プロローグ
——まえがき——
新作です。よろしくお願いします。
天の川銀河、それは太陽系を含む無数の星々などが集まってできた、2千億から4千億個の恒星が含まれる直径10万光年以上に及ぶ巨大な天体である。
現在この銀河系には四つの帝国と大小無数の王国などが存在し、中でもオリオン腕に位置する太陽系を中心とした銀河アースガルド帝国は最大規模を誇っていた。
腕とは星が周囲よりも密集し、渦を巻くように明るい領域が銀河の中心部から伸びているように見える構造のことをいう。渦巻銀河や棒渦巻銀河で見られるものだ。
「卒業予定の諸君! 今日からの二週間は卒業前の最後の課題となる! これまで学んだ五年間の集大成と言えるだろう!」
銀河アースガルド帝国士官学校を卒業する学生最後の課題とは、廃棄コロニーの探索のことである。運良くお宝が見つかれば同学年への大きなアドバンテージとなり、卒業後の進路にも多大な影響を及ぼす。なおお宝は盗品などの曰く付きでない限り発見者の物とされた。
「そうは言っても新しい廃棄コロニーなんか見つかるわけないものね」
鈴が鳴るような美しい声で残念な愚痴をこぼしたのはレイア・オーカワ。真偽は不明だが西暦2017年に確認されたケプラー1652bと呼ばれる惑星に棲息する、銀河で最も美しいとされる種族の血が入っているのではないかと噂されている。入学後しばらくしてから常に行動を共にしてきた二人のうちの一人で、俺と同じ18歳の超美少女だ。
健康的な色の肌に丸く愛らしい輪郭で、栗色の大きな瞳と長い睫毛が印象的。ツーサイドアップにしたライトブラウンの長い髪は細く、先端は括れた腰の辺りで揺れている。全体的に華奢な体型で、胸も膨らみは分かるがそれほど大きくない。
「メドギドを探してみないか?」
「本当にあるかどうかも分からないのに?」
「見つかれば超弩級のお宝が手に入るだろうし、もし何もなくても発見しただけでA判定は間違いないだろうからな」
「最古と言われる廃棄コロニーか。制御を失って久しく、どこを漂っているのかも分からないんだぞ」
そしてもう一人の仲間、女子からの人気は全校でも一二を争うイケメンのユリウス・マキシスだ。身長は俺より10cmも高い185cmで、同性の俺でも惚れ惚れするような美声の持ち主である。
成績優秀で、戦闘は帝国士官学校生としては前代未聞のAAAランクとくればモテないはずがない。ちなみにAAAランクは戦闘指揮未経験でもいきなり500人前後を率いる大隊長候補に任命されることがあると言われている。
常にいくつもの宝石がちりばめられた幅1センチくらいのブレスレットを着用しており、どこかの王国の王子様なんじゃないかって噂もあった。しかしたとえ反逆罪で取り潰されたムルデン元伯爵家縁の者だとしても、出自は詮索しないのが俺たちの暗黙のルールだ。言いたくなったら言えばいいだけのこと。
最後は俺、ハルト・シガラキ。漢字で書くと神楽陽翔ってなるらしいけど、旧日本人と呼ばれる人種の血を引く人でも漢字の名前を使っているところを見たことがない。
黒い髪はその旧日本人の特徴だそうだ。レイアから似合うと言われてツーブロックにしているが、なんとなく女子からは笑われているような気がする。成績は至って普通で中の中。戦闘はユリウスに鍛えてもらったお陰で、なんとかギリギリ十人前後の分隊を率いる分隊長になれるAランクに上がれた。
超美少女のレイアや超絶イケメンのユリウスと違って俺の人気はないに等しい。特に目立つような特徴もないしな。嫌われてるわけじゃないから上辺だけの友達(と呼べるのかどうかさえ微妙)ならいるが、奴らは俺じゃない二人が目当てだ。
そんなハイスペックな二人との接点など平凡を絵に描いて丸めて捨てたような俺にあるとは思えない、というのがこの学府での定説だった。むろんそこは否定しない。卑屈になっているわけではなく事実だからである。
