20. 赤い宝石は優しく瞬く
「……アカリ殿」
「はい」
レオニーダさんは真面目な表情で続けた。
「何かあちらの世界の食べものの絵を描いてもらえないか。今ここにないものを」
「絵ですか?」
「あぁ、何でもいい。色を塗ったもので頼む」
いきなりどうしたのだろう。
私の絵が好きだと言ってくれたレオニーダさんのためなら、いくらでも描けるけれど。
私は「ちょっとお待ちくださいね」と作業部屋からスケッチブックと色鉛筆を持って帰ってきた。
さて、何を描こう。
せっかくなので、今食べたいものでも描こうか。
おなかはかなり満足だ。
――だとしたら、デザートかな。
さっぱりしたフルーツが食べたい。
私はさらさらとスケッチブックに絵を描く。
りんごとオレンジはあるので、たまには奮発していちごなんかどうだろう。
さっきもらったペンダントの色にも似た、フルーツ界の赤い宝石。
色鉛筆を何色か使って塗り分け、そのイラストは完成した。
「はい、いちごです」
「これはどういう食べものだ?」
「えっと……そうですね。甘酸っぱい味のする果物です。果肉はしっかりしていて、噛むとじゅわりと果汁があふれます。色合いも綺麗なので、あちらの世界ではデザートの飾りとして使われることもありますね」
「なるほど。大きさはこの絵と同じくらいか?」
「はい」
すると、レオニーダさんが絵を見ながら何らかの呪文を呟き始める。
一体どうしたのだろうと思ったのも束の間、レオニーダさんが腕を振った瞬間――室内に閃光が走った。
「わぁっ!」
もしかして、これが魔法というやつだろうか。
話には聞いていたけれど実際目にするとびっくりしてしまう。
その唐突な光に思わず目を閉じていると、レオニーダさんの声が静かに響く。
「アカリ殿、できたぞ」
……何が?
恐る恐る目を開いた私の視界には――
「……え、えっ? いちご!?」
――そう、いちご。
赤く光るいちごがテーブルの上にちょこりと載っていた。
驚く私を前にレオニーダさんは涼しい顔だ。
「実物がないものを再現するのは初めてだから、上手くいったかわからない」
「いやいやいや、すごいですよこれ! まんまいちごです」
私はいちごを拾い上げて部屋の灯りにかざしてみる。
――うん、見た目は完璧だ。
魔法ってやっぱりすごい。
あと、確認すべきは――
「味はどうだろうか」
「はい、いただきます」
レオニーダさんが振ってくれたので、私は遠慮なくいちごを口に入れた。
舌でごろごろと感触を楽しみつつ、いざ歯を立ててみると――じゅわりと甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。
――うん、立派ないちご味。
しかも、瑞々しくておいしい。
さすが魔術団長!
「どういう仕組みなのかわかりませんが、しっかりいちごです!」
私の答えに、レオニーダさんが満足気に頷いた。
「それはなにより――では、私もいただこう」
そしてもう一度右手を振ると、ひと籠ほどのいちごがごろごろと現れる。
えぇ……贅沢……!!
いちごをつまんでもう一度じっくり眺めてみる。
正真正銘のいちごを見つめながら「やっぱりレオニーダさんってすごいですね」と話しかけると「私がすごいわけじゃない」とレオニーダさんの声がした。
「もし再現性が高いのなら、アカリ殿の絵と説明が的確だからであって――私じゃない、君がすごいんだ」
「え」
まさか褒められるとは思わず、私は持ち上げたいちごから視線を外す。
気付けばいちごを挟んで向き合う位置にレオニーダさんの顔があった。
変わらず、まっすぐな眼差しで。
――なんだか、吸い込まれちゃいそう。
そんなことをふと思ったその時――レオニーダさんの顔がすっといちごに吸い寄せられた。
――ぱくり
私のつまんだ赤い宝石はレオニーダさんの口唇に捉えられ――そのままゆっくりと姿を消していく。
もぐりもぐりと咀嚼するその真面目な顔が、少しずつやわらかく綻んでいった。
「――ん、甘い」
いつもより近い距離にあるその控えめな笑顔から、私は目が離せない。
やがて無遠慮な視線に気付いたのか、赤い両目もこちらを向いた。
そのまま見つめ合うこと――およそ3秒。
一気に顔が熱くなった。
「――あっ、すみません、今週分の絵持ってきますね!」
そうとだけ言い残して私は作業部屋に逃げ込む。
描いた絵を封筒に入れている間も、なんだか胸の鼓動がうるさい。
『レオニーダは、アカリのことが好きなんだ』
こんな時によみがえる、ルーファスの言葉。
……うん、ちょっと冷静になろう。
大きく息を吸って、深呼吸。
少し気持ちを落ち着かせてから私はリビングに戻った。
「お待たせしました、今週分の絵です」
「あぁ、確かに受け取った」
真面目な表情でそう伝えたあと、レオニーダさんは少しだけ視線を逸らす。
何か言いたいことを隠すかのような仕種。
――あ、もしかして。
「……あの、もしよろしければ絵を見て頂けますか?」
私の言葉を聞いて、レオニーダさんが驚いたようにこちらを見る。
――あぁ、思い上がりでなければいいのだけれど。
「……いいのか?」
一抹の不安がレオニーダさんの言葉で優しく溶けていく。
私が「勿論です」と答えると、その表情が穏やかに綻んだ。
「ありがとう」
そして絵を丁重に取り出し、熱心に眺めるレオニーダさん。
その様子を見ながら、私は口を開いた。
「……レオニーダさん、もしまたこの世界にない食べものを描いたら、魔法で再現してくれますか?」
投げかけた私の言葉に、レオニーダさんが顔を上げる。
「まだまだレオニーダさんに食べてほしいものがたくさんあるんです。今は手持ちの食材でできそうなものを作っていますが、種類が増えれば作れるメニューも増えるので」
「それは勿論構わない。次も上手くいくかは保証できないが――」
そして、少しだけ考える仕種をしたあとにレオニーダさんが口を開いた。
「――その、君の料理はとてもうまいから……私も楽しみにしている」
そう言ってすぐ、レオニーダさんが視線を絵に落とす。
なんだか少しだけ耳が赤いように見えるのは、私の気のせいだろうか。
都合のいいことを考えては、つい自然と笑みがこぼれてしまう。
「よかった、嬉しいです」
――さぁ、次は何を作ろう。
来週レオニーダさんが来るまでに、お願いしたい食材をスケッチブックに描いておかなきゃ。
わくわくする気持ちを抑えながら、私は自分の首元を見下ろす。
レオニーダさんの瞳と同じ色の宝石が、きらりと優しく瞬いた気がした。




