第17話
『艦長、秘策があります』
港に向かう直前、アリスが念話でそう伝えてきた。危険な賭けだと前置きの後に説明されたのはジダル星人の触手を吹き飛ばし、まずは反物質爆弾を手放させるとのこと。それに対し俺も念話で返す。
『でもドローンのレーザーでもヤツは無傷だったじゃないか』
『ですから物理弾を私用します』
ジダル星人のシールドはレーザーへの防御力は高いが、物理的な耐性はほとんどないそうだ。基本的に無重力の宇宙空間では物理弾は使えない。なぜなら反動が発射した側に深刻なダメージを与えるからである。
よって宇宙艦艇や戦宙機などのシールドは相対的に物理防御力は高くない。もちろん装甲はそれなりに分厚いが。
『ですがここは重力制御された施設内です』
『なるほど。レイアの安全は?』
『極力確保としか……』
万が一突き飛ばされるなどして桟橋から足を踏み外した場合、重力制御空間が途切れても火星の重力に引っ張られることになる。地球の約40%とはいえ無重力ではないのだ。
さらに二酸化炭素が95%を占める火星の大気しかないため、落ちたら生きてはいられないだろう。10%を超えるだけで数分で意識を失い呼吸が停止する二酸化炭素は、人体にとっては猛毒なのである。
当然桟橋には落下防止の柵があるものの、故意に突き飛ばせばそんなものは簡単に超えてしまう。また普段なら警備兵などが配置されるが、緊急事態であるため彼らはローガリク陛下とアロイシウス殿下の護衛に当たっていた。
『艦長を殺してしまえば我が艦がジダル星人を乗艦させることはありません。それは彼も分かっているはずです』
『つまり俺は安全ということか』
『確率的にはほぼ100%と言えます』
もし俺が殺されジダル星人がアリスイリスに乗艦出来なければ、ヤツは間違いなく反物質爆弾を爆発させるだろう。そうなると火星は崩壊し、地球には大量の破片が降り注ぐ。
しかし俺という主を失った場合アリスイリスには火星はもちろん、地球にいる人々を救う意思はないそうだ。あの艦に必要なのは俺だけらしい。レイアを助けるのは俺が執着しているからであり、本来であればこの時代に存在しない彼女も抹殺の対象なのだという。
アリスは口にこそ出さなかったが、レイアを見捨てるならジダル星人とはとっくに片がついていたことだろう。
ところでこの時代の多くの人々が大勢亡くなることで未来に影響がないのかと問うと、無影響ではないが無視できる程度の軽微なものだという。理由は聞いても想像が追いつかないだろうと言うから追及しないことにした。
万が一の時はアリスイリスは火星の爆発の影響を避けるために早々にワープで離脱するそうだ。あの艦のシールドは物理にも有効らしいが惑星爆発では損害なしとはいかないという。
『艦体は無傷ですが、突起物が折れたり曲がったりする可能性は捨てきれません』
『損害ってそれだけ?』
『我が艦の装甲は様々な金属をかけ合わせて強度を最高位に高めた、通称アダマンタイトと通称ヒヒイロカネとの合金です。シールドがなくても物理的なダメージはほとんど受けません』
そんな金属聞いたことがないと思ったら、実際にはアダマンタイトやヒヒイロカネという金属が存在するわけではないという。これらはあくまで合金の性質から付けられた名なのだそうだ。1000年以上前に流行ったファンタジー金属に由来しているらしい。
黒光りする艦体は角度によって赤みを帯びた輝きを反射していたが、あの赤みがヒヒイロカネ合金の特徴なのだそうだ。
それはそれとして作戦だが、まず俺がレイアの許に行く。俺はユリウスがアリスイリスに乗り込むための人質となるわけだから、ヤツの言葉通り殺されることはほぼないだろう。しかもアリスによるとジダル星人は人類を下に見て侮る傾向にあるから、そこに隙が生まれる可能性が高い。
俺がレイアに手が届くところまで近づいたら、メイドドロイドが物理弾で触手を撃って反物質爆弾を落とさせる。あの危険な爆弾は衝撃では起爆しないはずだから、とにかく手放させさえすればアリスイリスがシールドで包んでしまうという流れだ。
起爆しないはず、というのが少々不安ではあるが、どの道それしか方法がないなら仕方がない。触手を撃たれてジダル星人が怯んだところで俺はレイアをヤツから引き離し、メイドドロイド軍団がありったけの物理弾を叩き込むという寸法である。
隙が生まれなかったら? とにかくレイアを連れてその場から離れるのみだ。不確定要素の多い作戦だが代替案がない以上、実行するしかないだろう。俺は意を決してレイアとジダル星人ユリウスの許に歩みを進めた。
あと一歩、それでレイアに手が届く。この一歩がメイドドロイドへの発砲の合図となるのだ。だがその時突然、触手が俺の手首を捕まえレイアを遠ざけるように後方に引きずったのである。
「ま、待て!」
俺の叫びは間に合わなかった。
「ぐあっ!」
発射された物理弾は予定通り反物質爆弾を持つ触手を撃ち抜き、ジダル星人の悲鳴と共に緑色の血液が辺りに飛び取った。
触手は撃たれたところから千切れ、持っていた銀色の球体が桟橋の上を転がる。爆弾はすかさず淡いピンクの光に包まれたので、シールドに覆われたのが分かった。
レイアを引き離すには至らなかったが、ここまでは作戦通りと言えるだろう。そして別の弾丸が俺を捕まえていた触手に命中。自由を取り戻した俺はすぐさまレイアに手を伸ばす。
「レイア! 手を!」
「ハルト!」
「舐めるなぁ!」
別の数本の触手が俺を捕らえようと襲いかかってきた。しかしそれもピタリと止まる。メイドドロイド軍団が次々とジダル星人に物理弾を発射していたのである。
カマキリのような逆三角形の頭を傾げるように歪ませ、体のあちこちから緑色の血を噴き出すユリウスだったジダル星人。触手もズタズタに千切れていた。
「くっ、ここまでか……だが未来の記憶は渡さん!」
最後の足掻きか、ジダル星人は再びユリウスに擬態しようとしたようだ。しかし顔は半分、体に至っては歪としか言いようのない中途半端にすら程遠い擬態だった。
「ユリウス……」
ふと俺は三人で過ごした学生生活を思い出して感傷に浸ってしまったのである。時々おかしな言動はあったものの確かにユリウスは仲間だった。そう思っていた。
だがその気が抜けた一瞬が、すぐさま取り返しのつかない間だったことに気づく。あろうことかユリウスはレイアを抱えて桟橋から身を投げたのだ。
「レイア!」
「ハルト!」
伸ばした手の指先が彼女の指にわずかに届いた。しかし掠っただけで留めるには至らず、二人の姿は火星の大地に落下していく。
「アリス!」
メイドドロイド軍団はアリスイリスの艦内から転送されてやってきた。だとすればその逆、レイアも転送できるはずだ。そんな俺の考えにアリスも意図を汲んでくれたようだ。
「シールド展開! レイア嬢を転送……!」
しかし無情にもレイアが俺の前に転送されてくることはなかった。落下中のジダル星人は熱爆弾を起爆させたのである。一瞬で鉄をも溶かす熱爆弾は、二人の体を完全に焼き尽くしていた。
「レイア……? レイアーッ!!」
桟橋の柵に駆け寄り乗り越えようとする俺を、アリスが後から抱きしめて制するのだった。




