第16話
カマキリ頭のジダル星人はレイアを抱えたまま、恐怖で足がすくんで動けずにいた衛兵の首を触手で絞めて殺していた。皇帝陛下の護衛は全員陛下とアロイシウス大公殿下の二人を護るために彼らの前に壁を作っている。
レイアを人質に取られて迂闊に動けない俺たちを見た異星人は、そこでいったん足を止めた。
「面白い話をしてやろう」
「なんだと!?」
「我々の時代では時相転移装置は完成しているのだ」
「タイムマシン!?」
タイムマシンの理論自体はすでに確立されるところまで進んでいた。しかし問題だったのはパラレルワールドの存在である。つまり単に時を飛び越えるだけでは現在の時間軸に沿うのが、砂浜に投げ入れられた塩一粒を探すより困難だったのだ。
さらに過去に戻ればタイムマシンを起動するのに必要なエネルギーが得られず、一方通行になってしまうという問題もあった。時間軸の確定していない未来に飛ぶのは現在の理論では不可能とされている。
「私もこのレイアも、今から約1200年後の未来から来たのだよ」
「ま、まさか……!?」
「ジダル星人に襲われた私の時代のアースガルド帝国に未来はなかったわ。でもある研究で別の時間軸ではジダル星人、イシュアラ帝国に負けない世界が存在していることが分かったの」
「それがこの時間軸ということだ。忌々しい!」
「だ、黙れジダル星人! レイアを離せ!」
「そう言えばハルト、お前はこの地球人のメスに惚れているのだったな」
「なっ!?」
そこで陛下が押し出すように声を上げる。
「ジダル星人よ、人質を解放し大人しく縛に就け! さすれば命は保証しようではないか」
「陛下、なりません!」
マッケイ閣下が陛下を窘めるが、元ユリウスは相変わらず聞く耳を持たずといった雰囲気だった。帝国最高位の陛下から見れば一学生に過ぎないレイアを救おうとするのは、おそらく彼女が未来から来たという理由からだろう。
もちろん俺は彼女が未来人だろうと関係ない。好きなのは揺るがない事実だから死なせたくないし、俺だって未来の話は聞きたい。
「命の保証だと? 我々ジダル星人を命を惜しむ下等な地球人と一緒にするな! 私が一人助かったとてイシュアラ帝国が滅んでしまえば意味がないだろう!」
「イシュアラ帝国に負けない世界というのは、ハルトの手に戦艦アリスイリスが渡る必要があるの。だからここから時相は分岐してしまうはずよ」
「そういうことだ。この時代のタイムマシンでは我々は元の時間軸には戻れない。この時相で生き延びるしかないのだ」
ユリウスはアリスイリスが手に入れば、ジダル星人が治めるイシュアラ帝国に逃れることが出来る。しかも超弩級戦艦を伴ってだ。彼は続ける。
「あの憎き巨大艦さえ手に入ればアースガルド帝国など即座に滅ぼしてくれる。だがもし手に入らなければ破壊するだけのことだ!」
いや、ちょっと待て。アリスイリスってどこから来たんだ?
「我が艦はおよそ1500年後の未来から艦長にお会いするためにやってまいりました」
「つまりあの艦は1500年後の技術で造られているということ?」
「はい」
再び無表情のまま答えたアリスだったが、なるほどそれなら巨大コロニーメドギドを出力を抑えた主砲で破壊したのも、簡単に宙賊艦を拿捕できたのも納得した。確かにそれだけ進んだ技術なら、今の銀河アースガルド帝国も太刀打ち出来るとは思えない。
ちなみにアリスイリスがメドギドを破壊したのも宙賊に利用される恐れがあるからではなく、あのコロニーが未来の建造物だという理由だった。
「我々がきた時代よりも300年も進んだ技術でも、これのエネルギーには抗えまい」
「あれは……!」
ジダル星人ユリウスがどこからともなく取り出したのは、直径10センチほどの銀色に光る球体だった。
「アリスには分かったようだな」
「お、おいアリス、あれなんだよ?」
そもそもどこから出した?
「あれは反物質爆弾です」
「反物質爆弾!?」
「これ一つで火星など吹き飛んでしまうだろう」
反物質爆弾とは、わずか1グラムの反物質が対消滅するだけで二十世紀に使用されたヒロシマ型原子爆弾の1.5倍、およそ90兆ジュールのエネルギーを発する爆弾のことだという。ジダル星人の触手にあるあの大きさなら、ヤツが言う通り火星を木っ端微塵にする威力があると見て間違いないそうだ。
アリスイリスのシールドであれば被害は全く受けないらしいが、艦内で使用された場合はその限りではないとのことだった。すなわち艦外で起爆されたらこの中の誰一人として生き残れないということである。
「私を捕らえようなどとは考えないことだ。素直にアリスイリスを渡せば私は一度イシュアラ星系に帰る。それから艦隊を率いて戻ってくるまでにはそれなりに時間もかかるだろう。その間にどこかに逃げるのが唯一お前たちの生き延びる望みとなる!」
だが、ジダル星人の思考を読み取っていたアリスから、彼は行きがけの駄賃としてアリスイリスの主砲で太陽を破壊するつもりなのだと聞かされた。
「さあ、早くこの扉を開けるのだ!」
謁見の間は許可のない者が出入り出来ないよう、セーフティロックがかけられている。どうやら未来のジダル星人にも解錠は難しいらしい。
『アロイシウス殿下、ロックの解除を』
この時アリスは殿下と陛下にだけ伝わる念話で意思疎通を図り、彼女の提案に二人が同意したことで扉のロックが解除された。
アリスイリスに搭乗するには、俺たちが学園から借り受けたストロウベイリー号で艦内に入らなければならない。ストロウベイリー号は港の一番奥、多くの貴族艦艇が停泊している桟橋を通り過ぎる必要があった。
レイアを捕らえたままのジダル星人を追って全員が港に出る。この圧巻の風景は、平時であればまず目にする機会などないだろう。ストロウベイリー号のある桟橋には多くのメイド姿の女性が武装して待ち構えていた。待て、メイドさん?
「あれは我が艦の乗組員です」
「あ、あそう。乗組員ね。ふーん」
理解が追いつかない。なぜメイド?
「アリス! バトルドロイドを下げさせろ!」
「総員、一歩後退!」
ジダル星人は今バトルドロイドって言った? バトルドロイドって言ったよね? あの女の子たち、ドロイドなの?
「艦長、我が艦には5万体以上の戦闘メイドドロイドと3万体以上の万能ドロイドが搭乗しております」
「あ? あ、そう……」
いやいやいや、そんなバカなと思ったが、1500年後の未来では珍しいことではないのかも知れない。ちなみに生身の人間は搭乗していないそうだ。てことはアリスも?
『メイドドロイドとは違いますが、私も人工生命体という位置づけです』
とてもそうは見えないが、ここまで整った容姿を見れば頷けるというものだ。
そんなことより今は桟橋だ。ジダル星人は未だにレイアを抱えて反物質爆弾を頭上に掲げている。
「ユリウス、レイアを離せ!」
「ハルトはそれしか言えないのか? だったら取りにくればいい。大丈夫、友達のお前は殺さないさ」
「友達だと……!?」
俺は沸々と湧き上がる怒りの感情を抑えながら、一人ストロウベイリー号が停泊している桟橋へと足を向けるのだった。
——あとがき——
この後少ししたらもう1話公開します。




