42. 不思議な組合せ
その咆哮でビリビリと空気が震える。
私は呆気に取られていたが、我に返ってシンくんを抱き寄せた。
シンくんも驚いているのか、私になされるがままでいる。
魔術団の人たちはそれでもあきらめずにもう一度構えた。
しかし、ドラゴンはそんな彼らに大きなしっぽを振りかぶる。
――危ない!
声も出せないまま、私はその場に固まった。
そして今にも魔術団の人たちにしっぽが振り下ろされようとした瞬間――
「――そこまで」
低い声が訓練場に響き、同時に青い光が瞬時にドラゴンを包み込む。
あまりのまぶしさに顔を背け――もう一度視線を向けると、ドラゴンは大きな氷で覆われていた。
「……え?」
一体何が起こったんだろう。
ただ、確かなのは魔術団の人たちも、そしてそう遠くない位置にいる私たちも無事だということだ。
「……アカリお姉ちゃん、もう大丈夫そう?」
腕の中のシンくんの声に、私は手を離した。
「うん、よくわからないけど――あっ……」
私の視界に入ったのは、見慣れたひとの姿だった。
なんだか見付かってはいけないような気がして、シンくんを連れて物陰に隠れる。
「――まだまだだな、魔法は闇雲に撃てばいいというものではない」
そう言いながら訓練場の中央まで歩いてきたのは――魔術団長レオニーダさん、そのひとだった。
「有事の際には何が起こるかわからない。そういう時こそ基本に立ち返って、弱点を着実に狙え。
君たちの魔法の威力であっても、複数人で同じ弱点を狙えば十分に倒せるはずだ」
レオニーダさんの声にぴりっと場の空気が引き締まる。
すっとレオニーダさんが腕を振り上げると、みるみるうちにドラゴンを覆っていた氷が溶け出した。
ドラゴンはすっかり落ち着いたのか穏やかな眼差しでレオニーダさんの方を向いている。
「――手荒な真似をして悪かったな、また頼む」
そうレオニーダさんが声をかけると、ドラゴンは返事をするように一度吼え、それから天高く飛び去っていった。
どうやらあれも訓練の一環だったらしい。
「……確かに魔術団長、やるね」
隣に座っていたシンくんがぼそりと呟く。
私は全然関係ないのに何故だか嬉しくなって「本当にね」と頷いた。
あんなに大きなドラゴンをあっという間に氷漬けにしてしまうなんてびっくりだ。
やはりディアナさんが言った通り、レオニーダさんは本当にすごい魔法使いなんだろう。
元々知っていたつもりではあるけれど、実際にその力を目の当たりにすると感動する。
――そしてそんなすごいレオニーダさんに、野菜やらお肉やらばかり出させていている私……なんだかとても申し訳ない気持ちになってきた。
「それよりアカリお姉ちゃん、絵は描けた?」
「――あっ、忘れてた。ごめん、ちょっと待ってて」
目の前で色々なことが起こりすぎて、すっかり絵を描くのを忘れていた。
私は手元のスケッチブックに先程見た魔法の様子をさらさらと描き残す。
そして飛び立った緑色の大きなドラゴンを記憶の中で反芻しながら、今度レオニーダさんにお願いしてルーファスも描かせてもらおうと決意した。
一通り描き終えたところで、私はもう一度訓練場をちらりと覗く。
魔術団の人たちはまた先程とは違う隊列を組み、訓練に戻っていた。
そんな人たちの間をレオニーダさんは真剣な表情で見て回り、時折話しかけている。
何か指導をしているようだ。
私の家に来た時とは違うレオニーダさんの表情に、思わず惹きつけられる。
なかなかこういう機会もないだろうから、こっそりとその姿を目に焼き付けた。
「シンくん、お待たせ。次はどうする?」
「んー……なんか甘いもの食べたくなっちゃった。食堂行こ」
シンくんは我が物顔で歩き出す。
なんだかまるで学校にでもいるようなテンションとその堂々とした様子に、私は思わず笑ってしまった。
***
「このフィナンシェみたいなのおいしいね! さすがお城!」
「うん、僕もこれ好き」
そして私たちは食堂の隅でお菓子とお茶をいただいている。
食堂に着いて、シンくんが奥の方に声をかけるとこのお茶セットが出てきた。
もちもちとした食感のフィナンシェみたいな焼き菓子が幾つかと、クッキーみたいなものが数枚。
思い返してみればうちにはこういうお菓子がなかったので、久々の洋菓子に満たされる。
「――はっ、味わうばかりじゃなくて絵も描かなきゃ!」
私が我に返って食堂の様子を描き始めると、向かい側に座ったシンくんが「アカリお姉ちゃんは本当に絵が好きなんだね」と言った。
「そうだね、私にとっては呼吸のようなものかも。こっちの世界にいる間は時間があるし、あっちの世界では見られないものもたくさんあるから、できるだけ描いておきたいんだ」
「そうなんだ……」
そこでシンくんの言葉が途切れる。
一通りスケッチを終えて顔を上げると、シンくんがじっとこちらを見ていた。
「あ、ごめん。待たせちゃった?」
「ううん――アカリお姉ちゃんが楽しそうだから見てただけ」
そう言ってシンくんがにっこり微笑む。
整った顔も相まって、なんだか美術館に飾られた肖像画のような神々しさだ。
私の方が子どもみたいだなぁと反省していると、シンくんが「そろそろ行こっか」と立ち上がった。
食堂を出て二人でシンくんの部屋に向かう途中、曲がり角に差し掛かったところで、前を歩いていたシンくんが不意に足を止めた。
一体どうしたのだろう――声をかけようとした私を手で制して、シンくんは「ごめん間違った。あっちだね」と踵を返す。
私もシンくんに続いて戻ろうとしたところで、曲がり角の先からぼそぼそと誰かが話す声が聴こえた。
――もしかして、誰かいる?
少し気になって、そっと壁の先を覗く私の視界に入ったのは――美しく伸びた赤い髪。
先程見たばかりのそれは、間違いなく魔術団副団長ディアナさんのものだ。
そんな彼女の前には、一人の男性が立っている。
あれ? あの人、どこかで見たような――。
名前がなかなか思い出せずもやもやしながらそこに佇んでいると、シンくんに背中をとんとん叩かれた。
「(アカリお姉ちゃん、行こう)」と囁かれ、私は振り返り二人で来た道を戻る。
――そして、歩きながら先程見た男性のことを思い出した。
それは、初めて私がこの世界に来た時、あの部屋にいた人物。
わけもわからない私を物珍し気にじろじろ見ていた、そう――神官長バラムだ。