そう言えばどうして三人で行動するようになったんだろう。気がついたら一緒にいたんだよな。
「一説には次の千年紀からもたらされたとも言われているんだ」
「千年紀?」
「西暦を千年単位で区切ったもののことさ」
「つまり西暦4千年代からってこと?」
今は帝国歴834年で、これに2200を足すと西暦となる。銀河アースガルド帝国は西暦2201年に建国されたからだ。
「あり得ないだろう。あれは最古のコロニーだよ」
「ユリウスは夢がないなあ」
「夢でお宝が見つかるならいくらでも見てやる」
「いいか、メドギドなんて見つけてみろよ。一生遊んで暮らしても使い切れないくらいの大金持ちになれるのは間違いないんだぞ」
「大金持ちになったらなにをするの? まさか本当に一生遊んで暮らすってわけではないわよね?」
「スーパー速い宇宙船を買って賞金稼ぎになる」
「お前が好きな十世紀くらい前に流行った映画とやらの宇宙ウォーズか。しかしそのキャラは賞金稼ぎではなく密輸人だったと記憶しているぞ」
「ユリウス、この監視の目が厳しい帝国圏内で密輸なんて出来るわけがないだろ」
そんな銀河アースガルド帝国内にあっても、やはり悪いヤツらはいる。民間船や輸送船、時にはコロニーなどを標的に殺人、破壊、拉致、強奪など悪行の限りを尽くすのが宇宙賊、通称宙賊と呼ばれる連中だ。
そして軍以外で彼らを狩るのが宇宙冒険者、いわゆる賞金稼ぎたちである。言わずと知れた命がけの職業だが、成果次第ではあるもののその分実入りもいい。
「つまりハルトは宇宙冒険者になるってわけね?」
「二人とも知っての通り、俺は居住していたコロニーが宙賊に襲撃された時に家族が皆殺しに遭ってしまった」
「痛ましい事件だったわね」
「だから俺は宙賊を心底憎んでいる」
「なるほど、それで宇宙冒険者というわけか」
「ユリウスもレイアも一緒にどうだ?」
「いいわよ、面白そうだし」
「い、いいのか!?」
「お宝が見つかってハルトの言うスーパー速い宇宙船ていうのが買えたらね」
「お任せ下さい、レイア姫!」
「もー、なによ! 恥ずかしいからやめて!」
「私は遠慮しておく。気づいているかも知れないが色々あってな。すまない」
「ああ、ユリウスはまあ、残念だけど仕方ないか」
「でもさハルト、仮に見つけたとしてどうやって千年先の未来の宝物って証明するのよ?」
「そこは放射性炭素年代測定とかさ……」
「その方法は炭素の減少で年代を測定する。未来の物には使えないぞ。過去の遺物と証明するだけなら簡単な方法はいくらでもあるがな」
「わ、分かってるよ! でもほら、きっとなんとかなるって」
「理論は確立されてても時相転移装置の実現は現実的には不可能だって言われてるし、確定していない未来には行けない。過去に戻るのもとても難しいって教わったでしょ」
「いや、だけど千年も後なら技術もあるかも知れないじゃないか。そしたら今の時代に……」
「仮に造れたとしても時相を越えるにはこの時代では生成不可能な膨大なエネルギーが必要で……」
「この時代? レイアはまるで未来を見てきたようなことを言うんだな」
「そ、そう習ったじゃない!」
「そうだっけ? 覚えてないや」
「だから貴方は万年中位なのよ!」
「う、うるせー!」
「だが私はハルトの意見に賛成だ」
「ユリウス、持つべき友はやっぱりイケメンだな」
「一生遊んで暮らすのも悪くないと思う」
「そっちかよ! てか遊んで暮らすんじゃなくて賞金稼ぎをだなぁ……まあいいや。そういうわけだからレイア、お前も協力してくれ」
「バカハルト。どうせお宝なんで見つからないだろうけど!」
しかし俺はこの時の決断が、二人との永遠の別れに繋がるとは思ってもいなかった。




