21. 意外な訪問者
「あー、すげぇいい匂い……なんか泣きそう。俺、今日来て良かったわ」
「この棒は何ですか? 使い方がわからないのですが」
目の前に座っているのは、感極まった様子の男性と、真面目な表情の女性。
男性の方は40代くらいだろうか。
癖毛らしい短い黒髪はうねっていて、顎には少し無精ひげが生えており、なんだかゆるそうな雰囲気だ。
一方で、女性の方は美しい銀髪をきっちりとポニーテールに結い上げている。
鎧のようなものを身に纏っていて、整った顔も相まって隙がない印象だった。
「それは『箸』という食器なんですけど……すみません、フォークの方が使いやすいですよね」
「何だミネア、おまえ箸も使えねーのか。子どもだな」
男性のからかうような口調に、女性――ミネアさんがきらきらと輝く銀色のポニーテールを揺らし、むっとした表情になった。
「エイジ、失礼ですよ。私にとっては馴染みがないんだから仕方がないでしょう」
そのリアクションにも、男性――エイジさんは笑いがこらえきれない様子だ。
しかし、ミネアさんがしばらく口を尖らせているので、笑顔のままではあるが「そんな怒んなよ、悪かったよ」と謝ってみせる。
すると、ミネアさんは満更でもなさそうな表情で「まぁ、許してあげます」と呟いた。
じゃれ合うような様子に仲良しなんだなぁと、なんだか微笑ましい気分になる。
テーブルの上には丼が3つ、その中に入っているのは――
――と、料理の話をする前に。
話は30分程前に遡る。
今日も私は絵を描いていた。
毎週5枚――私がいた世界の一シーンを描くノルマの数は変わらないけれど、最近はそれに新たなミッションが加わっている。
「野菜をもうちょっと増やしたいなぁ……」
気付けばぼそりと声が出ていた。
一人暮らしの長さと独り言の多さは比例関係にある気がする。
私はスケッチブックに鉛筆を走らせながら、手元にない野菜を描く。
レオニーダさんがいちごを魔法で出した次の週、私たちは色々なものを魔法で再現しようとした。
しかし、それは上手くいくものもあれば、残念ながら失敗してしまうものもあって――しばらくはトライ&エラーを繰り返す必要があるだろう。
いざやってみてわかったのは、『料理』そのものの再現は難しいということだ。
イラストとしては描けるものの、私が上手く説明しきれず想像と違った味になってしまう。
最終的に、素材を魔法で発現してもらい、それを使って私が料理をするのが最も上手くいくのではという結論に行き着いた。
ただ、素材そのものでなかったとしても、シンプルな加工食品であれば成功することもあり、まだまだ実験は続けていく必要性がある。
食べられるもののレパートリーが増えれば、私もレオニーダさんもハッピーだ。
――ぐぅ、とおなかが鳴る音がして、私は手を止めた。
お昼も過ぎたし、そろそろごはんにしよう。
特に今は、先週試しにレオニーダさんに再現してもらった『あれ』があるし……。
そんなことを考えていたら、余計おなかが空いてきた。
そして部屋を出てキッチンに向かうと――
――コンコン
想定外のノック音が家中に響いて、どきりとする。
一体誰だろう。
ルーファスの羽音がしなかったので、レオニーダさんではない。
それ以外にこの場所を知っているのは、最初に案内してくれた兵士のスミスさんくらいだ。
不思議に思いながら玄関へと近付いた瞬間、低めの男性の声が室内に響いた。
「こんにちはー、勇者さんのお宅ですかぁ?」
……え?
ドアの向こうから聞こえてきた想定外の言葉に、思わず固まる。
この人――私が別の世界から来たって、知ってる?
『アカリ殿が異世界から来たということは伏せているから、振舞いは気を付けてもらった方がいい』
以前レオニーダさんに言われた台詞が頭の中によみがえった。
どう対応すべきか迷っている間にも、ノック音が何度か続く。
これ、まずいんじゃ……。
家バレしてしまっているけれど、とりあえずこの場は無視をした方がいいだろう。
私は足音を立てないよう、そろりそろりと仕事部屋の方に戻ろうとした。
その気配を感じ取ったのか、ドアの外に立っている男性らしき声が「もしもーし?」と追撃してくる。
そして、続く思いがけない言葉が私の足を引き留めた。
「実は俺も勇者なんですよ! よかったら、色々お話しませんかー?」




