閉鎖5秒前、4、3、2、1、隔壁閉鎖しました』
『艦底主砲エリア、シールド展開』
『シールド展開完了』
『艦底部開口。主砲スタンバイ』
『主砲起動シーケンス完了。主砲発射シーケンスに入ります』
目の前のスクリーンには、アリスイリスの艦底から巨大なライフルスコープのようなものがせり出してくるのが映し出されていた。直径800m、全長3500mだそうだ。
『艦底主砲、目標メドギド制御中枢。ターゲットロック!』
『メドギドのシールド展開を確認! 艦底主砲出力10%に修正』
『出力10%に修正完了』
メドギドがシールド展開? もしかしてあのコロニーは死んではいなかったということだろうか。
『艦長のお考えの通りです。ターゲットとしてロックしたことによりメドギドの防衛システムが起動しました』
ユリウスとレイアも驚いた表情を見せている。廃棄された無人のコロニーが生きていたのだから無理もないだろう。
『メドギド、超高出力レーザー砲展開。ロックされました』
『アリスイリス前方シールド出力50%にアップ!』
「だ、大丈夫なのか!?」
「超高出力レーザー砲って帝国の戦艦や巡洋艦の主砲と同じじゃない!」
『いえ、メドギドの超高出力レーザー砲は帝国艦搭載のものより数段上の威力があります。ですが当艦のシールドは破れません』
「マジか……」
『メドギド、超高出力レーザー砲500門一斉射!』
「ご、500門!?」
『続いて第二波1000門発射態勢!』
「1000門……」
全天球モニターに映っていたのは、白く凄まじい光を放つレーザーの束だった。それが一直線にこちらに向かってくる。その後ろからはさらに倍の光軸が見えていた。本当に大丈夫なんだよな。
『一斉射ですので多少揺れるかも知れません。体感があるかは不明ですが』
そんな声が聞こえた直後、第一波のレーザーがアリスイリスの艦首に直撃した。しかしそれはシールドに阻まれて花火のように散らされていく。続く第二波として放たれた1000門のレーザーも同様だった。確かに少し揺れた気がしたが、本当に気がした程度でしかなかったのである。
アリスイリスはどうやら無傷のようだ。
『艦底主砲、発射シーケンス完了。出力10%、発射!』
『艦底主砲、発射!』
アリスイリスの主砲から発射されたハイパーレーザーはメドギドが放った1000門のレーザーを合わせたよりも眩しく、少し青みがかかっているように見えた。これで出力10%というのだから100%ならどれだけ眩しいのだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。光軸がメドギドに到達して間もなく、シールドを飽和させられたコロニーが沈黙した。そしてその数秒後、大爆発を起こしたのである。
大質量の巨大なコロニーが突然失われると、ブラックホールが生まれるなんて都市伝説めいた話もあったがさすがにそれはないだろう。そもそも大質量の定義が違う。
『はい、ありません』
アリスイリスが律儀に答えてくれたよ。
ともあれ過去の遺物とも未来の産物とも分からないまま、メドギドは宇宙の藻屑と消えたのだった。




